第三話 色付き芽吹く感情

 ナビアからの救援要請を受け向かう道中の船上で、イリアはルーカスから「好きだ」と想いを告げられ——受け入れた。


 その情報は甲板に居合わせた、特務部隊の団員によりまたたく間に船内へ知れ渡る。

 当然、ルーカスの妹・双子の姉妹シャノンとシェリル、リシアの耳にも入った。


 ルーカスと想いを通じ合わせた翌日、イリアは体調が幾分いくぶんか良くなったシャノンとシェリル、それからリシアに「お兄様(団長さん)との件を詳しく!」と詰め寄られ、船室内で話をする事に。


 船室は必要最低限、寝泊りするための造りのため簡素で広くはない。


 入って正面の壁際に机が置いてあり、左右の壁にはそれぞれ二段ベッドが備え付けられていて、四人はベッドの一段目にシャノンとシェリル、イリアとリシアに分かれて座っていた。



「イリアさん、おめでとう! ようやくお兄様も素直になれたみたいで一安心だわ。これでお義姉ねえ様って呼べるわね、シェリル」

「ええ、長かったですね。おめでとうございます、イリアお義姉ねえ様」

「イリアさん、おめでとうございます! 団長さんと上手く行ってよかったですね」



 口々に祝福の言葉が告げられて、イリアは気恥ずかしくなった。



「シャノちゃん、シェリちゃん、リシアちゃん、ありがとう」

「それで、お兄様は何とおっしゃってご自分の気持ちを伝えられたのですか?」



 シェリルの問いかけに、イリアは想いを伝えて来たルーカスの表情を思い出した。


 ルーカスの頬はほんのり赤く、いつもはキッと上がった眉尻まゆじりと泣き黒子ぼくろのある目尻めじりが下がって、反対に口角の端が上がり、とても綺麗な……幸せそうな笑顔を浮かべていた。


 あやまって飲酒した時に見せた笑顔と同じだ。

 


(あの笑顔はずるい……)



 難しい顔をしてる事が多い普段とのギャップと、端正たんせいな顔立ちなのもあってその破壊力は計り知れない。

 見惚みとれて固まってしまうのも仕方がないと言うものだ。



「……ストレートに、好きだって」

「無難ですが、お兄様らしいですね」

「団長さん、硬派ですもんね」



 シェリルとリシアが「うんうん」とうなずき合っている。

 すると、シャノンが「ねえ、お義姉ねえ様」と身を乗り出して来た。



「お兄様を好きになったきっかけって何だったの?」

「あ、気になります! やっぱり教団で一緒に過ごした日々の中で、ですか?」


(きっかけ……か)



 そう聞かれてイリアは過去に思いをせた。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ——ルーカスと初めて出会ったのは、戦場だ。


 アディシェス帝国の不穏な動きを察知したルキウス様は、私とラメド、そして教団兵をひきいて、アディシェス帝国を警戒したエターク王国が軍を展開し、睨みを利かせるディチェス平原へとおもむいた。


 辿たどり着いた時にはすでに、戦いの火蓋ひぶたが切って落とされており、彼はそこで金髪の少女の亡骸なきがらを抱いて泣き叫び、力を暴走させていた。


 周囲のあらゆるものを破壊し、崩壊させ、そこにる存在が無差別に消滅して行く。

 その有様は、彼の悲壮ひそうあらわしているかのようだった。


 ルーカスの悲しみ、なげき、いかる姿に私は共感を覚えた。

 知らないはずなのに理解出来る感情の波に、胸が締め付けられて痛かった。



(……思えば私は、昔から記憶に振り回されてきた気がする)



 呪詛じゅそ以前に、幼少期の記憶が、朧気おぼろげにしかない。


 今も、霧がかかったように不明瞭で、思い出す事が出来ない。



『この力は……そうか。レーシュ、彼に歌を聞かせてあげなさい』

『はい、ルキウス様』



 私は歌った。


 大切な誰かを失った痛み、魂の叫びをしずめるように。

 犠牲となった命をいたみ、星にかえれますように——と、想いをこめて。


 安らかな眠りへといざなう、鎮魂歌レクイエムを。

 歌の魔術がもたらす作用にあらがえず、彼が眠りへ落ちると力の放出は止まった。


 ルキウス様は言った。

 彼の力は使徒の力、【崩壊】をかんする神秘アルカナによるものと、それから——。



(……破壊の力の由来ゆらい……聞いたはずなのに、思い出せない)



 ともかく、宿やどる二つの力が合わさり、精神の不安定さから再度、暴走の危険があるため、教団で身柄みがらを預かる事になった。


 私は、封印部屋へ拘禁こうきんされた彼の様子が気になって仕方なくて。


 都合よく枢機卿団カーディナルに彼の監視と、万が一力を暴走させた時の抑制よくせいを命じられたため、それを口実に暇さえあれば様子を見に行った。


 後で知ったことだけど、戦場でルーカスが抱きかかえていた金髪の少女は、婚約者であったカレン王女で、彼は愛する大切な人を目の前で……無残に殺されていた。


 その痛みと喪失感そうしつかんは、計り知れない。

 初めのうちは、目覚める度に泣きわめいては絶望し、呪いの言葉を口にしていた。


 少しずつ落ち着いては行ったけど、今度は多くの命を奪った罪悪感にさいなまれ苦しんでいて、私は……。


 記憶の中にある優しく微笑む誰か——多分、お母さんだと思う人に「覚えていて」と聞かされた、心安らぐ歌を彼に歌うくらいしか出来なかった。


 絶望と罪悪感が少しでもやわらげばいいと、想いをこめて。



(だって、どんな言葉をかければいいのか、わからなかった)



 自我を持った時には女神の使徒アポストロス、教団の魔術師兵として他人と隔絶かくぜつされたせいを歩んでおり、人との関わり方を教わって来なかった。


 代わりに——。



『感情にとらわれてはいけないよ。人との関わりは最低限でいい。女神様のしもべとして、女神様が愛する世界にあふれる悲しみを減らすには、使徒である君が力を振るい、身をささげて根源をてばいい。神秘アルカナ恩寵おんちょうはそのためにあるのだからね』



 と、枢機卿すうききょうに教えられた。

 ずっと「そうなんだ」って、教えをうたがうことなく信じていた。


 淡々たんたんと任務をこなし、誰かの悲しみに痛みを感じることはあってもそれだけ。

 他人に興味をしめし、積極的に関わろうとはしなかった。



(でも、ルーカスに覚えた共感から彼と接することになって、それは違うって気付いた)



 私は歌って、そしてルーカスと言葉を交わし、そこから交流が始まる。


 そうすることでゆっくりだけど、ルーカスは絶望と罪悪感の沼から抜け出して行き——人との関わりが誰かの力になるんだって事を、私は初めて知った。

 

 力をおさえるための魔術器まじゅつきが完成してからルーカスは、身体面のリハビリと力の制御の鍛錬たんれんに明け暮れた。


 枢機卿団カーディナルから任命され、私の補佐官であったフェイヴァがルーカスの相手として鍛錬たんれんに付き添った。


 魔術器まじゅつきがあっても力の制御は容易ではなかったみたいで、何度も失敗をかさねて。

 苦しみ、もがき……それでもルーカスは諦めなかった。


 力の事だけじゃなく、精神面でも同じだ。


 ルーカスが教団にいる間、他愛のない会話をしながら、少なくない時間を一緒に過ごした。

 彼は真面目で固いところもあったけど、視野が広く、色んな事を知っていて、たくさんの話を聞いた。

 

 そうする事で、私も知らなかった自分自身の新しい発見があって、楽しかった。

 とても新鮮だった。


 発見と言えば、紅茶のれ方もそうだ。

 昔から時々、ルキウス様は私をお茶にさそう事があって、その時に教えてもらった。


 今にして思えば、枢機卿すうききょう達はいい顔をしていなかったけど、さそわれればルキウス様の私室にお邪魔して、お茶菓子と紅茶を頂いた。


 ルキウス様とのお茶会は、会話はそう多くなかったけど、紅茶がとても美味しくておだやかな時間だった。


 ルーカスと過ごす時もこうやって「一緒にお茶を飲めたら楽しいかな?」と思った。


 それが動機となって、習得した特技だ。


 お菓子もついでに作れたらいいなと思って挑戦したけど、そっち方面は才能がなかったみたいで……早々にあきらめた。


 そうして彼に関わる事で、変わって行く自分に気付いて。

 希薄きはくだった感情が色付いて芽吹き、世界を見る目も変わった。



(ルーカスは私を恩人だって言うけど、それは私にとっても同じ)



 彼は私を光へ導き、光をもたらす者。

 王国へと帰り、歩む道が違っても彼を忘れる事はなかった。


 時折、戦場で顔を合わせる時もあり、力を使いこなして活躍する姿を見た時は——何というか、本当に凄いと思った。


 ルーカスが悲しんでなげいていた姿を知っているから、絶望のふちから立ち上がり、ひたむきに前を向く姿はまぶしくて。

 心の強さにかれた。


 それからルキウス様の葬儀そうぎの時。


 さびしくて悲しくて、でも涙を流せずにいた私をルーカスは人知れず気遣きづかってくれて。

 その優しさが嬉しかった。


 記憶を封じられた後も、そう。


 自分のことがわからず、胸を埋め尽くす空虚くうきょと不安な気持ちにつぶされそうになっていた時に、ルーカスは私の気持ちに寄り添い、名をけ剣を捧げてちかいをくれた。


 私を助け、私の力になると。


 そのちかいをやぶらず、困難に直面した際は助けに来てくれた。



(……凄く、心強かった。頼もしくて格好良くて、かれるなって言う方が無理だよね)



 女神の使徒アポストロス、教団の魔術師兵として使命にじゅんじ戦場を駆け巡って来たから、普通の感覚がわからなくて、色恋沙汰いろこいざたにもうとい。


 それでも、過去の記憶を思い出して、公爵家に保護されてからの出来事をて、自覚せずにはいられなかった。


 積みかさねた日々の中で、いつの間にか大きくなった彼の存在に、無意識の内につのらせていた感情の正体に。


 その感情の名は——「好き」という好意。


 だから、ルーカスが私へ向ける気持ちにもなんとなく気付いて、夜の庭園で試すような事を言った。



(あの時は思いがけず抱き締められて、羞恥心しゅうちしんに負けて逃げちゃったけど……)



 ルーカスが想いを伝えてくれた昨日の事が思い浮かび、嬉しくて温かな気持ちで胸がいっぱいになる。


 誰かを想い、想われる事でこんなにも幸せになれるのだと、初めて知った出来事幸福感に、顔をゆるませずにはいられなかった。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「……なんだか幸せそうですね、お義姉ねえ様」

「見てるこっちがおなか一杯になりそうだわ」



 双子の姉妹の声に、思考が現実へと戻る。


 ルーカスと同じあか色の瞳を持った二人と、黒瑪瑙オニキスの瞳を向けて「使徒同士のラブロマンス……」と意味深につぶやいたリシアがこちらをのぞき込んでいた。

 

 イリアは「ふふ」と笑って、突き立てた人差し指を唇に寄せる。



「ルーカスを好きになった理由は、また今度ゆっくり、ね」



 彼との思い出は、簡単に一言では語りつくせない。



(ナビアでの任務を終えて、公爵家の邸宅へ帰ったら……その時にでも)



 そこで気付く。

 教団が帰る場所だと、考えていない自分に。


 女神の使徒アポストロスとしての使命を放棄するつもりはないし、弟ノエルの事もある。

 教団との関係は切っても切れない。


 けれどいつの間にか、ルーカスの居る場所が「私の帰る場所」になっているのだと、イリアはそう認識するのだった。

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