第七話 真実への扉

 パール神殿を目指し、イシュケの森のゲートを破壊しながら進んでいたルーカス達は、神殿のあるみずうみが視認出来る距離まで近付き、そして神殿へ続く道の前にゲートを発見すると破壊へと乗り出した。



「それじゃ、ここは私とシェリルが魔獣を——」

つゆ払いは任せて」



 シャノンが言い終わるよりも早く、イリアが動いた。

 まぶたを閉じて、息を吸い込んで——つやめく唇から旋律せんりつつむがれる。


 

『天よりくだちて、さばきのほこよ』



 イリアの歌をきながら、ルーカスはゲートへ向かって駆け出した。



(イリアの援護がある。魔獣を心配する必要はない)



 黒に染まったマナが、イリアの詠唱歌えいしょうかに呼応して銀に色を変え、彼女の方へと流れていくのが見えた。



「第一限定解除! コード『Λラムダ-143612』!」

『コード確認。第一限定、開放リリース



 ルーカスが解除コードを口にすれば、魔術回路の刻まれた紅色あかいろ魔輝石マナストーンが光り、紅い輝きが左の腕輪からあふれ出る。


 その輝きがゆらめき、手から刀のつかを伝って、刀身へまとわりつくかの様に宿やどった。



『輝きし〝神翼の聖槍ディ・エール・ジャベリン〟——光の槍よ、討ちほろぼして』



 歌声が響き、ゲートの周辺と、そこから出現しようとする魔獣の躯体くたいを天から降りそそいだ光の槍が貫き、命を焼き尽くしていく——。


 ルーカスは木々の合間をって森を抜け、はばむものがなくなると一足飛びにてゲートへと至り、刹那に刀を横にぎ払った。


 ——ゲートは破壊の力に触れ、あっけなく崩れて消えた。


 刀を手にしたまま、周辺を見渡す。

 湖畔こはんは木々もなく切り開かれており、開けた地に雄大な青緑ティールブルーが広がっていた。

 

 みずうみの中心向かって白の石材で桁橋けたばしけられており、その先には尖塔せんとう象徴的しょうちょうてきな、白造しろづくりの建物が見える。



(あれがパール神殿か)


 

 目に見える範囲の魔獣は、イリアの魔術により排除されており、脅威がないと判断してルーカスは刀を納めた。



「各班へ哨戒しょうかいに当たるよう指示致します」



 背後から落ち着きのある低い声が聞こえて振り返れば、耳元に輝く翠玉色エメラルド耳飾りイヤリングに手を添えて通信をこころみるロベルトと、みなの姿があった。


 ルーカスはうなずき、前方へ向き直ると神殿へ続く橋に向かって歩き出した。






 ——そうして、橋の先、繊細せんさいで洗練された造形ぞうけいの神殿へと辿たどりり着く。


 湖中にあっても風化せずおごそかなそこは、扉が閉ざされ、静寂とよどんだ空気に包まれていた。


 空気中に無数の黒い雪が舞っている。



「……静かすぎる。神殿には教団の司祭たちがいるはずなのに」



 怪訝けげんな表情を浮かべたイリアが、つぶやいた。

 それはルーカスも感じていた。


 すぐ近くにゲートが発生したため、魔獣から逃れるため神殿に籠っているのかも知れない。

 だが、だとしても神殿の維持には少なくない人が従事しているはずで、一切の音と動きを感じ取れないのは異様だった。



「探知魔術で中の様子がわかるか?」

「いえ、ダメですね」



 アイシャが首を横に振った。


 恐らくは機密保持のための隠蔽いんぺい魔術だろう。

 国の重要施設などではめずらしくない事だ。



「ともかく中へ入ってみよう」



 ルーカスは固く閉ざされた、白く冷たい扉に両の手を置いて、押した。

 堅牢けんろうな扉は、少し押しただけでは微動びどうだにせず、重量感がある。


 二の腕の筋肉に更なる力をめて、目一杯押す。


 と、重い石が引きずるような音を立て、神殿の扉が開かれて行った。

 完全に開け放たれると、白い壁に高い天井、白く太い丸柱が間隔よく立ち並ぶ建物入口エントランスだった。


 左右に扉や通路があり、正面奥には入口と似たつくりの大きな扉が見える。


 そして、大理石が使われた床には、純白の祭服を身にまとった、教団の司祭と思われる人々が——正常ではない姿で存在していた。



「これは……」



 息を飲む。


 そこに広がっていたのは、動きを止めた何十人もの人が床に横たわり、あるいは壁にもたれ、生命の輝きの感じられない光景だった。


 イリアとリシア、それにアーネストが倒れる司祭たちへと駆け寄っていく。



「……洒落しゃれになんねえ」

 


 声を発したハーシェルの方へ目を向ければ、苦虫をつぶしたような顔をしており、それは並び立ったロベルトとアイシャも同じだった。


 少し後ろに立つ双子の妹たちは、痛ましい表情で隣あった手を繋いで握りしめている。


 ルーカスは先に駆け出した三人を追って、神殿内へ足を踏み入れると、入口近くで倒れる司祭の前に立ち尽くす、イリアのそばへ並んだ。


 表情をうかがえば、唇をんで勿忘草わすれなぐさ色の瞳を大きく揺らしている。



「——事切れていますね」

「外傷は見当たりません、一体何が……?」



 司祭の様子を見てつぶやく、アーネストとリシアの声が聞こえた。

 二人の言うように、倒れる司祭の着衣は綺麗で、血痕けっこんも見当たらない。


 だが、これほど多くの命が理由なく失われるはずもなく——。



(……何が起きているんだ)



 死の静寂せいじゃくに支配された神殿に疑問をいだく。



「……マナ欠乏症……」



 すると、イリアが消え入りそうな声でその言葉を口にして、次の瞬間。



「——う、あ……あぁっ!」



 叫び声を上げて目を見開き、頭をかかええ込み。



「どうして……どうして……っ!!」



 わなわなと震え、絞り出すように悲痛な高音をはっして、取り乱した。


 咄嗟とっさに、ルーカスはイリアの肩を抱き寄せる。

 そうして左手は背に回し、空いた右の手で、落ち着かせるように頭をでた。


 ——彼女が取り乱した理由は恐らく、記憶絡みだろう。



「ルーカス、わたし……!」



 腕の中のイリアが、こちらを見上げた。



「なんで、こんなっ……忘れて——!」



 髪色と同じ銀の眉根を下げて、勿忘草わすれなぐさ色の瞳を揺らして何かをうったえかけている。



「何を……思いだしたんだ?」



 問いかければ、イリアの顔がせられ、頭を胸にうずめて寄りかかって来た。



「……ぜんぶ、全部、だよ」



 ほんの少しの間を置いて、少し落ち着きを取り戻した声の告げた言葉が意味するのは、呪詛じゅそからの解放だった。


 ——今この瞬間、彼女の記憶を縛るかせは、取り払われた。



「行かないと」

何処どこへ?」

「……ついて来て」



 余韻よいんひたる間もなく、胸に寄りかかった頭の重みがなくなって、イリアが腕をすり抜けていく。

 銀糸をなびかせて、向かった先は最奥の扉だ。


 ルーカスはロベルトへ顔を向けた。



「すまないがみなと神殿内の状況確認を頼む」

「わかりました。こちらは任せて下さい」



 うなずきと肯定こうていが返って来る。

 アイシャ、ハーシェル、アーネストへと視線を送ると、ロベルト同様にうなずく姿があった。



「私たちも行くわ!」

「イリアお義姉ねえ様の護衛として、お供致します」

「わ、私も!」



 シャノン、シェリル、リシアは同行の意思を示し、先を行って奥の扉前に立つイリアを見れば、彼女は静かに首を縦に振った。


 イリアが扉に手を触れると、扉は一人でに開き——彼女は中へと進んで行く。


 ルーカス達はイリアを追って走り、そのまま開かれた扉の中へと足を踏み入れた。






 部屋は円状のつくりで、高い天井に円形の天窓、白い壁にはステンドグラスの背の高い窓が立ち並び、部屋の最奥には紫君子欄ムラサキクンシランかざられた絢爛けんらんな祭壇と女神像があった。



「ここは?」

「祈りの間よ」



 ルーカスが問えば、先に入室して祭壇のそばに立ったイリアが答えた。



教皇聖下きょうこうせいかにのみ許された間ですね」

「さすがリシア。敬虔けいけんな女神の信者だけあって詳しいわね」

「イリアお義姉ねえ様、ここに何があるのですか?」

「——この下よ」



 イリアがまつられた女神像へと手を伸ばし、触れた。


 すると部屋の中心が光り、魔法陣が出現して——。


 魔法陣が消えると同時に下へと続く通路、階段が現れた。



「地下……?」



 ルーカスは驚きを隠せずまばたきをした。

 双子の姉妹とリシアも目を見張っている。


 近付いてのぞき込むが、階段の先は暗くてよく見えない。


 しかし、イリアが現れた階段へと進み、そこに足を乗せた瞬間。

 段上から光がともり、洪水のようにあふれて下までの道を照らした。


 イリアは迷いなく階段をくだって行く。

 ルーカス達もその後に続き、成人男性二人分ほどのはばの空間を、靴音を響かせながらくだって行った。


 ——しばらく降りて、階段の終着点へと辿たどり着く。


 イリアが終着点に足を踏み入れると、階段の時と同じく光がともって、暗闇に包まれた空間があらわになる。


 そこは、祈りの間よりは狭いが、似たような円状のつくりの、白い壁でおおわれた空間だった。


 奥の壁には、壁画が描かれ、魔法陣の浮かぶ扉がある。



「神殿内部にこんなところがあったなんて……驚きよ。あの扉は何?」



 シャノンの問いに、歩みを止めず進んで——扉へと至ったイリアが答える。



「この扉は資格のある者しか開く事が出来ないの」

「資格……? 神秘アルカナのような?」



 イリアは扉を見つめ、押し黙る。


 沈黙の中、こだまする足音を聞きながら、ルーカス達も扉の近くへと歩み寄った。


 短い沈黙を経て、イリアがおもむろに扉へと手を伸ばした。


 その白い手が魔法陣に触れると——魔法陣が一瞬、まば閃光せんこうを放ち砕けて、マナの残滓ざんしきらめめかせた。


 そうしてイリアは告げる。



「——女神の血族。教団の真なる守り人、その血を引く者だけが、扉を開く事が出来るのよ」



 彼女の記憶に隠された、真実の一つを——。

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