第9話 元婚約者との再会

 僕の体調が上向いてくると、父の表情が柔らかくなってきた。

 口には出さなかったが、父も父なりに張りつめていたのだろう。母の他界後、僕と兄を育ててくれた父だ。内心気を揉んでくれていたに違いない。


(王家との縁組も、元は"次男の僕にも安定した生活を"と思ってのことだったらしいし。相手がどんな性格に育つかまでは、予測出来ないものな)



 "病は去った"と診断を得た後、父と僕はリブレ家に赴き、リブレ伯爵とアルドンサ嬢に深い感謝を伝え、今後、アルバラ公爵家からの助力を惜しまない約束をした。



 帰りの馬車の中で、父に尋ねられた。


「リブレ伯爵家は"特殊な家柄"だが、お前に合うかもしれん。お前とアルドンサ嬢の気持ちはどうなんだ?」


「!!」


 それはつまり、そういう意味で。


 僕の返事次第で、父はリブレ家に話を申し込んでくれると言った。


 僕はアルドンサ嬢が好きだけど、彼女の気持ちはまだ確認していない。


 現在、交際相手や婚約者はいないと言っていた。

 これまでの付き合いから、アルドンサ嬢も僕に好意を抱いてくれていると感じてる。

 おそらく、期待していい。だけど誰のためにも懸命になれる子だから、若干不安も残る。


 彼女の気持ちは、僕にあるんだろうか。


(まいったな……。これは勇気を出して告白するしか)


 父が動いてしまうと、公爵家からの縁談を、伯爵家が断るには難しい。

 アルドンサ嬢に無理をいたくないなら、先に自分で行動しなければ。


 行動するのは構わない。

 問題なのは。


 断られても、諦められる気がしないことだ。


 どんな場所で、どんな言葉で、この想いを伝えたら最良の結果を得ることが出来るだろう。


 そんなことを考えつつ、アルドンサ嬢への贈り物を探しに有名宝飾店を訪れ、予想外の相手と遭遇してしまった。



「まあ、ファビアン。こんなところで会うなんて」


 顔を見るなり、呼び捨ててくる。


(ちっ)


 カタリナ王女だ。伴うのは、お決まりの男爵令息マルケス。

 来店したばかりなのか、王女が個室に案内されてないとはタイミングが悪かった。

 

「珍しいですね。いつもは店の人間を城に呼び寄せるのに」


 たくさんの新作を揃えさせ、業者を呼ぶのが王女のスタイルだ。自ら店舗に足を運ぶなど、滅多にない。

 何気なく尋ねただけなのに、王女は苛立つように顔をしかめた。 


「生意気な商人が多いせいで、頭が痛いわ。わたくしが使用したアクセサリは話題を呼ぶから、真似する貴族たちで店の売り上げも上がるというのに、"献上は出来ない"と言うの」


(ああ。支払いが滞って、城に来てもらえなくなったのか)


 押しかけて宝飾品を巻き上げるつもりなら、"すり"や"たかり"と変わりない行為なのだが。


 カタリナ王女のファッションは、以前ほど話題にのぼらなくなっている。

 僕が彼女のコーディネートから離れて以来、精彩を欠くという声も聞く。


(個室にはということか)


 素知らぬ顔をして、店員に見たい指輪の希望を伝える。

 アルドンサ嬢に似合う、可憐で上品な指輪を探すためだ。


 店員が数点ほど並べた指輪に、何を勘違いしたのかカタリナ王女が口をはさむ。


「ファビアン。わたくし、そんな指輪は好みではなくてよ」


「王女殿下のお好みは関係ありません。これは私が大切な相手に贈るため見繕っているものです」


 言うと、驚いたような顔をされた。


(どんな思考回路をしているんだ)


 もう縁のない王女の指輪を、僕が買うと思ったのか。


 その通りだったらしい。

 王女は目に見えて不機嫌になった。


「私にフラれて自棄ヤケになるのはわかるけれど、品位というものは大切にしないと。あなた最近、"芋娘"を連れ歩いてるって話じゃない」


「──芋娘、とは誰のことでしょう?」


 万が一にもアルドンサ嬢のことを指しているなら、王女といえど容赦しない。

 彼女は王女とは比べ物にならない程、すべてにおいて優れている。


 僕の空気に何かを感じたのか、王女は「ふん!」と鼻を鳴らしただけで、言及せずに話を変えた。


「あと、わたくしからの誘いを断り続けるなんて。?」


「は?」


 王女の言葉を思わず聞き返すと、ねったりと耳打ちされた。

  

「マルケスにその座を奪われても仕方なかったでしょう? だってお前は、"婚前だから"とわたくしとの夜に応じなかったのだから」


(! こんな場所で何を! それに破棄の理由が、それか?!)


「以前のように、わたくしにつかえさせてあげるから、明日にでも王宮に顔を出しなさい。近々、隣国の王太子夫妻が来訪するの」


 あまりの馬鹿々々しさに、王女に対する評価が過去最低を記録した。一切の感情が声から消える。


「──国王陛下の即位記念式典ですか」


「そうよ。あそこの王太子妃は気に入らないわ。身の程知らずにもこのわたくしに、衣装比べを仕掛けてくるもの」


「つまりそのくだらない衣装比べを僕に手伝えと言うことですか? 御免蒙ごめんこうむります。僕は今、十分に満ちたりていますので、不快な出仕はお断りします」


「なっ……!」


 カッと王女の顔に血が上る。


 僕が直接断るなど、カタリナ王女の想像になかったようだ。


 年上の婚約者だったからこれまでは顔を立てていたが、不必要に使役される理由も、見下されるいわれもない。

 

(とても買い物どころではないな。こんな環境で、アルドンサ嬢への大切な贈り物は選べない)


 店員に断りを入れて、店を出ようとした背中に、王女からのヒステリックな声が飛んだ。


「お待ちなさい、ファビアン! わたくしの召致しょうちに応じなさい。これは王女としての命令よ!!」


 目だけで振り返り、王女に返した。


「お忘れですか? 王女殿下。王家と公爵家との間で取り交わされた約束を。"王女の権限で、元婚約者を呼び出すことは出来ない"と、契約書に盛り込まれています」

 

 カタリナ王女が特権を振りかざし、無理難題を押し付けてこないとも限らないため、婚約解消時の示談に盛り込んで貰った項目。

 結果、彼女は僕に対して様々な権力行使を封じられている。


「ファビアン!!」


 王女の金切り声は店内だけでなく、店外にまでけたたましく響き渡った。

 品位を大切にしろという言葉は、自分にこそ使うべきだろう。

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