第一章 第三話 小鬼族の里へ

「お前、人間のくせに小鬼族俺たちの言葉を話せるのか?」


 困惑する仲間たちをよそに、その小鬼族ゴブリンは正人に詰め寄る。


「あ、ああ、一応は。」


 そこそこの距離があったにも関わらず、それを一気に詰めて鼻と鼻がくっつきそうなまでに突き合わせてくる若い小鬼族ゴブリンに面くらい、正人はそう答えるのが精一杯だった。


「凄えな、お前!!

 人間が小鬼族俺たちの言葉を話すなんて、初めて聞いたぞ!!」


「そ、そうか?」


 正人が小鬼族ゴブリンの言葉を理解し話せるのは、創造主からもらった権能ギフトの一つであり、一定以上の知的生命体と会話をすることができる。

 ちなみに、創造主からもらった権能ギフトは他に、病気に罹らない健康な肉体と絶大な魔力である。


「下郎、我が主人マイ・ロードに対して不敬であるぞ。」


 小鬼族ゴブリンの首を掴み、ヒョイと持ち上げたのはベータだ。


 金髪を肩まで伸ばした、虹彩異色症オッドアイの少女姿の人工生命体ホムンクルスは、その瞳に怒りの炎を宿している。


「やめろ、ベータ。」


 そのまま小鬼族ゴブリンの首を握りつぶしそうなベータを、正人は止める。


「ですが・・・」


「この小鬼族ゴブリンに邪気は無い。それはわかっているだろ?」


 邪気が無いというよりも、邪気が無さ過ぎる。だからこそ正人を守るために随伴しているメイド型人工生命体ホムンクルスが、僅かに出遅れたのだ。


「わかりました。」


 不満気にベータは小鬼族ゴブリンを離す。


「すまない。

 私の名は正人。君の名前は?」


 名を尋ねられた小鬼族ゴブリンは、首の周りを撫でながら、


「オレか?オレの名前はダァっていうんだ。」


 これが、小鬼族ゴブリンのダァとの出会いだった。



 ーーー



「ダァ・・・」


 ダレは映像として映し出される末息子の姿に涙をみせる。


「ダァは自慢してましたよ、自分の名前は部族の英雄から取った名前なんだって。」


 正人にそう言われ、ダレは苦笑する。


「まあ、間違ってはいないのですが・・・」


 ダレの説明では、ダァというのはかつての住処すみかだった北方の森を追われた際、部族の指揮をとってカティン大森林へと導いた英雄の名前なのだという。そして、そういった英雄の名前をつけることは、ままあることなのだとか。


「ですが、末息子ダァの場合は少し違いまして・・・」


 ダレの話によると、ダァはどうしょうもないほどの甘えん坊だったらしい。


「実は本来の名前があったのですが、“だぁだぁ”と甘える姿から皆んなが“ダァ”と呼ぶようになりまして。ダァが名前になってしまったのですよ。」


 部族の英雄から取ったというのは、後付けの理由だったようだ。


「あの子は本当に甘えん坊で、邪気の無い子でした。」


 懐かしそうに語るダレだが、そのことには正人も同意する。

 人懐っこくて邪気が無く好奇心旺盛。そして、あまりにも警戒心が無かった。警戒心が無かったからこそ、正人を受け入れて友人にもなれたのだが、それだからこそ悲劇を産むことにもなってしまったのだが。



 ーーー



 正人は隣に座ったダァとの会話から、小鬼族ゴブリンの習俗を知る。


 たとえば、小鬼族ゴブリンたちは八歳から十歳で性成熟し、それをもって成人したと見做されるのだという。人間でいうなら、二次性徴に達して成人ということだから、中学生くらいで大人と見做されるということになる。

 そして、そういったことを開けっぴろげに話せるということは、性的なことに関して禁忌タブーが人間とは違うことを意味している。


「それにしても正人さあ。小鬼族オレたちの里に女を連れて来ちゃ危ないぞぉ。」


「何が危ないんだ?」


「だって人間たちは、小鬼族オレたちは人間の女を襲うって言ってんだろ?

 そんなところに連れて来ちゃ危ないだろ?」


 正人たちの乗る荷車の横を歩くダギは、弟の軽口に冷や汗をかいている。もしダァの言葉を真に受け取られたら、この場にいる女たちに自分たちが皆殺しにされかねない。この女たちの戦闘力は、自分たちを遥かに上回っていることに気づいてしまったのだ。


 ダギは森の警備隊の隊長を務めるほどなので、それなりに戦闘経験もあるし、部族の中では上位の強者であると認められてもおり、そのことを自覚もしている。

 だからこそ正人に仕えている女たちの所作であったり、その醸し出す雰囲気オーラのようなものから、自分たちでは敵わないことを理解できていた。


 そんな女たちがダァの言葉を真に受けて戦いを仕掛けて来たらどうなるか?

 そのことを想像して背筋が凍る思いでいる。


 ただ、幸いなことに正人に敵対する意思がなく、その意を汲んで大人しくしていることに感謝している。


 そんなダギの心中を察することなく、ダァは、


「まあ、そんなことはしないけどな。」


 と笑って話している。


「だって小鬼族オレたちにだって女はいるんだぞ?

 それなのになんでわざわざ人間の女を襲うんだよ。」


 風評被害だと言わんばかりの口調だ。


「極々一部には、そういう趣味の奴もいるようだがな。」


 横からダギが口を挟む。

 ダァに対して下手なことを言うなと、言外にそう意図を込めている。


 ダギとダァの言葉に、正人もそんなものだろうと頷く。

 そもそも異種族では美醜の基準が違うし、同族で雌雄がいるのならわざわざ危険を犯して他種族の女を襲うなどあり得ない。そんなことをしたら、必ず戦争になってしまうだろう。

 そして極々一部にそういう趣味の者がいるというのも、人間の中にも獣姦をするような者が極々一部にいるのと同じことだ。

 その極々一部に獣姦趣味の者がいるからといって、人間の全てが獣姦を好んでするわけではないのと一緒で、小鬼族ゴブリンの極々一部に人間の女を襲って犯すことが好きな者がいるからといって、全ての小鬼族ゴブリンがそうだということではない。


「ホント、変な噂を広める奴がいるんだよな。」


 ダァはそう言うが、それはおそらくだが森の奥深くに入らないようにするために、人間たちが自分たちへの警告とするために作った話だろうと推測する。

 似たような話は、正人の転生前の世界にも昔話とかでいくらでもあるのだから。


「そろそろ里に着くぞ。」


 ダギの言葉にダァは荷車から降りると、


「客人が来たことを伝えてくる!」


 と駆け出して行く。


「まったくアイツは、落ち着きというものが無いんだよなあ。」


 まだまだ子供と言いたげな表情で、ダギはそう呟いていた。






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