第一話 リエゾンの魔獣襲撃事件
ルーカスがイリアの件について報告するため登城してから二日後。
王都オレオールより東の町リエゾン、北の山。
ルーカスは団員を
(
事の起こりは、陛下と父上との話が終盤となった時の事だ。
『リエゾンが魔獣の大軍に襲撃された』
と、その一報が舞い込んできた。
町長からの緊急通話で届いた情報によると、
現地の戦力では対処しきれず家屋や農作物、そして大きな人的被害が出た。
しかし
これを受けて軍はすぐさま部隊の派遣を決定した。
救援には騎士団から騎士
魔術師
魔狼の討伐部隊として特務部隊から
計
ルーカスは団長として、討伐部隊を
出発は準備が出来次第。
そのため公爵邸への帰宅は叶わず、イリアには手紙を残す事とした。
ルーカスは手紙を
(二人と上手く打ち解けてくれるといいんだけどな)
陛下と父との話し合いで、二人はイリアの護衛に選ばれた。
そこにはルーカスの希望も大きく
双子の姉妹を選んだ理由はいくつかある。
イリアが過ごす場所は公爵邸。
当然、護衛も公爵邸で過ごす事となる。
見知らぬ第三者に任せるより、勝手知ったる人物の方が好ましいだろうと考えた。
妹達は軍人としての経験は浅いが、幼い頃から鍛えられているため実力は申し分ない。
何より、同性であると言う事で安心感もある。
それと護衛にはもう一人、選出された。
あの日、怪我を負ったイリアを見つけたと言う
彼女を選んだのは、恐らく記憶をなくしたイリアと初めて邂逅した人物だからだ。
少しでも面識のある人物が側にいれば、イリアも安心できるだろうと考えた。
リシアは
騎士団内で〝
それから、ディーンには予定通り神聖国への潜入捜査を命じた。
『あの国は名所も多いからなぁ。観光だと思って楽しんでくるぜ~』
と、底抜けに明るい笑顔を浮かべていたので、割と本気で
それでもディーンであれば問題ない。
きっちりと仕事もこなしてくれるはずだ。
(考えるべき事は多いが——。
まずは目の前の問題、リエゾン北の山から出現した
ルーカスは手元の資料に視線を落とし、襲撃のあらましを整理して行く。
騎士団がリエゾンに到着したのは救援要請のあった翌日、昨日の事だ。
リエゾンは鉱山の町。
北に広がる山岳地帯には数多くの鉱床が存在しており、資源獲得に置いて重要な拠点となっている。
昨日は、負傷した住人の救助に追われた。
襲撃により
無数の獣の足跡。
飛び散る
泣き叫ぶ人に物言わぬ人影。
崩れた建物——。
畑の農作物は踏まれて掘り荒らされていたし、鉱山で使う採掘道具もあちこちに散乱していた。
(……思い出しても胸が痛む。痛ましい光景だった)
救援隊による救助・支援活動はまだ続けられているが、作業が一段落したところでルーカス率いる特務部隊の団員は、元凶である
——そうして現在。
ルーカスは山の入口近くに敷いたベースキャンプ、作戦本部とした天幕の一張りで、団員達と話し合いを始めるところだった。
リエゾンの住民は、不安に駆られている。
天幕にはハーシェル、アーネスト、アイシャと、各隊の隊長六名。
ルーカスを合わせ、計十名が机を囲んでいた。
団長代理を任せたロベルトは王都で留守番中だ。
「——さて、今わかっている情報をまとめよう。アイシャ」
ルーカスは手に持った資料をアイシャに手渡す。
すると鮮やかな
一拍の間を置いて、内容を読み込んだアイシャが発言を始める。
「魔獣の襲撃があったのは二日前。時刻は正午過ぎ。お昼時であったため丁度鉱夫も町へ戻って来ていた時間帯に、山の方から大挙して押し寄せたそうです。
魔獣は狼型、
「百……
アイシャは視線を資料から前へ向けて、発言を続ける。
「昨日は周辺に
「どこかねぇ……狼型のやつはすばしっこいからなぁ。山岳地帯を探すとなると骨が折れそうだ。探知魔術は?」
それに答えたのは探知魔術を得意とする男——二班、魔術師隊の隊長だ。
「
「そんな事あり得るのか?」
「魔獣相手にこんな事初めてだよ。
(探知魔術で見つけられない魔狼の大軍……か)
ルーカスは言い知れぬ
喉元に何かが
だが、それが何であったのか、思い出せない。
何か手掛かりはないかと、思案する
ルーカスが発言を許可する意味で
「手掛かりになるかわかりませんが、治療した鉱夫からこんな話を耳にしました。『坑道の奥深くで闇を見た』と」
「闇? カンテラで出来た影の事か?」
「私も最初はそうかと思ったのですが、『影とは違う! もっとどす黒い何か、暗闇で一瞬だけだが確かに見たんだ! あれは闇だ!』と言ってました。口下手な男でして、言葉では上手く表現出来なかったようです」
影とは違うどす黒い何か——。
魔獣は往々にして原型の動物と生態系が似ている。
そのため狼型の魔獣が坑道の奥深くに潜んでいるとは考えにくい。
(だが……気になるな)
男が言う闇とは一体何なのか。
魔狼の他にも何かがあると言うのだろうか?
「なるほど。他に何か聞いた者はいるか?」
ルーカスは団員達の顔を見渡し問い掛ける。
するとまた一人。
今度はアーネストの手が上がった。
「
ほんの
と、鉱夫が
「……闇に続いて地震、か」
どちらも
地震に関しては天災の
地属性魔術『
そのような報告は上がって来ていない。
(とは言え、
一応気に留めておこう、と、ルーカスは思考の片隅に地震の件を置いた。
「この二点以外に、何か気付いた事はあるか?」
ルーカスは問い掛けるが、
残念ながらこれ以上の情報は望めないようだ。
(さて、どうしたものか)
探知魔術に反応しない
一方で鉱夫が言った闇も気に掛かる。
(念のため、鉱夫が見たと言う闇の真偽も、確かめる必要があるか)
もしかしたら未知の魔獣の可能性も考えられる。
ルーカスは自分の中で考えを
「闇の件は未知の魔獣の可能性もある。坑道の探索と、それと同時に狼型の魔獣を見つけるため周囲を探索する。
鉱夫が闇を見たと言う坑道の場所はわかるか?」
「はい、念のため確認しました。こちらです」
ルーカスは地図を
場所は大きく赤丸が付けてあった。
山の入口から北西、十番の坑道だ。
「ここから十分ほど歩いた距離にあるそうです」
「意外と近いな。中はどうなっている?」
「採掘を始めたばかりの鉱床で、奥までは一本道と言っていました」
「お、ラッキー。迷路のような坑道を
ハーシェルの物言いにアーネストが「緊張感を持てよ」と鬼の
二人のこのようなやり取りはいつもの事。
特務部隊の面々には見慣れた光景だ。
「配置はどうしますか?」
アイシャが一歩、ルーカスへと近付き
瞬時にルーカスは思考する。
——坑道は狭い。
大人数では何かあった時に機動性が落ちる。
また使える魔術も限られる。
下手に派手な魔術を使おうものなら道が崩れて行き埋め——なんて事になり兼ねない。
(少数精鋭が適任だな)
ルーカスはそう結論付けた。
すぐさま人選を思い浮かべて、決定。
指示を飛ばす。
「坑道には俺とハーシェル、アーネスト、それと七班から三名を
アイシャは抜けた三名に代わり七班へ、緊急時は全体の指揮を
あとは三手に別れて周囲で
三、五、七班の戦闘部隊を中心に魔術師隊と
人選は三、五、七班の隊長に一任する。
以上、質問はあるか?」
矢継ぎ早に行動と編成を指示し、各班の隊長の顔を見回す。
「なければ準備に取り掛かれ。出発は一時間後だ!」
ルーカスの掛け声に団員たちは「はい!」と声を揃え、敬礼を返した。
そして準備を進めるため、一人、また一人と天幕を後にして行った。
(はたして鬼が出るか蛇が出るか)
ルーカスは感じた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます