第十八話 穏やかな一時

 着席して食前の感謝の言葉を合図に、おもてなしの昼食が始まった。



「さ、召し上がれ♪ シャノンスペシャルよ!」



 嬉々ききとしてシャノンが言葉をはっすると、女性陣の手によって料理をおおい隠していた銀のフードカバーが取り払われた。


 カバーの下から現れたのは、煮込み料理の定番、シチューだ。


 赤ワインとライチェと呼ばれる赤い野菜をベースとした赤茶色の光沢のあるスープに、大きめにカットされた肉や野菜がごろりと入っている。


 調理担当はシャノン、仕込みはシェリル、リシア、イリアも手伝ったらしい。


 付け合わせに緑色の野菜が中心となったサラダもある。

 主食はパンとライス、好きな方を選べた。



「シャノンは相変わらず、こう言った事が得意なんだね」

「ふふん。味も料理長のおすみ付きよ」



 綺麗に盛り付けられた料理にゼノンが感嘆かんたんをもらせば、シャノンは上機嫌で得意げであった。


 相変わらず——と言うのも、ゼノンは従兄妹いとこという事もあり、ルーカスだけでなくシャノンとシェリルとも少なくない時間を共に過ごして来た。


 料理はシャノンの趣味である。

 以前はゼノンにも頻繁ひんぱんにその腕を振舞っていた。


 近頃は皇太子と言う立場、更に言うと数年前に同盟国である、海を挟んで西にあるナビア連合王国の王女と結婚し既婚きこん者となったため、気軽に一緒に過ごす事はなくなり機会も失われてしまった。


 ゼノンがフッと笑みを浮かべる。



「何だか懐かしいね。昔はよくこうして、シャノンとシェリルとあの子と——っと、ごめん。ついあの頃を思い出しちゃってね」



 その言葉にルーカスもまた、過去の情景を思い浮かべたが、ゼノンが「つい」と口にしたあの子——カレンを思い出して、胸が痛んだ。


 ゼノンはすぐ取りつくろったが、シャノンとシェリルもわずかに顔を曇らせ、リシアと父も口をつぐんでいた。


 ほんの少し、重苦しい空気が流れる。

 何の話かわからぬイリアの戸惑う姿が見られた。


 彼女は知らない。

 いや、正確には覚えていないと言った方が正しい。


 王国民なら誰もが知る話であるし、イリアはカレンを葬送おくってくれたのだから。



「——ところで、あの独創的な料理は?」



 重苦しい空気を破る様に、ゼノンが指差し問いかけた。


 「何の事だろう?」と、差し示した先、テーブルの端へ置かれた一皿にみなの視線が集まる。


 端っこにあったのは黒い物体だ。


 白い皿の上に得体の知れぬ真っ黒なそれはあった。

 明らかに食べ物とは思えない、おぞましい様相ようそうていしている。



「あああ……!」



 注目が一点に集まる中、イリアが震えた声を出した。



「ダメ! 見ないで! なんでこれがここに?!」



 激しい金属音を立て、その黒い物体が乗る皿へ銀のフードカバーが掛けられた。

 イリアは酷く慌てた様子で、顔面はリンゴのように真っ赤に染まっている。



「ごめん、間違えて持ってきちゃったみたい」


 シャノンが握り拳を軽く頭に当て誤魔化した。

 「てへっ」と擬音がつきそうな仕草だ。


 どうやら何か手違いがあったらしい。



「シャノちゃん……!」



 イリアが顔を赤らめ泣きそうな顔でシャノンに詰め寄った。

 シャノンは「ごめんごめん」と申し訳なさそうに笑っている。


 シェリルとリシアが涙するイリアをなぐさめており、喜怒哀楽を共にする彼女たちからは打ち解けた様子がうかがえる。


 シャノンを愛称で呼ぶあたり、大分親しくなったのだろう。


 妹と彼女たちが仲良くする様を、父が優しい目つきでながめており、ルーカスも微笑ましく思いながら四人を見つめた。


 ——そんな賑やかな一コマも交え、昼食は進んで行った。


 料理長のおすみ付きと言うだけあって、シャノンのシチューは文句なしに美味だった。


 食後にはデザートが二種類用意されていた。

 デザート担当はシェリル。

 シェリルはシャノンとは対照的にお菓子作りが得意だ。


 一品目はローズブランシュ。


 スポンジジェノワーズ生クリームクレーム・シャンティとケーキには定番の赤い果実〝フレーズ〟をサンドし、仕上げに生クリームクレーム・シャンティをナッペ、薔薇ばらのつぼみに見立てた絞り模様のある丸いホールケーキだ。


 食べやすい様に三角形にカットして、色彩豊かなフルーツを飾り添えてある。


 二品目はアメールオブディアン。


 アマンドというナッツが香る生地にコーヒーシロップを染み込ませ、バタークリームクレム・オ・ブール生クリームクレーム・シャンティにチョコレートを合わせたガナッシュクリームを重ねて層を作り、仕上げに表面をチョコレートでコーティングした四角形のケーキだった。


 こちらも食べやすい大きさの長方形にカットしてあり、仕上げに金箔とベリー類が添えてある。


 そして紅茶の給仕はイリアが担当だった。

 温めた茶器に手ずから茶葉と湯を入れ、きっちり時間を計って抽出していた。


 出来上がった紅茶をレナート、ゼノン、ルーカスの順で一つ一つ丁寧にカップへ注ぎ、テーブルへ置いていく。



「さあ、召し上がって下さい」



 三人への給仕が終わったところで、シェリルが掛けた言葉を合図に、ゼノンとレナートはまずイリアがれた紅茶を口へ含ませた。


 イリアが固唾かたずを飲んで見守っている。



「ほう……これは……」



 父は驚きに言葉を失っていた。

 美味しい、不味い。

 どちらとも取れる反応に、彼女は息を飲んだ。



「……素晴らしい。とても美味しいね! 熟練の給仕が淹れたものと比べても遜色そんしょくがないよ」



 ゼノンから称賛しょうさんの声が上がった。

 父も同意するようにうなずき、紅茶を楽しむ姿があった。


 勿忘草わすれなぐさ色の瞳を輝かせた彼女が、喜びをあらわにしており、ルーカスはしのび笑いを浮かべる。

 


(記憶がなくとも……染みついた習慣は体が覚えている、か。ならば当然の結果だろう)



 何故なら、記憶を無くす前の彼女は紅茶が好きだった。

 もちろん紅茶をれるのもお手の物だ。



 (こうしてれてくれた事もあったな)



 懐かしい日々に思いをせ、ルーカスは紅茶を口に運んだ。

 そうしていれば反応が気になるのか、イリアの視線がこちらへ向けられていた。


 一口、二口、のどを茶でうるおして。

 なるべく音を立てぬよう、ルーカスはカップを静かに受け皿へ戻した。



「どう……ですか?」



 給仕のため立ったままの彼女が、うつむき上目遣いでたずねる。


 芳醇ほうじゅんな香り、まろやかな甘みにえぐみもなく程よい苦み——イリアのれた紅茶は非の付け所がない。



「うん、美味しい」



 微笑んで見せれば、彼女は嬉しそうに「良かった」と照れ笑いを浮かべていた。


 父はデザートを片手に、シャノンとシェリルとにこやかに言葉を交わし、ゼノンは何だかんだこちらに言いながらも、楽しそうに紅茶を頂いている。


 そして給仕を終え、席に着いたイリアは美味しそうにデザートを頬張り、同じくデザートを口に運んで幸せそうな表情のリシアと会話し笑い合っていた。


 穏やかな一時だ。


 「こんな時がずっと続けばいい」と、ルーカスは思った。






 ——しかし、楽しい時間は一瞬だ。


 昼食を終え軽く雑談を交わした後はお開きとなり、ルーカスは父とゼノンと共に軍議の間へと戻った。


 同じく昼食を終えて戻った師団長、そして陛下が入室着席するのを待って午後の会議が始まった。


 午後からは聖地巡礼ペレグリヌスにおける歓迎式典と祝賀行進パレードの警備体制について詳細の確認だ。


 この会議には皇太子として教皇聖下きょうこうせいかを迎え、挨拶を交わす予定のゼノンも段取りの確認のため参加した。

 レックス陛下が見守る中、警備の計画は父が中心となって采配を振るい、師団長達が詳細を詰めて行った。


 父は家族との時間を過ごし、心なしか顔の色つやが良くなり、キレが増したように見える。


 ——イリアたちは帰りに商店街マーケットへ寄るそうだ。

 せっかくだし、もう少し外を見て回ろうと言う妹たちの提案だった。


 昨日の事もあるので「無理せずそのまま帰って休んだ方がいいんじゃないか?」と伝えたが、頬をふくらませたシャノンに「護衛の私たちが信用できないの?」と、詰め寄られてしまった。


 無論、そんな意図はない。



(単純に体調を心配しただけなんだが……ままならないものだな)



 結局、「祝賀行進パレードの準備で通常より警備が強化されてるから、少しくらいなら大丈夫じゃないか?」と言うゼノンの援護と、「心配なさらないで下さい。何かあればすぐリンクベルでお知らせしますね」とシェリルにさとされた。


 そこまで言われては折れるしかないだろう。

 後ろ髪引かれる思いで、彼女たちを送り出した。



「——長、ルーカス団長!」



 議題を進めていた師団長の一人から声が掛けられ、ハッと現実に引き戻された。

 会議中だと言うのに、関係のない思考にふけってしまっていた。



「申し訳ありません。配置の件ですね。当日のこちらの配置と人員は——」



 聖地巡礼ペレグリヌスにおける歓迎式典と祝賀行進パレードはエターク王国とアルカディア神聖国にとって大事なイベントである。


 警備体制に不備があって問題が起きようものなら、国際問題に発展しかねない。



(……集中しないとな)



 ルーカスは気合を入れ直し、会議にのぞむのだった。


 ——けれど何故だろう。


 胸のざわつきは治まらなかった。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 おまけ。

 ゼノン視点。



 ルーカスと銀髪の歌姫ことイリア。

 隣で繰り広げられる二人のやりとり、満開の花が飛ぶような雰囲気に、ゼノンは砂を吐きそうになった。



「ねえ、ルーカス……君、本当に気付いてないの?」



 ゼノンはルーカスに問い掛けた。

 対するルーカスは全く心当たりがないのだろう。


 目をまたたかせ、いぶかし気な表情だ。



「何の事だ?」



 開いた口が塞がらないとはこの事だ。

 何故こうも鈍感なのか。


 彼女の前で見せる表情と普段の表情の違いに、自分では気付かないのだろうか?



(それともわざとか?)


「……いや、何でもないよ」



 面と向かって言ったところで否定するだろうし、わざわざさとしてやる程お人好しではない。



(この唐変木とうへんぼくはいつになったら気付くかな?)



 ゼノンはにっこりといつものスマイルを浮かべて見せた。

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