第10話 宙を舞うのは

(気に入ってもらえるだろうか)


 何度も入念にチェックした身だしなみに、腕からはみ出る花束。ポケットには指輪。

 これから挑むデートに、僕はいつになく緊張している。


 アルドンサ嬢との待ち合わせ。

 アルドンサ嬢の孤児院慰問のあとに合流し、今日は半日、彼女に時間を貰っている。


(今日こそ決める。きちんと気持ちを伝えて、婚約を申し込む)


 アルドンサ嬢の訪れる孤児院が、通りから少し外れた小さな教会に併設されているため、人少なめの道は、ひとり待つ寂しさを余計に助長してくる気がする。


(今度一緒に、教会に寄付に来てもいいな)


 今回なぜそうしなかったのか。

 ギリギリまでデート・コースの選定に迷いまくっていたからとは言えない。


(おかしい。いつもはもっとそつなく行動出来てたはずなのに)


 アルドンサ嬢のことになるとつい、ああでもない、こうでもないと元来のこだわる性格が出てきてしまい、即断即決が遠のく始末。


(僕はわりと優柔不断だったのだな)


 知らなかった自分の一面を、感慨深く分析していた時だった。


「きゃああああああ!」


 悲鳴が、耳に届いた。


「!!」


(この声、まさかアルドンサ嬢?)



 慌てて声のほうに駆けつけ、追われているアルドンサ嬢を目にして、僕の体は考える前に動いていた。


 狭い小路こみち、どこから湧き出たのか人相の悪い男が、今にもアルドンサ嬢を捕まえようと手を伸ばす。

 お団子に結い上げた髪が功を奏し、後ろ髪を捕らわれることなく身を伏せたアルドンサ嬢の横を、嵐よりも凶悪な花束が走った──時には僕は、暴漢を石壁に叩きつけていた。

 

 これでも僕は、しっかりと騎士科も履修している。


 アルドンサ嬢が駆け寄って来た。


「ファビアン様!」

「アルドンサ嬢、ご無事ですか?」


「カリナが! 私の乳母が私を逃がすために、向こうに残っているのです!」


 アルドンサ嬢の教育を一任され、衣装全般も担当しているカリナ殿は、時代遅れなフープスカートを愛用している、堅苦しい空気感満載の乳母だ。


 アルドンサ嬢以上にギチギチに髪を結い、地味色な衣に身を包み、その厳格な表情は人を近づけないオーラを全方位に放っているが。

 主人思いで忠義にあつい女性だと、何度か会ってその為人ひととなりを知っている。


 その乳母が、アルドンサ嬢を逃がすため大勢の暴漢に囲まれているという。


「すぐに助けに行きましょう」

「こ、こちらです」


 アルドンサ嬢の示す道に走った僕は。


 僕とアルドンサ嬢は。


 後に"一生忘れられない"と語る光景を、目撃した。



 宙を舞う、黒きクラゲ。



 例えるなら、そうとでも表現するのかもしれない。

 

 乳母のカリナ殿はフープスカートを広げび、触手、もといムチを唸らせて、群がる男たちと戦闘中だった。


 鞭はスカートの下に仕込まれていたのだろうか。

 クリノリンスカートの骨組みに添わせれば、無理なく持ち歩ける……かも知れない。


 的確に投げられる針が、敵の手にある武器を落とさせている。

 結い上げられた髪から無限に出てくる針がわからない。



(助太刀は不要だな)



 カリナ殿の身ごなしは圧倒的で、またたく間に男たちが倒れていく。

 


「アルドンサ嬢……。カリナ殿は何歳でしたっけ」


 女性の年齢トシたずねてはならないという禁忌タブーを失念して、僕は呆然と口を開いた。


「ああ見えて、若いんです。まだ三十の後半で……」


「なるほど。随分と鍛えている動きですね……」


「ですね……」


 アルドンサ嬢も乳母の立ち回りを見たのは初めてだったのか、あんぐりと口を開けて立ちすくんでいる。

 僕たちが見守る中、あっさりと勝敗はついた。


「警備隊を呼んで、捕らえて貰いましょう。片付いたようですし?」

「え、ええ。……カリナ、すごい……」

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