9話 ゲームのはじまりだ

 ルジェタ・ホッジャは、ソニ捜索のためにシルバーのコンパクトカーを選んだ。

 ありきたりな色とサイズで、他の車にまぎれこみやすい。人と車が少なくなる港湾エリアに行けばなおさら、目立たないことが何よりの条件だった。

 夕暮れが近づき、冬の弱い日の光がさらに薄くなっていく。中央突堤の近くまできたとき、駐車場で目がとまった。

 利用する車もまばらななか、クーペのシルエットに視線が吸い寄せられる。駐まっているのは、軽四やツーボックスタイプの大衆車ばかり。そんななかでは浮き上がって見えた。

 このゲームのことはソニたちに知らされていない。

 目立つ車は使わないだろうという予測とは反対に、油断している可能性も考えられる。クーペが「当たり」だった場合に備え、反対側の離れた位置にコンパクトカーを駐めた。車体のシルバーが、暮れどきの淡い景色のなかに溶けこんだ。

 駐車場から先は突堤があるのみだ。車止めを抜けて、海のほうに向かってみた。

 ルジェタの口角が上がる。

 いた。

 開けた視界の先、吹きさらしの寒風のなかで、ソニらしき小柄な人影が立っていた。

 髪色が違うし、こちらに背を向けているので、横顔が小さく見える程度。しかし、逃亡中の身の上なのだから、髪の色ぐらい変えているのは想定の範囲内だ。

 ソニを視界のすみにおきながら、ルジェタは突堤の手前にある、倉庫らしき建物のほうに歩いた。監視のための遮蔽物がここぐらいしかなかった。低コストが取り柄のシステム建築と、その周囲の植え込みの間にはいる。身体のシルエットをまぎれこませた。

 勘付かれることを警戒して、監視距離は長めにとっておく。単眼鏡で再度確認。

 ソニの後ろ姿を風景の一部として見ながら、ハンディトランシーバーをとりだした。


 

 手をかけて育てていたソニが、仕事の最中に逃げ出したとの報告を聞いたとき、最初は失望した。

 しかし、捕まえられて商品として出荷される直前に、また逃げたという報告を聞くと、ひそかにほくそ笑んだ。

 決してあきらめない、このしぶとさ。

 見込みが間違いでなかったことに、調教し直してやりたい欲がわいた。そして、生きることへのこだわりがないように見えていたソニに変化を感じた。

 またもや逃げ出した理由はなにか。

 無感動だったソニを変えたきっかけを知りたくなった。見込みのある新参者のひとりにすぎなかったのに、主客転倒とはこのこと。従わせていた相手に振り回されていた。

 消息がわからなくなっていたソニの情報は、配下のエンヴェルがもってきた。ファミリアの会計係だった高端を別組織に奪われた現場で見かけたという。

 ソニをめぐる交渉の連絡がきたのは、そのあと。

 タイミングからして、高端の情報を流してこちらを動かしたのは、その交渉相手だろう。高端の現場にソニを用意し、ちょい見せの機会にした。そうしてソニの存在の真偽を確かめさせた。

 ——ソニ・ベリシャを拾って飼っている。取り返したいなら、チャンスを一度だけ与えよう。殺すなり連れ戻すなり好きにすればいい。ただし、失敗したら手を引け。今後一切、ベリシャに関わるな。

 組織のメンツは捨てられないが、子ども一人の始末に手間をかけていられないのが中央の幹部の本音だ。本国ではないから人手も限られていた。

 無視した幹部に代わって、ルジェタがこの提案にのった。ルジェタにとってのソニは、たかが子ども一人ではなくなっている。組織への義理など、ルジェタにとっては古臭い枷でしかなかった。

 ——国の法を破って組織を存続させているが、この世界の法は尊重する。

 ゲームルールは守る。そう言った交渉相手にのってやった。

 いまのソニにも教育係がついていると聞いた。そばのベンチに座っている女がそれらしい。予想より、かなり若い。

 もっとも、若いから新人とは限らなかった。デビューが早ければ、二十代で中堅クラスになり得る。

 配下の到着を待つうち、ソニたちの動きが変わった。突堤から引き返してくる。ルジェタは背の低い植え込みで、さらに姿勢を低くした。

 車で移動されると捕獲がむずかしくなる。駐車場に入ったところでの強行を考えたが、ひとりでやるには難しい。

 監視を続ける先、若い女が公園にほうに入っていった。ソニが続く。

 東西に細長く、木が少ない公園だが、駐車場よりは死角がある。これで仕事がしやすくなった。ふたりはまだ、こちらに気づいていない。

 ルジェタは優位にたつ。

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