第二十七話 それぞれの理念

 『イリアさん、城門の向こうで戦ってるの! 一人で魔獣をおさえてる!』と、シャノンからしらせを受けたルーカスはイリアの待つ戦場へと急いだ。


 一心不乱に走り続け、そうして——ルーカスはようやくの思いで北西の城門前へと辿たどり着く。


 全身を汗が伝い、息が上がって呼吸が苦しく感じられた。

 ひたいの汗をぬぐい呼吸を整えながら周囲を見渡すと、激しい戦闘のあとが残っていた。


 斬りせられた、あるいは焼け焦げたような魔獣の死骸しがいと、路面に爪痕つめあと、黒い焦げの様なあと、そこかしこに血痕けっこんも。

 

 幸いなのは救助活動が進んでいることだろうか。


 高くそびえる堅牢けんろうな城門付近には甲冑かっちゅうまとった騎士たちが集まり、黒と赤を基調としたローブを着た軍の魔術師が結界魔術を展開して、身を寄せ合う住民を守っていた。


 その後ろ、外へと続く道を確認すると——跳ね橋が上がった状態になっている。



ゲートは街道にあると言っていたな)



 魔獣が侵入しないようにと取られた措置そちなのだろうが、これでは外へ出られない。



「だんちょ、早すぎ……っ!」

「……橋が、上がってしまっていますね」



 ルーカスが状況の確認をしていると、ハーシェルとロベルトが追い付いた。


 振り返って見れば、二人も汗をにじませ肩で息をしている。

 それは彼らの後から現れたアイシャとアーネストも同様だった。



(跳ね橋——跳開橋ちょうかいきょうを下げるのは時間がかかる)



 ならばどうするかと、ルーカスは考える。

 視線を彷徨さまよわせ城門を見上げると、歩廊ほろうに見覚えのあるシルエットを持つ桃色の髪の少女を見つけた。



「シャノン!」



 声を張って名を呼ぶ。

 桃色の髪がなびき、紅い瞳がこちらを見下みおろろして、「お兄様!」と手を振る姿が見えた。


 ルーカスは見つけた妹の姿を追って、門に付属して構築された円筒形えんづつけいの塔へと走る。

 中の螺旋らせん階段を休む間もなく駆け上がって上へ。



「お兄様、こっち!」



 歩廊ほろうへ出ると、待ち構えていたシャノンがルーカスの腕を捕まえた。


 引かれて胸壁きょうへきの方へ歩む。


 胸壁きょうへきには甲冑かちゅうまとった王国軍の騎士と魔術師の姿が多数あった。

 彼らは街道の方を唖然あぜんとあるいは恐怖の目で見つめていた。


 視線の先はおそらく、彼女が戦う戦場だろう。



(何故、見ているだけで誰も動こうとしない?)



 ルーカスは彼らの姿に、焦りと苛立ちをつのらせた。



「あそこ!」



 胸壁きょうへきに寄ったシャノンが、水路をへだてた街道を指差した。

 指を追って、その先を見る。


 ——そこは数多あまたの光線がきらめいていた。


 空中に展開した無数の魔法陣から閃光せんこうしょうじ、魔獣を撃ち抜き——いや、もはや無差別に光線が降り注いでいると言っていいだろう。


 広範囲に点在するゲートとその周囲を埋め尽くす光が、魔獣の存在を滅却めっきゃく

 余波が地をえぐっていた。


 あれは【太陽】のレーシュの代名詞でもある大規模殲滅せんめつ魔術——滅光煌閃翔ディ・ルフレール・ディストラクション


 彼女の姿は閃々せんせんと放たれる光と、舞い上がった粉塵ふんじんまぎれよく確認出来ないが、そこにいるのは確実だ。


 そして何故、誰も助けに行こうとしないのか、その答えも明白だった。


 近付くものは何であれ、無差別に消し去るあの光。

 それを恐れて、誰も近付けないでいるのだ。



(……近付きたくても近寄れないと言った方が正しいか)



 みすみす出て行ったところで、彼女の魔術に巻き込まれるだけ。

 足手まといになるとわかっているから動けないのだ。


 孤立無援こりつむえん

 跳ね橋は上がり、閉じられた城門の向こうで一人戦うイリアに想いをせて、ルーカスは拳をきつく握りしめた。



「ごめんなさい、お兄様。私じゃこの距離は跳べなくて」

「いや、この距離は正攻法では無理だ」



 シャノンが悔しそうに唇をんだ。


 城壁の外周には外敵を防ぐためきずかれたほりに、水が引き込まれて水路となっている。

 防衛機構であるため簡単に越えられるようなつくりではない。


 深く、そして広く。

 対岸までは約百メートルのはばがある。



「シェリルが居てくれれば良かったんだけど、その……怪我は大した事ないんだけどね。

 瓦礫がれきが頭に落ちて来て、軽い脳震盪のうしんとうを起こしたみたい。

 気を失っちゃって、リシアと負傷した人達と一緒に、教会に……」



 リンクベルの通話で怪我をしたとは聞いたが、シェリルがそんな事になっていたとは思っておらず、ルーカスは顔をゆがまる。


 シャノンを見ると「あ、でもほんと大丈夫だから心配しないでね?」と慌てて付け加えられた。



(そう言うのであれば大丈夫なのだろうが……シェリルも心配だ)


「シェリルがいなくても何とかしなきゃって。私だけでもあっちへ行こうと思って、軍の魔術師にお願いしたんだけど、危険だからって手伝ってくれないの」



 跳ね橋は水路にけられた、王都と街道を繋ぐ唯一ゆいいつの道。

 それが上げられてしまった今、あちら側へ渡る手段はない。



(だが、確かに。

 魔術師の協力があれば話は別だろう)



 シャノンがにらみつけるように魔術師を凝視ぎょうししている。

 すると話を聞いていたのだろう魔術師の一人が顔をしかめ、こちらへ視線を向けた。



「当たり前だろう! あんな無茶苦茶むちゃくちゃな魔術、あの場へ行って死にたいのか!」

「でも、イリアさん一人戦わせていい訳ないでしょ!」

「それは……っ! そうだとしても、君が行っても無駄に命を捨てに行くようなものだ!」

「自分の命惜しさに、何も出来ずにいるよりマシよ! 貴方達はそれで恥ずかしくないの!?」



 魔術師の言い分がシャノンの逆鱗げきりんに触れてしまったようだ。

 激昂げきこうしたシャノンが、その場に居る軍達へ詰め寄った。


 その剣幕に気圧けおされて、彼らは一瞬ひるんだ様子を見せるが、すぐさま反論を口にする。



「オレたちだってそう思ったさ! でも、あの方は『跳ね橋を上げてここには近付かないで』と言ったんだ!」

「わかるだろう? 次元が違うんだ」

「無意味に出て行ったところで、私達では足を引っ張るだけなんだよ……」

「だからって……!」



 シャノンも必死だが、それに負けないくらい彼らも苦し気な表情を浮かべている。



「シャノン、落ち着け」



 ルーカスはシャノンの肩へ手を添え、言葉をさえぎった。


 納得いかない様子のシャノンが「でも!」と抗議の視線を向けてうったえて来る。

 だがルーカスは首を横に振り、それをせいした。



「気持ちはわかる。けど、彼らだって何も感じていない訳じゃない」



 始めはルーカスも「何故誰も助けに行かないのか?」と苛立ちを覚えた。

 しかし冷静になって状況を確認すれば、得心とくしんがいく。


 今の彼女——記憶を失う前の〝旋律の戦姫〟とうたわれおそれられた姿を見せる彼女と並び立つには、半端な力はかえって邪魔になる。


 彼らの決断は、無策であの場へ出たとしても彼女の助けにはなれないと、理解しているからこそ。


 それをわらい責める事は誇りをけがす事と同義、おろかな行為だ。



「大丈夫。俺が何とかする」



 ルーカスはシャノンをなだめるように「ポンポン」と肩を叩いた。

 眉尻を下げ不安に揺れる大きな紅の瞳がルーカスを見上げ、「うん」と頷いたシャノンが肩を震わせ唇をんだ。



「すまないな。お前達も、ただ見ているだけと言うのは辛かっただろう」



 ルーカスがシャノンに代わって謝罪をべると、彼らは拳を握り締めた。



「いえ、お恥ずかしいところをお見せしました」

「申し訳ありません、ルーカス団長」

「私達にもっと力があれば……」



 理念と伴わない現実との差異に、己の無力を痛感している彼らを責める事は出来ない。

 そして今一番になすべきは不毛な言い争いではなく、根本の原因であるゲートの排除。


 ルーカスは閃光せんこうきらめく戦場を見つめ、あちらへ渡るための策に考えを巡らせた。

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