第11話 そして決着する

 事後処理は、途中から"特殊な機関"の管轄となった。


 一般には知られていない国防機関・リブレ伯爵家に委ねられたのだ。

 リブレ家は、国のため暗躍する影の組織という性格を持っていた。


 ゆえに伯爵家に属する人間は戦闘能力にひいで、乳母カリナ殿は中でも群を抜く実力者らしい。


 アルドンサ嬢が生まれた時に盛大な"子守り役争奪戦"が繰り広げられたことは、リブレ家の歴史の中では有名な話であったらしいが……。アルドンサ嬢には伏せられていた。


 それどころか彼女は、実家の裏の顔さえ教えられていなかった。


 僕もこうして伯爵の書斎の仕掛けで秘密の通路を発見しなければ……、知らないままにいたかもしれない。


「これまで書斎に迎えた人間は大勢いたが、燭台の仕掛けを初見で見破ったのはファビアン殿が初めてだ」


 妙に嬉しそうに、リブレ伯爵は笑って言った。


 アルドンサ嬢との結婚の! 許可を得に来ただけだったのに!!


(父上が言っていた、リブレ家が"特殊な家柄"というのはこういう意味だったのか……)


 随所に仕込まれた暗器、各所に秘された仕掛け。

 好きかもしれない。発見するのも考案するのも。



 あの後、ゴロツキたちは警備隊に引き渡したが巡り巡って、というより"リブレ家"が警備隊から案件を掻っ攫ったらしい。


 そんなことを知るよしもなく、僕はあの後アルドンサ嬢に、後日デートを仕切り直そうと申し込んだ。

 しかし彼女は騒ぎで散った大きな花束をいたく気にして、し崩しに、僕がプロポーズするつもりだったことがバレてしまった。


 なんてことだ。まったく決まらない。

 

 さらに衝撃の告白を聞いた。


「私にはもう、人の"死期"がみえないのです。だからもしファビアン様の身にも何かあったらと思うと、お会いするまで気が気ではなく……」


 彼女は劇場で多くの人の死を救った後、能力を失ったと語った。

 確かに騒ぎの後、アルドンサ嬢は虚空を見つめて様子が変だったから、もしかしたらあの時に何かあったのかもしれない。



「元々が自然の摂理に反する力でしたから、手放せて良かったのです」


 そう微笑んだ彼女だが、"持っていた力を失くし、不安を感じたのは自分でも意外でした"とも言った。


 丸眼鏡をつけていた意味は、家族や家人に対し、"眼鏡があれば死期はみえない"という設定にしていたからだと言う。

 "人ならざる力を、気味悪がられるのが怖かった"と呟くアルドンサ嬢に思わず、「そんなことはない! どんなきみでも、いつもとても魅力的だ!」と叫んでしまい……。


 思いつのった愛を、告げてしまった。


 全然の予定外だ。


 だがそこまで言ったら勢いだ。

 用意していた指輪を受け取ってもらうべく、僕は膝をついて永遠を誓った。


 感激して涙ぐみつつ頷いてくれたアルドンサ嬢に女神を幻視し、その後はとんとん拍子に話が進んで、リブレ伯爵家への婿入りが決まった。

 




 アルドンサ嬢を襲ったゴロツキたちは、マルケス・メンヒバル男爵令息に雇われていた。


 僕とカタリナ王女との会話からアルドンサ嬢に興味を抱き、また王女への点数稼ぎとしてアルドンサ嬢の拉致を画策したマルケスは、リブレ伯爵家の怒りを買うことになった。


 男爵家を勘当こそされなかったものの、秘密裏に。

 二度と女性を愛せない身体にされたと聞く。ごく一部の者しか知らない、極秘事項。


 彼が実家から勘当されなかったのには、理由ワケがある。


 マルケスの筋から、カタリナ王女の別のくわだてが判明したからだ。


 記念式典に来訪する隣国の王太子、王太子妃夫妻。


 その王太子妃を狙って、カタリナ王女が人を雇い、滞在中の妃を襲わせる計画を立てていたのである。

 未然に防げたものの、この行為は明確な国家反逆罪。


 本来なら投獄され厳罰に処されるべき罪だが、王女を罰するためには、彼女の陰謀を公表しなければならない。


 けれどせっかく内密に阻止した話を、隣国に知られるわけにはいかない。


 知られた時点で、国際問題だからだ。

 多額の謝罪金が発生し、各国に対しての信頼と王家の名誉を失う。

 

 かくしてカタリナ王女は、"王女"としての呼称だけを残し、王族としての全ての権利と権力を取り上げることで決着となった。


 そしてカタリナ王女とマルケスをめあわせ、辺境の領地に閉じ込めることが決定。


 そのために、マルケスの身分を貴族として保つ必要があったのである。


 身分違いの大恋愛をした王女が、駆け落ち同然に愛する男と結ばれる。

 王女としての務めを果たせなくなった責任を取り、辺境にこもって、王族の権利を放棄する美談である。

 もちろん離婚は許されない。


 その夫が妻を抱けないという話は、それぞれの見栄から漏れることはないだろう。

 カタリナ王女に至っては、いずれ身元の知れぬ子を孕む可能性があるが、子どもに血筋と所領が保証されることはない。


 国王の許可があればふたりは王都に滞在出来るが、おそらく今後、社交界に顔を出せる機会はないだろう。


 今回のことで、さすがに国王は愛娘を見限ったようだ。


 躍起になって王太子妃に勝とうとした王女が、これまでの衣装は僕に任せ、予算を超えた支払いさえも僕に押し付けていたことを知り、激怒した。


「身勝手な婚約破棄だけでなく、ここまで恥知らずな娘だったとは」と国王から直々に謝罪があり、補填していた衣装代は返済された。

 また僕とリブレ伯爵家との縁組を喜び、結婚式にかかる一切を任せて欲しいと言われ。


 結果、歴史ある大聖堂で、数か月後に挙式の運びとなった。



 ところでマルケスがゴロツキ達に「丸眼鏡のブサイク娘を捕まえろ」と指示したことは許しがたく。

 僕は世間に、アルドンサ嬢に対しての認識を改めさせたいと決意した。


 磨けばどこまでも光るアルドンサ嬢に、いかんなく手と口を出させてもらい、自分たちが馬鹿にしていた令嬢がどれほどの美女か知らしめてやる、と気合を入れて……。



 "国一番の美女"と評されるようになったアルドンサ嬢に近づく虫の駆除に、リブレ家の面々が一層張り切るようになったことはまた、別の話なのだった。

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