2話 泥中で咲く

 トニーは、後ろ手にしたルジェタに拘束バンドをかける。

 ルジェタが抵抗しないのは諦めたわけではなく、ソニが銃口をむけて援護しているせいだ。向けられている銃口が脅しではないことを理解していた。

 撃つなと言っておきながら、なんともしまらない話だった。ルジェタに極められた左肘に、まだ鈍痛が残っていた。

「腕を撃つとは中途半端な」

 ソニに撃たれ、浅い銃創を負ったルジェタが毒を吐く。

「ウエダを這いつくばらせていたから巻き添えの可能性は低い。なのに頭を撃てないとはね」

「勘違いするな。ソニのボスは、もうおまえじゃない。答えはそういうことだ」

「非殺傷がフーバイロンの主義?」

「わたしがバイロンさんから受けた指示は『可能な限り、死体ではなく生きている状態で確保してこい』ですが、目的が違います」

 それ以上をソニに語らせたくない。トニーが話を継いだ。

「鮮度がいいと価値があるのは〝材料〟だけじゃない。おまえが差し出す情報によっては別の道が開かれるかもね。仲間を捨てて逃げたおまえには似合いの命乞いだよ。まあ頑張れ」

 ルジェタが本能的な嫌悪感で眉をしかめた。

「胡バイロンが人間を刻んで商売にしてるっていうのは本当だったか」

「子どもを商品にするほうがマシだとでも言いたいの? あたしらの仕事に、キレイもマシもない。この業界にいるなら、どこにいても同じだよ」

「その説教はソニに必要でしょ」

 照準の姿勢をとかないまま、本人がすぐに否定した。

「あなたの干渉は必要ありません。わたしが従う組織を変えたのは、仕事内容といったことではないとだけ言っておきます」

「おまえは中途半端にしか生きられない。逃げ出したくせに、また同じところに戻ってきて人殺し——」

「座談会は終わりだ」

 遮ったトニーは背後に話しかけた。

「ルカ、あとを任せていい?」

 葉ずれの音がして、何もなかったはずの空間で影が動いた。

 黒とグレーの都市型迷彩のジャケットを着た、松岡流花が全身を現す。



 トニーは別れを告げる。

「親切な忠告をしておいてやろう。殺さないけど、撃たない斬らないとは言ってない。手を煩わせたら、右肩か右足をえぐるのが効果的だと仲間に伝えてある。理解した?」

 凶暴な憎悪を目に宿らせながらもルジェタが頷く。

 正直な表情筋に、

「リーダー格だと聞いてたけど、存外わかりやすいやつだな」

 ルジェタのそばに片膝をついた流花が、骨で守られていない顎の下にククリナイフを当てた。

「このあと別の仕事が控えてる。移動に手間取らせたら、手っ取り早い手段を速攻でとる。忘れるな」

 湾曲したククリの刃は、肉を深く、大きく切り裂く。こいつがこのナイフを使うのは、実用面でか嗜好か……

 どちらも考えたくないルジェタが、あきらめた表情で頷き返した。

「皮ぐらいはともかく、内臓まで傷つけるとギャラから引かれるよ。新しい窯、買うんでしょ?」

 流花に、というよりルジェタへの警告。承知している流花が要点だけを返してきた。

「回収移送は引き受けた。ソニ・ベリシャに関しては、アントニアがレポートで出せって」

「またレポート? そろそろ口頭で勘弁してほしい」

「まずは作文で花マルもらうのが先だろね」

「もたもたしてるうちに、ソニに追い抜かれるんじゃないか?」

「周辺はクリア。誰もいないとこ見ると、ほんとにそいつ組織からはぐれたんだね」

 別行動で周辺を探っていたルブリとリザヴェータが、流花に続いて姿をみせた。

 トニーはひそかに、ため息をつく。バックアップを付けてくれるとは聞いたが、こうも馴染みのメンツを用意してくるとは。

 客観性を保つために、普段の関係が薄いメンバーを出してくると思っていた。そんな手間をかける必要がないほど、バイロンの中ではすでに結論が出ていたということなのか。

「にしても、ルブリ。ソニが復帰する前提で話をしてない?」

「違うのか?」

 水面に落ちてくる餌を待ってポカン口でいる鯉の面持ちで、トニーに訊き返す。

「電話で報告をあげたときのボスの声が、新しいボードゲームをプレゼントされた子どもみたいに楽しそうだったぞ。だから、てっきり」

「アントニアさんは、わたしが復帰しないと考えているのですか?」

 ソニが話に割り込んできた。これまでになかったことだった。

「せっかくきれいに洗ってる途中で、汚泥の中に足を戻すことはない」

 トニーは手のひらを上にして出す。

「銃をわたせ。あんたには必要ない」

 P 224は、ソニの手のサイズに合わせてバイロンが渡したコンパクトガンだ。もう返したのだと思ってた。

 ソニがバレル側をもって差し出してくる。その表情は従順なかつての彼女のものではなかった。かつての教育係と構成員候補の関係を微塵も感じさせない、険悪なムードすらただよう。

 そんな空気にたじろぐことなく、ルジェタが訊ねた。

「ルブリに訊きたい。ソニが持っているオートマチックシグP 224だけど、なんの仕掛けもしなかった?」

「なにを言ってるんですか?」

 応えたのはソニだった。意味がわからないという表情。

「このハンドガンシグP 224は、バイロンさんから預かっているものです。手元でずっと保管していました」

「林の入り口で拾ったものではない?」

「仮に落ちていたとしても、たまたま見つけた銃を使おうとは思いません。敵の死体や武器にトラップを仕掛けていたルジェタを見てきましたから」

 トニーは追い打つ。

「敵を追いかけてる最中に拾い食いを許すような教育をしてたの?」

 さらにリザヴェータが不機嫌になった。

「じゃあ、あんたはルブリから受けとったP 224を捨ててきたってわけ?」

 訊かれたルジェタは黙したままだ。

「銃を回収しないと」

 流花が引きずり立たせた。

「一〇分以内に捨てた場所に案内しろ。見つからなければ五分ごとに代償をもらう」

「苦痛には慣れている」

「耳、鼻、爪。〝材料〟として影響のない箇所はいくらでもある。我慢強さアピールしたいなら、どうぞ。効果的な斬り方の実験材料にできる」

「…………」

 自ら歩き出したルジェタについて流花が木々の中を戻っていく。リザヴェータも続いた。



「ルブリは手伝わないの?」

 トニーは、少し離れてソニと何やら話していたルブリに声をかけた。

「いくけど、さっきの汚泥云々ってやつで言っておきたい。なんていうか……泥の中だからこそ咲く花もあるんじゃないか?」

「人間は蓮じゃない」

 冷たい一瞥いちべつをあたえたが、これぐらいでルブリカント潤滑剤は凍らなかった。

「泥の中はどっちの世界だろうな。たまに自分達のほうが、一般社会というやつより真っ当に見えるときがあるからさ」

「禅問答ならバイロンとでもやって」

「わかったよ、先に行ってる。こっちが本題でボスからの伝言。ソニ・ベリシャの最終審査の結果を今日中に連絡しろってさ」

「わかった」

「審査?」とソニ。

 本人に聞かせることでもない。早く行けというふうに手をふると、去り際にもう一度ルブリがふりかえった。

「バックアップが必要なときは言ってくれ。ウィダのいちばんの相棒は、おれだって自負してる」

 トニーは素直に口元をほころばせた。

「面倒くさい役回りをさせたと思ってる。いつも助けてくれて、ありがとう」

 それなりに付き合いルブリが、見たことのない表情を返してきた。

「『ありがとう』って……」

 トニー自身、希少なセリフを言った自覚はあるが、そんな顔しなくたって。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る