第二話 坑道の奥へ

 鉱山の町リエゾンを魔狼まろうの大群が襲い、軍が派遣された。

 しかし魔狼まろうの姿は忽然こつぜんと消え、探知魔術にも引っ掛からない。


 ルーカスは住民から得た情報を元に手掛かりを探すため、周囲の探索と、坑道の奥で鉱夫が見たという闇の調査に班を分けて乗り出した。


 ルーカス率いる一班は坑道の調査へ、他の三つの班は坑道を起点に三班は西、五班は東、七班は北の方面へと探索に出た。

 

 準備を怠らず、万全を期してして坑道へ入る。


 ルーカス達は陽の光が遮断しゃだんされたほの暗い坑道を、運搬のために敷かれたトロッコのレールに沿って進んで行った。


 坑内こうないを照らす照明の魔術器が壁に整備されているが、日中の外の様に一面明るく、とはいかない。


 坑内の道幅は成人男性四~五人分くらい、天井は高さはルーカスの約二倍程。



(思ったよりは広さはあるが、戦闘になった場合、やはり狭さがネックだな)



 一本道と言っていたので迷う要素はない。

 ルーカスを先頭に六名が一列となって慎重に歩を進めた。


 並び順は、七班から選抜された団員三名——焦げ茶色のベリーショートヘアに青い瞳、細身の体格のリク。


 緑の瞳にグレーの肩上までのロングヘアでバランスの取れた体格のネイト。


 がっしりとした体つきで日に焼けた肌、グレーの瞳にサイドを刈り上げた金髪のモヒカンヘッドのブライス。


 そしてアーネストと続き、殿しんがりはハーシェルがつとめた。

 

 「ザッ、ザッ、ジャリ」と、静かな空間に砕石交じりの地面を踏みしめる音が反響する。

 前方の安全を目視で確認しながら、ルーカス達は確実に奥へと進んでいった。


 ——どれくらい進んだ時だったろうか。


 会話もなく緊張感に包まれ、あまりにも静かすぎる状況に、「はあ……」と、大きなため息をつく音が聞こえた。


 誰の物かはわからないが、音を拾ったルーカスは「どうした?」と声を掛ける。



「……過酷かこくすぎる」



 答えたのはハーシェルだ。

 ため息の主も恐らくそうだろう。



(確かに暗く見通しも悪いため、平坦な道のりではないが……)



 もっと過酷かこくな環境での任務も今までこなしてきたと言うのに、突然どうしたと言うのか。

 ルーカスは首をひねった。



「この程度、過酷かこくと言う程でもないだろう?」

「ああ……違うんすよ、道がって意味じゃなくて」



 ならなんだと言うのか。


 ルーカスは疑問符を浮かべて足を止め、ハーシェルの言葉に耳をかたむけた。

 うしろに続いた団員達も同様に、ハーシェルの言葉を待つ姿が見えた。



「……華がない……むさ苦しい……おまけに会話もない。これを過酷かこくと言わずにはいられないっしょ!?」



 ハーシェルが大げさに両手を広げ力説した。

 突拍子もない発言に、その場の全員が思った事だろう。


 何言ってるんだ、こいつ——と。


 確かに、この場にいるのは全員男だ。

 だが、それは力説する程の事ではない。


 会話がなかったのも、誰もが周囲に神経を尖らせ集中していたからだろう。



(普段から不真面目な面に手を焼いてはいたが——)


「ここまで馬鹿だったとは」

「ええ、阿呆あほうです」



 うっかりルーカスの口から本音が出た。



「んなッ!? アーネストはともかくだんちょーまで! お前らならわかってくれるよな? な?」



 七班から選抜された団員に同意を求め、ハーシェルは歩幅を詰めた。

 三人は一様に困ったような笑みを浮かべている。


 真面目に付き合うこともないのだが、リクは何か言わなければと思ったのだろう。

 考える素振りを見せた後、口を開いた。



「ええっと……華と言えば、一班の紅一点こういってん、アイシャさんとても美人ですよね。〝氷水ひょうすいの魔女〟の異名は僕らの間でも有名で、憧れる団員は多いですよ」



 リクの意見にネイトとブライスは「うんうん」とうなずいている。


 ——が、アイシャの名を聞いてハーシェルは眉をひそめた。



「……アイシャねぇ。確かに美人だ、うん。顔だけなら。けど、あんな冷たくて凶暴な女に幻想を抱くのはやめとけ! 思い出しただけで恐ろしい……」



 ハーシェルは肩を震わせ両腕を抱いた。

 「冷たくて凶暴な女」と言う主張に、ルーカスは首をかしげずにはいられない。


 アイシャは曲がった事が嫌いだ。

 規律を重んじ自他共に厳しい性格をしているが、冷たくて凶暴と言うのは語弊ごへいがある。


 もし怒らせたのだとしたらハーシェルに原因があったのだろう、とルーカスは思った。


 それはアーネストも同様だったようで、「おまえ……アイシャさんに何したんだ?」と問い掛けていた。


 それに対してハーシェルから飛び出た答えは、驚くべきものだった。



「アイシャって固いと言うか、距離があるだろ? だから仲良くなろうと思って、ちょこっと肩を抱いて——デートに誘おうとしだけなのに氷けにされたんだよ!」



 突っ込みどころしかない。

 同意なき接触は一歩間違えばセクハラである。


 ルーカスはアーネストと共に頭を抱えた。

 リク、ネイト、ブライスもきっと目を丸くして驚いている事だろう。



「そりゃ怒るわ。おまえ自分がモテるからって勘違いしすぎだ」

「対話なくして前進はない。仲を深めようと思うなら、まずは言葉によるコミュニケーションが基本だろう」

「ええー。触れ合う事で深まる仲もあるじゃないっすか」

「だめだ、こいつやっぱり馬鹿です」

「ああ、阿呆あほうだな」

「ひどっ!!」


(まったく何事かと思えば……心配損だな)



 ルーカスはため息を吐くと「馬鹿な事言ってないで先を急ぐぞ」と、止めた足を進めた。


 最後尾では納得がいかない様子のハーシェルが、一人あーでもないこーでもないと、とんでも理論を演説しているが、アーネストのするどい突っ込みに一蹴いっしゅうされている。


 コントめいたやり取りを繰り広げる二人にリク、ネイト、ブライスは笑いをこらえているが、時折小さな笑い声がもれ聞こえた。


 そこでルーカスはふと思い至る。


 もしかしたらハーシェルは、緊迫する雰囲気をなごませようとしたかったのかも、と。


 適度の緊張感は大切だが、緊張しすぎてはいざという時に動けない事がある。

 だが仮にそうだとして、他にやりようはあっただろうに。



(まったく。困ったやつだな)



 ルーカスはハーシェルの間抜けな気遣きづかいに、笑うしかなかった。

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