第二十九話 共に立つ戦場~破壊の騎士と旋律の戦姫~

 光の雨の中へ飛び込んだルーカスは、軌跡きせきを目で追い、肌で感じ、降って来る光線をけて走った。


 イリアのいる場所は舞う土が邪魔して目では見えないが——微かに聞こえる歌声がしるべとなって、ルーカスを彼女の元へとみちびいて行く。



『——輝いて閃光ひかりよ』


 

 歌が聞こえる。

 美しい高音の、力強い歌声が。


 ルーカスは落ちる光線を、反復する動きで素早くくぐり抜け進む。


 歌声のする方へと——。


 そうして、視界が晴れた一瞬。

 なびいて輝く銀の糸が光の中に見えた。



(ようやく見つけた)



 土埃つちぼこり閃光せんこうの支配する戦場で、紫電の雷柱をまとい剣をかかげて歌をつむぐ、凛々りりしい彼女の姿がそこにある。



『……っ燦々さんさんと、煌々こうこうと、照らして闇を』



 少し苦しそうな歌声が響く。


 彼女の苦痛を表すかのように、紫電のよろいがその数を減らし、空中からまたたき落ちる光もほんの少し弱まったように見えた。


 どれほどの時間、攻防を続けていたのか——正確なところはわからないが、決して短くはない時間、魔術を維持してきたのだろう。


 頬には汗が伝い、疲労が垣間見える。

 ルーカスは速度を早め、走った。


 イリアの居る場所まであと数メートルの位置まで迫った時。

 光からのがれた魔狼まろうが彼女へ襲い掛かろうとする姿が見えた。


 ルーカスは刀のを握り、踏み込む。


 疾風しっぷうと共に魔狼まろうの横を駆け抜け、すれ違いざまに刀を振り抜いて、その躯体くたいを斬り落とした。


 イリアの勿忘草わすれなぐさ色の瞳が、こちらを向いてまぶたが大きく開かれた。

 ルーカスは落ちて来る光線を避けながら、彼女の近くへと歩み寄り、その瞳を見つめ返す。



「……来てくれたんだ」



 イリアの唇がを描き、やわらかな微笑みが浮かんだ。



「遅くなってすまない」

「ううん。ありがとう、ルーカス」



 名前を、呼び捨てにされた。

 その事にルーカスは驚きを隠せなかった。



(まさか、記憶が——?)



 そう思ったが「グオアア!」と空気を震わす獣の雄叫びを聞き、思考を中断した。


 振り返れば、接近する金獅子きんじしの姿がある。


 金毛の獣は一足いっそくで飛び、鋭利えいりな爪を持った前脚まえあしが迫った。


 ルーカスは刀を眼前で水平に構えるとその躯体くたいに見合った、重量の乗った重い爪を受け止める。



『撃ちはらえ、めっせよ』



 イリアの歌が響き、天からの閃光せんこうが金獅子を射抜いてその身を焼く。

 「グガァァ!」と痛みにもだえて鳴く金獅子きんじしを刀で押し込んでやると、巨大な躯体くたいがよろめき倒れた。


 ルーカスは一歩後ろへ跳んで下がる。


 そうすれば、見計らったようにすかさず追撃の光が降り注ぎ、白い炎が金獅子きんじしを焼いて命をも燃やし尽くした。


 ゲートの方へ目を向ければ、また新たな魔獣が発生している。

 イリアの閃光せんこうが絶えず魔獣を撃ち滅ぼしているが、らちがあかない。



(ロベルトからの連絡はまだか?)



 そう思った時だった。


 ピアス型のリンクベルが「リリリン」とリングトーンを鳴らし、着信をしらせた。

 ルーカスはすぐさま応答し、声に耳をかたむける。



『団長! 申請通りました。行使コードは——』



 告げられたコードを頭の中で反復し、ルーカスは口角の端を上げた。


 ようやく鍵が揃った、と。



「イリア、悪い。あと少しの間、魔獣をおさえてくれ。ゲートを〝破壊〟する」



 隣に並び立ち告げればイリアはうなずいて、また歌を口ずさんだ。



暗雲あんうんを切り裂いて、光よ道をせ』



 数多あまたの光がそらから降り注ぐ。


 魔獣が滅却めっきゃくされる光景と、その先にある漆黒しっこくゲート見据みすえて、ルーカスは刀を左に持ち替えると、横へ水平にかかげげた。



「第二限定解除! コード『Σシグマ-ALTERアルター』」

『コード確認。第二限定、開放リリース



 左腕の腕輪の魔輝石マナストーンが光り、紅い輝きを放った。

 輝きは腕輪だけにとどまらず、ルーカスの全身へと広がりを見せる。



『神なる旋律せんりつ、無慈悲なる粛清しゅくせいの賛歌』



 イリアの歌声が聞こえる中、解き放たれた力は、炎のようにうねり揺らめいて、ルーカスを包んで輝きを増していった。


 全身を駆け巡る血が、沸騰ふっとうするかのような熱さだ。

 ちりちりと焼けるような痛みもある。


 だがこの程度、耐えられない痛みではない。



(——つどえ、力よ)



 念じると、全身を包んだ光が一斉にかかげた刀身へと宿る。

 力は燃え盛る炎のような紅いオーラとなって大きく揺らめいた。



燦爛さんらんきらめくせんなる浄化の光、輝いて』



 イリアの歌声と共に、光の雨が降って魔獣を撃ちほろぼしていく。


 そうして舞い上がった土煙の中、見えるゲート輪郭りんかくとらえてえて、ルーカスはゆらゆらとあふれんばかりの紅いオーラが集まる刀を構えた。


 その場でゲートを斬るように刀を振り抜けば、オーラは刀身を離れ、斬撃となって飛ぶ——。



 紅閃こうせん天翔斬てんしょうざん



 紅い斬撃はくうを裂き、魔獣目掛けて降り注いだ〝滅光煌閃翔ディ・ルフレール・ディストラクション〟をき消して、発生した魔獣をもろとも巻き込みながらゲートへと衝突し——その存在を破壊して弾け飛んだ。



「破壊の力……いつ見てもその力はすさまじいね」



 イリアのつぶやく声が聞こえた。


 第一限定解除は限定的に〝破壊の力〟を刀に伝わせ作用させる。


 対して第二限定解除は刀にとどまらず〝破壊の力〟を外へ放出する事が出来るため、このような芸当が可能となる。



「知ってるだろ? 使い方をあやれば周囲が消し飛ぶ。諸刃もろはつるぎだ」

「そうだね。でも、今のルーカスなら大丈夫。でしょう?」

「……ああ。残りも破壊する」

「うん、援護は任せて」



 ルーカスは再度刀身へと力をまとわせると次のゲートへと目標をさだめた。


 そうしてイリアが歌をつむぎ、旋律が響き渡る中、ルーカスは斬撃を飛ばして魔獣を、ゲートを次々と消滅させていった。


 言葉を交わさずとも彼女の動きが理解出来る。


 ルーカスはイリアとの連携に心地よい一体感を感じながら、脅威きょういを撃ちはらうため力をふるった。


 救国の英雄、あるいは破壊の騎士と呼ばれる所以ゆえんとなった己の力と、旋律の戦姫とおそうたわれる彼女の力。


 それぞれの持つ神秘しんぴの力を、脅威きょういを打ち砕く奇跡とする為に——。






 ——程なくして、点在していたゲートを全て破壊し、事態は終焉しゅうえんを迎える。


 ルーカスは力の開放を終え、けれども警戒を忘れずに周囲を見渡した。

 彼女も同様に周囲へ目を向け、全てのゲートと残った魔獣の消失を確認すると歌をめた。



「……終わり、だね」

「だな。見える範囲には脅威きょういはない。これで——」

「ん、良かった……」



 力なく微笑んだイリアがふらりと体を揺らす。

 重力に引かれて、彼女の体が後方へかたむいて行く。



「イリア!」

 


 ルーカスは慌てて刀を手放し、イリアへ手を伸ばした。

 腕を捕まえて崩れる体を抱き留め、地面へひざを付く。


 そうして彼女の背へ手を回し、上半身を起こして支えた。


 しっとりと汗ばんだ体は熱を持ち、浅い呼吸を繰り返して顔色が悪い。

 相当無理をしたのだろう。



「悪い、無理をさせたな」

「ううん、大丈夫。でも、少し、やすませて……」



 そう言い残して彼女はまぶたを閉じた。


 ——意識を失ったようだ。


 苦しそうな息遣いが聞こえる。

 長時間、魔術を行使した弊害へいがい、恐らくはマナ欠乏症けつぼうしょうだ。



「……ごめん。ありがとう、イリア」



 ルーカスは眠るイリアを抱き締めた。


 彼女の存在をいとおしみ、確かめるように。


 イリアのお陰で、王都への魔獣被害は劇的におさえられた。


 その事に感謝しつつも、騎士として守ると誓ったのに有事に傍に居られなかった事、そればかりか負担をいる結果となってしまい、罪悪感を覚えずにいられない。



(——けれど、間に合った)



 手遅れになる前に、大切な人を守れた。

 なげく事しか出来ず、亡骸なきがらいて絶望に打ちひしがれたあの時とは違う。


 彼女のぬくもりは、この腕の中にある。



「君が無事で、本当に良かった」



 温かなイリアの体温と、呼吸を感じて安堵したルーカスの頬を、温かな雫が一筋ひとすじ伝って落ちた。

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