第二話 伝えたい想い
ナビアを目指す船の上、話を終えて船内へと戻る一班の団員たちと双子の姉妹に寄り添うリシアを見送って、ルーカスは甲板へ
そしてもう一人——風を受けて舞い上がりそうになる銀の髪を、
風と波に揺られる中、イリアはゆっくりと歩を進めて、こちらへと距離を詰めて来る。
「船室に戻らなくていいのか?」
「私がいたら邪魔?」
問えば淡い青色の
船外は風が強く、また
現に甲板にはまばらに人の姿があるだけだ。
だから、過ごしやすい船内に戻らなくていいのか、と思っただけで、他意はない。
「いや、ただ——」
「ごめん、意地悪な言い方だったね」
ルーカスは理由を
「一緒に行くって言った時、ちょっと怒っていたでしょう? 準備の間、忙しくてちゃんと話せなかったし。何だか気まずくて」
目の前に立ったイリアは、取り
信念に忠実で迷いなど一切ないと思っていたため、こちらの言動を気に
「それは……悪かったよ」
あの場で声を荒げてしまった事、意図せず避ける形になってしまった事は、こちらに非があるため、ルーカスは謝罪を口にした。
「ううん、心配してくれたんだよね。ケンカしてたわけじゃないけど……仲直り、かな?」
「ん、仲直りだな」
イリアは「良かった」と顔を
だがイリアの事となると、理性よりも感情が先走ってしまい、いつもは出来ているはずの感情のコントロールが効かなくなる。
それが自分の弱点である事も重々承知しているが、想う気持ちに嘘はつけない。
(……いい加減、素直になるべきかな)
こんな状況下だからこそ、あの夜に言いそびれた事を、胸の内に秘めた想いを、彼女に伝えなければならない。
——そんな気がした。
風が一段と強く吹いて、ルーカスの後ろ髪と、長い銀糸をさらい
イリアは「髪、結ばないとダメだね」と言いながら、散らばる髪を
銀の髪が舞う様は綺麗だが、こう風が強いと確かに不便だろう。
「結ぼうか?」
「出来るの?」
「手の込んだのは無理だが、簡単にならな」
「じゃあお願いしていい? 自分だと上手く出来なくて。えっと、結ぶ
「大丈夫、予備がある」
ルーカスは軍服の内ポケットから、自分の髪を結び
「準備がいいね」
「良く言うだろう? 〝備えあれば
「
イリアが
そしておもむろに背中を向けると、「よろしくね」と長い髪の扱いを
手を伸ばして
細くて
そうしてまとめた髪を片手に持つと、もう片方の手で
するりと
「ほら、出来た」
ルーカスが告げると、イリアは後ろ向きのまま、確認するように一つにまとまった髪へ触れた。
「ありがとう。お揃いの髪型だね」
ルーカスも後ろ髪を
それを意識して
「……狙ったからな」
イリアが振り返り、薄く口を開けて
言葉の意図を考えあぐねているのだろう。
伝えるなら、今だと思った。
「あの夜さ、どうして抱き締めたのか……聞いただろ?」
「え……うん」
イリアの頬が赤く色付いて行く。
あの夜と同じ、恥じらいながらも答えを求め見つめてくるイリアに、
「何故?」と問われ言えなかった言葉を、口にする勇気と覚悟は
ルーカスはイリアと視線を合わせると、目を
演劇のように飾った言葉や、気取った振る舞いは難しい。
だから代わりに、ルーカスは
そうして、
胸に
「俺は君が大切なんだ。友人としてじゃなく、一人の女性として……イリアを大切に想っている」
イリアは——赤くなった顔で、こちらを見つめている。
そしてもう一度開くと、言葉を発した。
「それは……私が、恩人だから……とか」
イリアは暴走する俺を引き留め、寄り添い、絶望の
恩人であるのは事実だ。
「きっかけである事は確かだけど、それがすべてじゃない。教団で一緒に過ごして、少しずつイリアを知って行くうちに、自然と
イリアは他人の痛みに寄り添って共感する、優しい心を持っていた。
それにマイペースでちょっと天然なところがあった。
不器用で家事は
一緒に居ると
けれど——世界を愛する女神の祝福を受けた
「内面と生きざまを知って、守りたい、支えになりたいと思った。記憶を封じられた君と再会してからは、その想いが強くなったな」
頬を染めて、言葉に耳を
「俺は
しかし大震災と王都に
「でも、わかったんだ。後悔はしたくないって、気付いた。……だから、伝えるよ」
頬に熱が集まり、
跳ねて脈打つ鼓動が、鼓膜へ
彼女に伝えたい想いは一つ。
胸を焦がす恋情を、緊張で震える唇を動かして、言葉にする。
「俺はイリアが好きだ」
そうすればイリアはさらに顔を赤くして、
あの夜話した事で欲が出てしまい、同じ想いを返してくれれば——とは思うが、それは
例え同じ気持ちでなくとも、この想いは変わらない。
——イリアから返答がなされず、二人の間に
船が
「その……あまり負担には思わないで欲しい。……とりあえず、船内に戻るか?」
ルーカスはほんの少しだけ不安な気持ちになりながら、そう提案した。
すると、イリアは小さな動きで首を横に振って——こちらの目線に合わせるように顔を少し
「私も、ルーカスが好き」
イリアが笑顔を浮かべている。
大きな淡い青色の瞳がわずかに細められ、眉は優しい曲線を
つぼみが花開くような笑顔だ。
向けられた笑顔の意味と、
ルーカスは手を伸ばして、イリアの背に手を回すと、腕の中に抱き寄せる。
紅茶の茶葉や、花のように甘い香りが
ただ、イリアを守れればいいと思っていたのに、いつの間にかそれだけでは物足りなくなってしまって——想いが通じたと言う事実が、たまらなく嬉しかった。
「イリア、ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうだよ」
イリアの手が背に回り、お互い抱き締める形になった。
嬉しさと同時に照れくさい気持ちが湧き上がり、何だかむず
周囲の目線も気になるし、この
けれども、いつ何があるかわからない、そんな状況だからこそ。
今は
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