第三話 色付き芽吹く感情
ナビアからの救援要請を受け向かう道中の船上で、イリアはルーカスから「好きだ」と想いを告げられ——受け入れた。
その情報は甲板に居合わせた、特務部隊の団員により
当然、ルーカスの妹・双子の姉妹シャノンとシェリル、リシアの耳にも入った。
ルーカスと想いを通じ合わせた翌日、イリアは体調が
船室は必要最低限、寝泊りするための造りのため簡素で広くはない。
入って正面の壁際に机が置いてあり、左右の壁にはそれぞれ二段ベッドが備え付けられていて、四人はベッドの一段目にシャノンとシェリル、イリアとリシアに分かれて座っていた。
「イリアさん、おめでとう! ようやくお兄様も素直になれたみたいで一安心だわ。これでお
「ええ、長かったですね。おめでとうございます、イリアお
「イリアさん、おめでとうございます! 団長さんと上手く行ってよかったですね」
口々に祝福の言葉が告げられて、イリアは気恥ずかしくなった。
「シャノちゃん、シェリちゃん、リシアちゃん、ありがとう」
「それで、お兄様は何と
シェリルの問いかけに、イリアは想いを伝えて来たルーカスの表情を思い出した。
ルーカスの頬はほんのり赤く、いつもはキッと上がった
(あの笑顔はずるい……)
難しい顔をしてる事が多い普段とのギャップと、
「……ストレートに、好きだって」
「無難ですが、お兄様らしいですね」
「団長さん、硬派ですもんね」
シェリルとリシアが「うんうん」と
すると、シャノンが「ねえ、お
「お兄様を好きになったきっかけって何だったの?」
「あ、気になります! やっぱり教団で一緒に過ごした日々の中で、ですか?」
(きっかけ……か)
そう聞かれてイリアは過去に思いを
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
——ルーカスと初めて出会ったのは、戦場だ。
アディシェス帝国の不穏な動きを察知したルキウス様は、私とラメド、そして教団兵を
周囲のあらゆるものを破壊し、崩壊させ、そこに
その有様は、彼の
ルーカスの悲しみ、
知らないはずなのに理解出来る感情の波に、胸が締め付けられて痛かった。
(……思えば私は、昔から記憶に振り回されてきた気がする)
今も、霧がかかったように不明瞭で、思い出す事が出来ない。
『この力は……そうか。レーシュ、彼に歌を聞かせてあげなさい』
『はい、ルキウス様』
私は歌った。
大切な誰かを失った痛み、魂の叫びを
犠牲となった命を
安らかな眠りへと
歌の魔術がもたらす作用に
ルキウス様は言った。
彼の力は使徒の力、【崩壊】を
(……破壊の力の
ともかく、
私は、封印部屋へ
都合よく
後で知ったことだけど、戦場でルーカスが抱きかかえていた金髪の少女は、婚約者であったカレン王女で、彼は愛する大切な人を目の前で……無残に殺されていた。
その痛みと
初めのうちは、目覚める度に泣きわめいては絶望し、呪いの言葉を口にしていた。
少しずつ落ち着いては行ったけど、今度は多くの命を奪った罪悪感に
記憶の中にある優しく微笑む誰か——多分、お母さんだと思う人に「覚えていて」と聞かされた、心安らぐ歌を彼に歌うくらいしか出来なかった。
絶望と罪悪感が少しでも
(だって、どんな言葉をかければいいのか、わからなかった)
自我を持った時には
代わりに——。
『感情に
と、
ずっと「そうなんだ」って、教えを
他人に興味を
(でも、ルーカスに覚えた共感から彼と接することになって、それは違うって気付いた)
私は歌って、そしてルーカスと言葉を交わし、そこから交流が始まる。
そうすることでゆっくりだけど、ルーカスは絶望と罪悪感の沼から抜け出して行き——人との関わりが誰かの力になるんだって事を、私は初めて知った。
力を
苦しみ、もがき……それでもルーカスは諦めなかった。
力の事だけじゃなく、精神面でも同じだ。
ルーカスが教団にいる間、他愛のない会話をしながら、少なくない時間を一緒に過ごした。
彼は真面目で固いところもあったけど、視野が広く、色んな事を知っていて、たくさんの話を聞いた。
そうする事で、私も知らなかった自分自身の新しい発見があって、楽しかった。
とても新鮮だった。
発見と言えば、紅茶の
昔から時々、ルキウス様は私をお茶に
今にして思えば、
ルキウス様とのお茶会は、会話はそう多くなかったけど、紅茶がとても美味しくて
ルーカスと過ごす時もこうやって「一緒にお茶を飲めたら楽しいかな?」と思った。
それが動機となって、習得した特技だ。
お菓子もついでに作れたらいいなと思って挑戦したけど、そっち方面は才能がなかったみたいで……早々に
そうして彼に関わる事で、変わって行く自分に気付いて。
(ルーカスは私を恩人だって言うけど、それは私にとっても同じ)
彼は私を光へ導き、光をもたらす者。
王国へと帰り、歩む道が違っても彼を忘れる事はなかった。
時折、戦場で顔を合わせる時もあり、力を使いこなして活躍する姿を見た時は——何というか、本当に凄いと思った。
ルーカスが悲しんで
心の強さに
それからルキウス様の
その優しさが嬉しかった。
記憶を封じられた後も、そう。
自分のことがわからず、胸を埋め尽くす
私を助け、私の力になると。
その
(……凄く、心強かった。頼もしくて格好良くて、
それでも、過去の記憶を思い出して、公爵家に保護されてからの出来事を
積み
その感情の名は——「好き」という好意。
だから、ルーカスが私へ向ける気持ちにもなんとなく気付いて、夜の庭園で試すような事を言った。
(あの時は思いがけず抱き締められて、
ルーカスが想いを伝えてくれた昨日の事が思い浮かび、嬉しくて温かな気持ちで胸がいっぱいになる。
誰かを想い、想われる事でこんなにも幸せになれるのだと、初めて知った
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……なんだか幸せそうですね、お
「見てるこっちがおなか一杯になりそうだわ」
双子の姉妹の声に、思考が現実へと戻る。
ルーカスと同じ
イリアは「ふふ」と笑って、突き立てた人差し指を唇に寄せる。
「ルーカスを好きになった理由は、また今度ゆっくり、ね」
彼との思い出は、簡単に一言では語りつくせない。
(ナビアでの任務を終えて、公爵家の邸宅へ帰ったら……その時にでも)
そこで気付く。
教団が帰る場所だと、考えていない自分に。
教団との関係は切っても切れない。
けれどいつの間にか、ルーカスの居る場所が「私の帰る場所」になっているのだと、イリアはそう認識するのだった。
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