第一章 ゴブリンたち 第五話 ゴブリンの里
濠にかけられた粗末な橋を、イオタはゆっくりと農業用運搬車両を走らせている。
その見たこともない運搬車両の姿に、里の
それも当然だろう。荷車を曳くのは牛や馬、
粗末な橋を無事に渡り終えると、イオタは大きく息を吐く。
「お疲れ様、イオタ。」
労いの言葉をかける正人に、
「本当ですよぉ。お尻は痛いし、最後はこんなオンボロ橋の上を走らせるんですからぁ。」
特に“オンボロ橋”を強調して甘えるイオタ。
確かに、走行中はギシギシと壊れるんじゃないかという音を立てていた。
「うん、よくやってくれた。」
そう言ってイオタの頭を撫でてやる。
撫でられたイオタは、まるで猫のようにゴロゴロと喉を鳴らしている。
そんなやりとりをしていると、正人らの周囲に小鬼族“ゴブリンたちが遠巻きに集まってくる。
物珍しいものを見るような者たちや、不審がる視線を向ける者、皆んなが集まっているから来たという者やらで、ごった返している。
そんな同族たちを、ダギが声を枯らしてまとめている。
「思った以上に統率力はありそうですね。」
アルファが素直に称賛する。
「彼らの話によれば、次々代の族長候補筆頭らしいからね。これくらいのことはするだろう。」
ダギの様子を静かに見ていると、
そして現れたのは、立派な
「族長・・・」
ーーー
若いというよりも、まだ幼い。それが正人に対する、小鬼族族長ダンの第一印象だ。
「よく来られましたな、お若い人族よ。」
族長は、ダレとは比較にならないほど流暢な人族の言葉を発して、正人を迎える。
「お若い人族、いや、マサト殿でしたな。ダァより話を聞いておりますでな。こんな広場ではなく、我が家にて話をしたいのですが、如何かな?」
「ええ、かまいません。是非ともそうさせてください。」
正人の返事に族長ダンは大きく頷くと、着いてくるようにと促し案内をするのだった。
ーーー
族長の家に着くまで、二人は簡単なやりとりをしている。
族長としては腹の探り合いになると、そう考えていたのだが、正人の方にはそんな意識は全く無く、聞かれたことには素直に返している。
ただ一つ、どこから来たのかに関しては言葉を濁しているが。
正人の方では、とにかく敵意が無いことを理解してもらおうと、そこに話の重点を置いている。
三〇分ほど歩くと、この集落のほぼ中央とみられる場所に一際大きな家が建っている。
規模は比較にならないほど小さいが、日本の寝殿造に似た建物である。
家の前で足を止めると、正人はノスタルジックな思いに囚われる。
「どうかされましたかな?」
族長ダンの言葉に我に帰ると、
「なかなか味わい深い建物ですね。」
そう答える。
「ほう?そう言ってもらえると嬉しいものじゃな。」
この辺りの人族の家は、煉瓦造りが多いらしい。街まで行くと、石造りの建物が増えてくるとのことである。
三〇センチほど地面から浮かせた高床式の建物は、この
「さあ、中に入ってくだされ。」
その言葉に、正人はアルファを伴って中に入る。
ベータ、イオタ、ニュー、ミューの四人は、正人に一礼すると荷車に戻り待機していた。
ーーー
「それにしても、流暢に人族の言葉を話されますね。」
正人はそう感想を口にする。
「それなりに、長生きしておるからのお。」
どこか好好爺とした物言いをダンはしていたが、
「さて、さっそくじゃが本題に入らせてもらっても良いかな?」
口調を改め、そう話しかける。
「はい、かまいません。」
正人の方も居住まいを正す。
「手土産にいただいたガラスの器と砂糖だが、マサト殿が取引したいのはそれと同等の物であろうか?」
「私の方で出せるのは、あのガラス製品や砂糖もですが、あれらよりも価値あるものもあります。」
「そうですか・・・」
ダンは腕を組み考え込む。
そして、
「恥ずかしながら、私どものほうでは見合う物が無いようです。」
そう答える。
「見ての通り、この里には大した産物があるわけではありません。ですので・・・」
今回のことは無かったことにしてほしい、ダンがそう言いかけたとき、
「ならば、別の形での取引にしませんか?」
正人がそう言って提案する。
「アルファ、航空写真を。」
アルファは航空写真を広げ、その航空写真をもとに正人が説明する。
「ここから5キロほど北西に行ったところを切り拓いて、自分たちの
そこで、そのために労働力として貴方たちを雇いたい。」
「森を切り拓く・・・」
「ただ、報酬は金銭を持ち合わせていないから、物資による現物支給になってしまいますが。」
「なるほど。」
ダンはそう返しつつ考えを巡らせる。
砂糖にせよガラス細工にせよ、この辺りでは貴重な物だ。人族の村や街に持って行っても高く売れるに違いない。
だが、雇われるのが一度だけでは、人族に売るのも一度だけになってしまい、結局は元の木阿弥になってしまう。
それに、この人族は先ほど気になることを言っていた。地上での拠点にすると。
地上での拠点とは?
「先に確認せねばならなかったとは思うのだが、マサト殿たちは何処から来なさったのかな?」
ダンの言葉に、
「そういえばマサト殿たちが来た方角には、人族どころか
今頃になって気づいたダレが疑問を口にし、この場にいる者たちは一斉に正人を見る。
「アルファ、ウイルドに連絡してくれ。そろそろ姿を見せても良いと。」
「わかりました。」
アルファはそう返答すると、ウイルドに念話を送る。
そして正人やアルファがなにをしたのかと、
「族長、大変です!!」
駆け込んできた
「そ、空に、島が浮かんでいます!!」
そう叫ぶ。
「そんな馬鹿なことがあるか!!」
報告を受けたダレは、そう怒鳴って外に出て行く。
中に残るのは正人とアルファ、そして族長だんあの三人。
「二年ほど前にも、空に浮かぶ島が見られましてな。」
思い出したように、そして呟くように話し出すダンと、それを静かに見ている正人。
「最初に見つけたのはダァでしたが、すぐに見えなくなったため気のせいだろうということになりましたが・・・」
そこで一息吐くと、
「正人殿、貴方方はあの空に浮かぶ島の住人なのでは?」
その問いに正人は答えず、柔らかな笑みを浮かべている。
こういう時の沈黙というのは、その問いが事実であることを雄弁に語るもの。ダンは正人の前で居住まいを正すと、額を床に擦り付けんばかりに平伏し、
「今この時より、我が部族は貴方様の配下に加わらせていただきましょう。」
そう宣言する。
「え?」
ダンの宣言に正人は困惑した表情を見せ、その隣に座っているアルファはさも当然と言わんばかりの表情で、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます