4話 Go bananas! バナナでいこう

 突堤の片隅、十五メートルばかり横にずれれば海に落っこちる、倉庫脇の岸壁。

 リザヴェータとルブリは、強い海風にあおられながら万歳をしていた。

 ホールドアップしたリザヴェータの身体をオールバックの男の手がくまなく探っていく。襟まわり、脇の下、ウエストまわり……

 男の手が身体を這う気色悪さ半分、追い詰められた瀬戸際がもう半分で、リザヴェータは眉のあいだに峡谷をきざむ。

 同じく隣でボディサーチされているルブリにつぶやいた。

「肉弾戦は得意じゃないんだけどな」

「あ、おれも」

 賛同をしめしたあと、ウィスパーボイスで提案してきた。

「こうなったら『Go bananas』で」

 ルブリの息漏れ声に鳥肌をたてる。

「気色悪い声ださないで! バナナって、もう切羽詰まって語彙力こわれ……あ」

 囁き声での反論が途切れた。

 リザヴェータは思い当たる。わかりたくなかったが、わかってしまった。

 ルブリの足首まわりをチェックしていた無精髭が姿勢を戻して厳しい声をあげた。たぶん「黙れ!」とか言ったのだと思う。

「I am as cool as a cucumber now.(いまのおれはキュウリみたいにクールだよ)」

 ルブリが、うさん臭い笑顔で無精髭に話しかけた。

 無精髭の表情は「なに言ってんだ、こいつ?」。追い詰められて、おかしくなったとでも思ったか、無精髭が気持ち悪げに上体をひき、三白眼も怪訝な目をルブリにむける。

 そのあいだで、リザヴェータは覚悟を決めた。

 暗に冷静coolだと念を押され、ルブリが一瞬見やった視線の先でもって確認した。

 確かにバナナーだ。ふたりという意味でも。

 うまくいけば足止めぐらいにはなる。三白眼と無精髭をアントニアのもとに行かせないためには——

 リザヴェータは突如として、顔を海にむけて叫んだ。これなら、たぶん通じるはず。

Oh my goodnessマジで!」

 何事かと、敵コンビがそろって視線を海にやる。

 そのタイミングで、リザヴェータとルブリはそろってヤケクソ、もといときの声をあげた。

「Let’s go bananas!(クレイジーでいこうぜ!)」

 行動開始。

 突撃先は、真冬の海。



 ゲームエリアとされた南側は、海岸に沿って倉庫や物流会社が集中している。人の出入りが絶えた年の暮れ、夜のとばりが下りると、ますますひっそりとしていた。

 くわえて、どん詰まりにあっても大型車両が通行できる道幅が確保してある。広い空間が、閑散とした風景を強調した。

 廃墟のような安っぽいつくり、経年で建物全体に錆がおおっている建物だった。金属製の波板壁に書かれた社名は黒ペンキが薄くなり、「梱包・包材料 双和パッケージング」とかろうじて読める。

 その梱包材会社の正面に飛び込んできたステーションワゴンが急停止した。行き止まりだ。

 あとを追ってきたカーゴバンが、長い車体で通りへの出口をふさぐように横向けして停まる。強制停車で振り回されたにも関わらず、流花は足をふらつかせることなく、ククリナイフを手にバンから飛び降りた。

 降りようとするワゴンの運転手の身体が、半分外に出たタイミングを逃さない。ドアを思い切り蹴りつけた。

 フレームとドアで荒々しくサンドイッチにされた運転手が路上に崩れ落ちた。

 もうひとり、助手席から飛び出してきた大柄な男がハンドガンを突き出す。

 同時に流花はナイフを薙ぐ。ククリナイフの重さを利用すれば、手首を斬り落とすぐらい訳はない。

 しかし相手は、雄牛のような外見を裏切る俊敏さをみせた。

 瞬時で身体をひるがえす。ナイフの軌道を避け、左拳を振り下ろす。

 頭ひとつ小さい女を叩き潰そうとする。


 

 流花がまた撃たれる——。

 歩実の脳裏によみがえったのは、頬を撃ち抜かれた血にまみれ、意識をなくした流花を運んだ記憶だった。

 流花を援護できるのは自分しかいない……

 運転手が本業でも、手元にはハンドガンが用意してある。しかしやはり使い慣れた道具が確実だった。歩実はシート下にある工具袋からスパナを取り出した。

 運転席から飛び出す。

 身を守る程度ならともかく、歩実に白兵戦の能力はない。パレットが積み上げられた倉庫のそば、おまけのようにあるプレハブ事務所へと走った。



 雄牛のパンチから急所を逃す。よけきれず肩で受けた流花の足が、バランスを崩してふらついた。とどめとばかりに銃口を覗かされる。

 傾いた体勢のまま、強引にククリナイフを振った。

 遠心力にナイフの重さをのせる。ハンドガンでも雄牛の手でも、どこかに当たれば逆転のチャンスになる。

 ククリの長い刃先が、雄牛の上腕を削いだ。

 噴き出す血に慌てた男は腕を押さえてパニックをおこす。

 流花は、投げ出されたハンドガンに強引に足をのばした。蹴り飛ばす前に、立ち直った運転手に奪われた。

 血走った目が、体勢を崩している流花をとらえる。

 トリガーを絞ろうとした運転手の耳に、騒がしいディーゼルエンジンの音が急速に大きくなった。

 エンジン音から当たりをつけていた流花は、横方向に飛ぶ。

 フォーク部分に木製パレットを差したフォークリフトが、猛然と突っ込んできていた。

 運転手が目を剥き、身体をすくませる。突っ込んでくるスピードを緩めないまま、運転手の腹の高さに上げていた頑丈なパレットで運転手を撥ねた。

 すぐさま旋回。

 パレットの横部分で、逃げ遅れた雄牛の腰を薙ぎ払った。

「ナイスフォロー! クレイジーサイコーなドライバーがいて助かった」

 流花は、ハングルース(拳の親指と小指をのばしたハンドサイン)で感謝をつたえる。



 運転手と雄牛の意識を奪った流花は、応急措置もほどこしておいた。

 雄牛の止血には、本人のベルトを止血帯がわりにした。生きたまま連れ帰ったあと、情報をしぼるのか、すぐ〝材料〟として潰すのかはボスのみぞ知る。

 歩実はそのあいだに、フォークリフトを駐めてあった場所に戻していた。キーを抜き、ガラス窓が割れたプレハブ事務所に返しにいく。車に関することには律儀だ。

 早く移動したい。歩実にカーゴバンのバックドアを開けてもらうと、運転手と雄牛を雑に投げ込んだ。

「荷物の固定、まかせていい?」と歩実。考えていることは同じだった。

「もちろん。先を急ごう」

 流花はそのままカーゴスペースにあがり、運転手と雄牛を拘束する。歩実が運転席にもどって、エンジンに火を入れた。

 雄牛たちを乗せたステーションワゴンカーがスピードを上げていたことからして、アントニアとソニのほうで動きがあったとみていい。

 リザヴェータとルブリを信用していないわけではなかった。ただ、ふたりをセットにしての監視役でよかったのか……。

 何かとんでもないことcrazyをやらかしていそうで落ち着かない。

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