第十九話 迫る魔の手

 城郭都市じょうかくとしオレオール、城壁のすぐ内側に広がる商店街マーケット

 閉鎖的な中心部の城・行政区と違い開放的で、外からの人も多く訪れる流通の場でもある。


 昼下がり、所狭しと露店が立ち並ぶ商店街マーケットの一角は行き交う人々でにぎわっていた。


 客を呼び込む店員や、行商人、旅人——それから、近所の子だろうか? 遊ぶ子供の姿も見られ、活気のある街をイリアはシャノン、シェリル、リシアと歩いていた。



「わあ……凄くにぎやかですね」



 イリアは自然と言葉をこぼしていた。



「ここは王都でも星光の街路ステラストリートなんて呼ばれるくらいですからね。活気があって、各国から輸入された様々な物や人が行き交っています」

「それに聖地巡礼ペレグリヌスも近いですもんね! 祝賀行進パレードを見ようと近隣の町や各国から観光客が訪れているので、いつもよりにぎやかな気がします」



 シェリルとリシアの説明を交えた解説に「なるほど」と相槌あいづちを打った。


 聖地巡礼ペレグリヌスについては、いくつか知識として覚えておいた方がいいと言われ渡された本の中に書いてあった。


 五年に一度り行われる一大イベントで、アルカディア教団の教皇聖下が世界各国の女神をまつった祭壇をめぐり、祈りを捧げる旅の事だ。


 アルカディア教団は〝創造の女神〟を主神に、世界樹の守護と世界の秩序を守る事を教義・使命としている宗教だ。


 世界樹の守り人によって築かれたと言われるアルカディア神聖国——世界樹をようし、世界の中心に位置するそこが総本山で、世界中に教会が置かれており多数の信徒がいる。


 ——と、本で見た知識を思い返し、イリアは人があふれる商店街マーケットに目を向けた。


 言われてみれば街は祝賀行進パレードの準備で沸き立っている様であった。


 あちこちに教団の象徴シンボル——祈る女神の翼が世界樹を包み込む様子——のえがかれた垂れ幕がかかげられている。


 また神聖国で国花となっている〝紫君子蘭ムラサキクンシラン〟をした飾りが至る所に添え付けられていた。



「あ! 見て見て、メルクーア原産の鉱石の装飾品だって!」



 街路を歩いているとシャノンが声をはっし、四人は足を止めた。

 すぐそばの露店の一つに、装飾品が並べられている。


 首飾りネックレス腕輪ブレスレット耳飾りイヤリングなど、多様な形状、色とりどりの鉱石があしらわれた装飾品アクセサリーが取りそろえられていた。



「すごく綺麗ですね。いいなぁ……」

「これピンクダイアモンドじゃない。こんな希少な物まで?」

「本物みたいですね。宝飾店でも滅多にお目に掛かれないのに……」

「ほっほ。お嬢さんお一つどうかね? 聖地巡礼ペレグリヌスのお祝いさ。特別価格だよ?」



 リシア、シャノン、シェリルは装飾品の露店へ釘付けになっていた。

 店主の老婆ろうばすすめる中、各々商品を手に取り確かめている。


 色鮮やかな光輝くアクセサリーにときめいてしまうのは、女の子なら一度は経験する事だろう。

 抗えない魅力がそこにある。


 イリアも釣られて、アクセサリーに目を奪われるが——。



「おや、南から来たのかい?」

「そうなんですよ。探し物が中々見つからなくって」

 


 不意に聞こえた会話、鈴の様な少女の高い声が耳につき振り向いた。

 見れば果実店の前で、南の方から探し物のため来たと語る、黒いフードとローブに身を包んだ小柄な少女と、店主だろう年配女性の話す姿が見えた。



「南というとアディシェス帝国ではないだろうし……ああ、ホド連邦共和国のほうかい? そんな遠くから大変だねぇ」

「ふふふ。ご心配ありがとうございます」



 そう笑って話す少女の顔がイリアの方へと向いて——目が合った。

 その瞳はシャノン、シェリルの髪色の様な鮮やかな桃色で、大きな瞳だ。



「でも、大丈夫です」



 少女が店員から離れ、一歩、また一歩こちらへと歩みを進める。

 視線は真っ直ぐこちらをとらえていた。

 


(何……? どうして……こっちを見ているの?)



 胸の鼓動が大きく脈打ち、嫌な汗が頬を伝った。

 自分の中の何かが、警鐘けいしょうを鳴らしている。


 すぐにあの瞳から逃れなければ——と、焦燥感を覚え、後ずさる。


 

「イリアさん? どうしたんですか?」



 アクセサリーを眺めていたリシアがこちらの異変に気付いて、シャノン、シェリルも手に持っていたアクセサリーを置いている。



「なに? どうしたの?」

「あの方は……」



 イリアが見つめる視線の先を追って、黒いフードとローブに身を包んだ少女がこちらへとゆっくり歩み寄って来ているのを双子の姉妹が確認したようだった。


 周囲はと騒がしく、雑多と雑音が占めている言うのに「コツコツ」と言う足音がやけに鮮明に響く。


 そしてこちらまであと数歩……と言うところで少女は足を止めた。

 少女の鮮やかな桃色ロードクロサイトの大きな瞳が細くなり、つやのある唇の口角が上がる。



「みぃーつけた」



 にやりと妖艶ようえんな笑みを見せる少女に、い上がる悪寒が背中を走った。



「逃げて!」



 イリアは思わず叫んでいた。

 どうしてそう思ったのかは自分でもわからない。


 突然の叫びに、三人はわけがわからないと言った様子で、立ち尽くしていた。

 そんな彼女たちをあざ笑うかのように少女がわらう。



「ざーんねん。もう手遅れよ」



 少女が胸の位置で左手の親指と中指を、弾くように擦り合わせると「パチン」と音が鳴った。


 その瞬間、ぐらりとめまいに襲われる。

 視界が歪み、頭の中が搔き回されるような不快感に眉根を寄せた。


 とても立っている事が出来なかった。

 体から力が抜け、崩れ落ちて膝を付く——。


 どさりと何かが落ちるような、にぶい音が幾重にも聞こえた。

 歪む視界の中、ふらつく頭を押さえ見渡せば、周囲の人々が倒れているのが見えた。


 隣に立っていたシャノンとシェリルは——苦悶くもんの表情で頭を押さえ膝を折っており、リシアは気を失って倒れていた。


 ローブの下から白い手が差し出される。



「お迎えに来ましたよ。さ、帰りましょう?」



 つややかに笑う少女は周囲の人には目もくれず、依然としてこちらを見つめていた。


 ——あの手を取ってはいけない。

 


 逃げろ!

 逃げろ!!

 逃げろ!!!


 

 と、本能が叫んでいる。


 しかし心とは裏腹に、体が動かない。

 頭も重く、気を抜けば意識が持って行かれそうになる。


 そうしている間にも少女の白い手が伸び、近付いて来ていた。


 抗えない状況に、イリアはまぶたをきつくつむる。



(誰か……ルーカスさん……!)



 紅い瞳に黒髪を束ねた彼の姿が、脳裏に浮かんだ。

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