第二十六話 彼女の待つ戦場へ
ルーカス率いる特務部隊は、魔獣掃討のため居住区内を駆けた。
王都は混乱を見せている。
地震の被害に加えて侵入した魔獣に住民が襲われる事態と
王都オレオールは円状に五層の区画からなる都市だ。
王城、行政区、
生活の基盤、富裕層の居住区、一般市民の居住区と
街中を見れば地震の影響が色濃く出ており、崩れた建物や地割れが見受けられる。
さらに魔獣の
負傷した人、泣き叫ぶ者、事切れた人影——。
住民は戸惑いと恐怖の表情に支配されており、王都はまさに
(酷い有様だ……)
ルーカスは
多くの戦場を経験してきたが、悲劇に慣れる事はない。
(天災とは言え……
悔しさを噛み締め駆けていると——行く手に、狼型の魔獣、
ルーカスは剣帯の
——居合・一閃!
抜刀術により二つに裂かれた
続いて、同じように建物の合間から飛び出して来た
後方で同様に魔獣が現れるが、
隊列はルーカスを先頭にハーシェル、アーネスト、アイシャ、ロベルトの並びで、アイシャが探知魔術を使い、魔獣のおおよその地点へと移動し素早く討伐。
居住区に出てからこの流れを繰り替えし
地道な方法だが、街中で大規模な攻撃魔術は使えないので他に手段がない。
「この付近はもう魔獣の反応はありません」
「了解だ。次の地点は?」
「はい。次は——」
ルーカスはアイシャの返答を聞きながら、
すると「リリリン」とルーカスのピアス型のリンクベルが鳴り、それに応答する。
「特務部隊一班ルーカスだ」
『ルーカス団長、第一魔術師団クロウです。先の件についてご報告です』
第一魔術師団の師団長からの連絡だった。
「先の件」——調査を依頼した件で、どうやら情報が掴めたらしい。
しかし報告を聞くためとはいえ、足を止める訳には行かない。
ルーカスは後ろへ続くハーシェルに先頭を任せようと、目配せで合図を送り首を縦に振って見せた。
そうすれば意図に気付いたハーシェルが「了解ッ!」と返し前へ出て場所を交代。
一班はアイシャが示した次の地点へと移動を開始し、ルーカスは走りながら報告に耳を
『団長の
やはり、と思う。
嫌な予感が当たってしまった。
「例の術式の準備は?」
『問題ありません。実践投入可能です』
例の術式とは、
なんでもホドのマナ機関技師の技術提供があったらしく、マナ機関を補助として用いる事で完成形に至ったと聞いている。
ルーカスの力と
(そうなると問題はどちらへ向かうか……だな)
北西と南東では全く正反対の方向だ。
『どうされますか?』
「各方面の詳しい情報は?」
『騎士団は元帥
(であれば、距離的には北西が近いが、根本的な
思案したルーカスは、その
鳴っていたのはロベルトのイヤリング型のリンクベル。
ちょうど次の地点へ
皆の視線が集まる中、ロベルトが「はい」と応答する。
「……シャノンちゃん?」
ロベルトの口から飛び出た妹の名前に、ルーカスは目を見開く。
一言、二言、短くやりとりする様子が見られ、ロベルトの
「団長。シャノンちゃんが、どうしても急ぎで話したいと」
大事な通信の
だが、妹とイリア達の安否は気が掛かりだ。
『こちらは団員の招集に時間がかかっており、準備が整うまでまだ少しの
どうやら
「……
ルーカスは
ロベルトへ視線を向けると、その瞳と同じ色の
他のメンバーは引き続き周囲の魔獣討伐に当たっている。
彼らに申し訳ないと思いつつ、ルーカスは手に持ったリンクベルで通話先のシャノンへ語りかけた。
「シャノン」
『お兄様!』
「良かった、無事だったんだな」
『うん。でも、シェリルはちょっと怪我しちゃった。それでリンクベルが壊れて——』
「大丈夫なのか!?」
シャノンの言葉を
あの時、通信が切れたのはそういう事だったのか、と。
胸がざわついた。
『心配しないで。リシアがすぐに治癒術をかけてくれたから、大丈夫よ』
「そうか……それなら良かった」
シェリルが無事に
しかし、それも
『そんな事よりイリアさんよ!』と今度はシャノンが声を荒げた。
彼女の身に何があったのか——ルーカスが問い掛けるより早く、シャノンは答えた。
『イリアさん、城門の向こうで戦ってるの! 一人で魔獣を
「魔獣を……一人で?」
『そうよ! あんな戦い方……いくらイリアさんが使徒でも、無茶よ!』
ドクリと心臓が跳ねた。
彼女は
【太陽】の
その実力はルーカスも知っている。
戦う
(だが……いくらイリアが強くても)
一人で戦場に立っていると聞かされて、その上「無茶」だと言うシャノンの口ぶりに心
城門の向こう。
彼女が居るのは、恐らく
「場所は!?」
『北西の城門!』
クロウの言葉が思い出される。
「強力な魔術師」それはイリアの事だったのだ。
——北西の被害が少ないのは、彼女が戦っているから。
ルーカスはその事実を知って、居てもたってもいられなかった。
魔獣を片付けて団員たちがルーカスの元へと戻って来る姿が見えた。
ルーカスは「ロベルト!」と叫ぶ。
そしてこちらを見た彼へとリンクベルを投げ渡すと、
目指すは彼女の居る北西の城門——。
「団長! どちらへ!?」
背後からロベルトの声が響く。
一瞬振り向くと、走り出したルーカスの背を団員たちが追って来ていた。
「北西だ! 第一魔術師団の師団長と、他の班には南東へ向かうよう伝えろ!」
「
折り返すと言っておきながら他人任せになってしまうが、今のルーカスは余裕がなかった。
(彼女は強い。それは理解している。
——だが)
『ルーカス、大切なものは失ってから気付いても遅いのよ』
あの日、母に言われた言葉が思い出された。
(……わかってる。
わかっている!)
だから、名を
イリアを助け、イリアの力になる。
騎士として彼女を守る——と。
強いからこそ弱さを見せず、全てを一人で抱え込もうとするイリア。
ずっと、そんな彼女を守りたいと心のどこかで思っていた。
再会して記憶を失ったと知った時——その想いが
始めはただ、イリアを守れればいいと思っていた。
それ以上は望んでいなかった。
——けれど。
彼女に向けるこの気持ちは、胸を焦がす様な想いは、確かにここにある。
(イリアは俺にとって大切な——かけがえのない、
二度とあんな……失ってたまるものか!)
カレンの時の様に、手の届く場所にいたのに何も出来ずに終わるなど、同じ過ちを繰り返してはいけない。
ルーカスは全速力で駆けた。
途中、向かって来る獣は
彼女が戦っていると言う場所へ——。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます