『幕間 不穏の影⑤』
聖歴
ノエルが
船上は
風と波に揺られた船体は、お世辞にも快適とは言えない。
次に目指すはナビア連合王国・首都ザフィエル北のパール神殿だ。
まずは港町トレスで下船しそこから馬車で数時間程の距離にある首都へ入る。
ノエルは船首部で、海へ落ちないようにと
後ろに
白銀の鎧を身に
それと、
小柄で細身、
二人が見守る中、新緑色の
(
深いため息がノエルの口を出る。
応答しない訳にはいかないので気持ちを切り替え、教皇としての仮面を
『おお、教皇聖下!
ねっとりとした、年老いた男の低い声——。
耳に
「安心して下さい。いまのところ大きな問題はありません」
『それは良かった!
「……ええ、そうですね」
(
本当に、こいつらは……取り
『して、あの娘の様子は
「……あの娘?」
『これは失礼! 聖下のお姉様であり、我らにとっては至高のお方でもありましたね!』
「あの娘」から「至高のお方」とは上手く言い換えたものだ、とノエルは心の内で
(あながち間違いではないさ。
けれど、姉さんは姉さんだ)
僕に残されたたった一人の家族で、僕だけの宝石。
こいつらの「至高のお方」などでは断じてない。
「ご心配には及びません。彼女も元気にしています」
『そうですか! 安心致しました。彼女の身に何かあっては事ですから。万が一があれば我らが女神もお
(女神が
果たして本当にそうだろうか?
この歪んだ世界を見て、
(まあそもそも、その歪みの一端は女神にもあるんだが。
……無駄話ばかりで面倒だな)
さっさと会話を終わらせてしまおうとノエルは思った。
「ご用件は以上ですか? ジョセフ
『ああ、いえ……
(
今にも口を出そうになる荒々しい言葉を何とか飲み込んで、冷静に対処しようと呼吸を整える。
しかし、
「今は
『それは、
「その話はまた今度にしましょう。他にご用件は?」
『聖下、そうは言いますが後がないのです! 全ては女神様の——』
(ああ、本当に……こいつらは救いようがない。
僕を道具としか見ていない。
——……今すぐにでも、殺してしまいたい)
苛立ちの感情を拾って風が強まり、ガタガタと
「無いようですね。では、失礼します」
『教皇聖——』
通話を切ると同時に、バキン! と音を立てて、リンクベルは崩れ落ちた。
ノエルの周囲には銀色のマナを含んだ風が吹き荒れており、新緑の欠片をさらって舞い上がる。
風は刃となり、さらった欠片を切り
——跡形も残さず消し去っていた。
そうして吹き荒れた風は収まり、ノエルは
「
先ほど噛んだ唇からは血が
後ろからトトッと軽い足音が聞こえて、ツァディーがノエルの横に立つ。
「あ、
振るえる小さな手がノエルの頬に伸びて、血を
怒りに任せて乱暴な力の使い方をしてしまったため、頬も切れていたようだ。
「ごめん、怖がらせたね」
「いいえ。元気、出してください」
「ありがとう、ツァディー」
(……優しい子だ。僕の怒気に当てられて、今にも泣きだしそうなのに、震える手を差し伸べてこちらを
ノエルは血の付いた少女の手をそっと握って下ろす。
そして祭服の内ポケットから白い布を取り出して、赤く
するとツァディーは、白い布を持つノエルの腕にぎゅっと両腕で抱きついて、顔を
少女の行動は母親に甘える
害はない。ノエルはツァディーの気が済むまで好きなようにさせることにした。
「
ガシャガシャと金属音を立てて、アイゼンがこちらへと歩み寄って来る。
その表情は何とも
「
「ええ。彼らは変わりません。あの時から何一つ」
アイゼンは空を見上げ、
その痛みは、理解出来る。
だからこそ僕らは同志足り得るのだ。
「もうすぐだ、アイゼン。この旅の終わりには、すべてが変わる」
「はい。私の剣は貴方と共に」
ノエルの前でアイゼンは
右
僕らは同じ痛みを知り、志を同じくする者。
「ああ、共に
これは誓いであり復讐だ。
(女神も世界も知ったものか)
望むのはただ一つ——姉さんの幸せ。
僕は姉さんを守れるのなら、それでいい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます