第三十九話 同盟国からの救援要請

 ルーカスとイリアが着席したのを見届けると、父レナートとレックス陛下はうなずき合った。



「では本題に入るとしよう。ダリル」



 陛下が名を呼ぶと、跳ね毛のある赤い短髪の壮年そうねんの男性——宰相さいしょうダリルが首を縦に振り、細長い黄褐色おうかっしょくの瞳を向けてきた。



「世界的な震災に続き、一昨日おとといの晩、地震があった事は知っているね?」



 一昨日おととい、と言うと——庭園でイリアと話したあの晩だ。

 規模は大きなものではなかったが、確かにあった。

 

 そして、振動でよろめくイリアをかばい抱き締める形になったのだが——。


 その時の感触を思い出して、ルーカスは若干気恥ずかしくなりつつも「はい」と返答した。

 イリアも同様の返しだ。


 それを受けて、ダリルの話が続けられる。



一昨日おとといの地震では、幸いにもこちらは何ともなかったが——ナビア連合王国でゲートが出現したらしい。それに加えて首都ザフィエルでは、原因不明のマナ欠乏症に多くの国民が倒れたとの報告があって……救援を求める通信が届いたんだ」


 地震とゲート——やはりこの二つは関連性があるらしい。


 リエゾンと王都の事例から確信に近いものを得ていたが、もはやうたがいようがない。



「それは一大事ですね。ですが……」

「ああ。知っての通り、王国も先の震災しんさいと魔獣による被害が甚大じんだいで、そう易々やすやすと多くの戦力を救援へ向かわせることが出来ない」



 当然である。あの災厄さいやくからまだ数日。

 王都は復興の目途めどが立っておらず、各領地もそう変わらぬ状況であると聞いている。



「だけれど、かの国は大切な同盟国だ。その危機を見て見ぬふりはできない。それに……ナビアはアザレアの故郷。放っては置けないよ」



 ゼノンがつぶやいた。

 アザレアは、落ち着いているが視線を下に向け、どことなく表情にうれいがある。


 彼女を見たゼノンが拳を握りしめ、苦し気にまぶたせた。

 いつもの皇太子ぜんとした振る舞いは、りを潜めてしまっている。



(ゼノンのこんな姿は……珍しいな)



 幼い頃から皇太子に相応ふさわしくあるため、努力を重ねてきたゼノンがこのような姿を見せる事はあまりなく、アザレアを深く想う気持ちが伝わってくる。



(その気持ちは……俺にも理解できる)



 ルーカスは隣に座り、神妙しんみょう面持おももちを浮かべるイリアを見て思った。


 重くなった空気の中、ダリルが毅然きぜんと話の続きを切り出す。



「我々としても苦しいところだが、見捨てるという選択肢はない。このような状況下でこそ助け合うべきだと、そう話はまとまったよ」

「そこで、だ。ルーカス、おまえがひきいる特務部隊を派遣する事となった」



 父レナートが告げる。

 それは元帥げんすいとしての言葉、決定事項であるという事だ。


 多くの戦力を派遣できず、少数精鋭を求めるなら特務部隊は適任だ。

 順当だろうとルーカスは納得し「わかりました」と首を縦に振った。



(……となれば、出発に向け早急に話を進めなければならないな)



 ルーカスはやるべき事を思い浮かべ、整理しようとした。


 だが、それは次にはっせられた陛下の言葉により、叶わなかった。



女神の使徒アポストロスレーシュ。もし可能であれば、貴女の力もお借りしたい」

「——伯父上おじうえ! 彼女はまだ、記憶のすべてを取り戻していません! 万全の状態にない彼女を巻き込むのは——!」



 イリアへ助力を求める言葉を聞いて、ルーカスは声をあらげた。


 思いもよらぬ提案に——いや、もしかしたら最初からこのつもりでイリアを呼びつけたのかもしれない。



(まさか、感謝の言葉を伝えたいと言うのは、この話をするための建前か——?)



 実際はそのような意図がなかったのだとしても、そう考え至ってしまってルーカスは無性に腹立たしくなった。


 何故ならば、彼女の答えは聞かずともわかるからだ。



「この力でお役に立てるなら、喜んで」

「イリア!」

「ルーカス。私は女神の使徒アポストロス。だから、わかるでしょう?」



 もちろん、知っている。

 イリアの強さも、女神の使徒アポストロスとして、どのような思いで戦っているのかも。



(けれど、それでも……)



 記憶が戻ったとは言え不完全で、何に巻き込まれたのか明確となっていないこの状況で、イリアにそれをいるのは——。



(あまりにも身勝手だ……!)



 ルーカスはぎりっと奥歯を嚙み締めた。

 だが、止めたところでイリアが信念を曲げることはないと言う事も、理解していた。



「引き受けてくれると言うことでいいか?」

「——わかり、ました」

「お任せください」

「では、詳細は追って伝える、二人とも頼んだぞ」



 ルーカスはうなずいた。

 この場で抗議したところで結果は変わらない。



「危険は承知の上だけど、引き受けてくれてありがとう。ルーカス、イリアさん」

「お二人ともありがとうございます。どうか、故郷を……ナビアを、よろしくお願いします」



 ゼノンとアザレアが深く頭を下げて謝意をあらわした。


 イリアを巻き込んでしまった事には抵抗があるが、困っている人がいるならば、手を差し伸べられるならば助けたい。

 それはルーカスも常日頃から持っている気持ちだ。



(こうなったからには、腹をくくるしかない)



 ルーカスは拳に力を籠め、覚悟を決めた。


 課せられた任務をよどみなくこなし、もし彼女が自らを犠牲に、危険へ飛び込もうとするならば——。



(名を懸けたちかいの通り、イリアを助け、イリアの力となる。

 剣を捧げた彼女の騎士として)



 例えナビア連合王国かの国で何が待ち受けていようとも、やり遂げて見せる——と、心に固くちかいを打ち立てた。

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