第3話 アルドンサは願う

(大変な一日だった)


 私が叫んだ後。

 私の尋常ではない様子に驚きつつも、ファビアン様は私の話を聞いてくれた。


 私は"私のとんでもない能力"をそのまま彼に伝え、劇場の危機を何とかしたいと訴えた。


 呆れられると思ってた。


 けれど、ファビアン様には思い当たることがあったらしい。


 最新の劇は、たくさんの照明を舞台に配置した華やかな演目だった。

 

 彼は以前より、灯火が所狭しと並べられる舞台には、劇場火災を懸念していたそうだ。

 今日はその対策を提案すべく、劇場支配人に面会を取り付けていた日だったという。


 "もしや"という危惧から急ぎ劇場に足を運んだ私たちは、まさに舞台で発生した火事を目の当たりにした。


 逃げようと慌てる人々に、冷静な声掛けをしたファビアン様は、的確な指示を劇場雇用人たちに飛ばす。結果、大きな混乱もなく速やかな避難が行われ、多くの人が軽傷で済んで、劇場の大焼も免れることになった。


 色せていた人々の姿は、無事に元の色を取り戻した。

 運命が変わって、命が延びたのだ。


 ほ──っと、私は大きな息をついた。


 隣にはファビアン様。私を伯爵家まで送ってくださると言って、付き添ってくださっている。


 そして彼の色は依然、薄いままだった。


(泣きそう……)

 

 たくさんの命が助かったことは嬉しい。

 だけどファビアン様の命はじき尽きる。


 せっかく私のことを覚えてくださっていたのに。せっかくお話する機会が出来たのに。

 

 元々が王女殿下のお相手。

 だけど私だって、憧れの相手とお知り合いになるという名誉な体験がしたかった。


 思いがけずそれは叶ったけど、緊急時の大騒動で、服と顔がすすけた思い出しかない。


 そのうえ"能力"を打ち明けてしまった。

 王族と近しい方に、秘密を知られてしまったわけで、これからどうなることか。


 そんな私の気持ちとは裏腹に、ファビアン様はとても穏やかな目で、助かった人々のことを語っていた。


「彼らの笑顔を守れたのは、アルドンサ嬢のご活躍のおかげです」


 嬉しそうに、笑みを向けられた。


 とんでもない話だ。ファビアン様がいなければ、私は何も出来なかった。

 彼がいたから劇場支配人も話を聞いてくれたし、迅速な対応がとれたのだ。

 

(ああ、本当に良い方)


 どうしてこんな良い方が、王女殿下に袖にされ、いずれお命を落とすというの?


 そんな私の悲しい気持ちを読まれたとは思えない。

 けれど、私の目をじっと見ながらファビアン様が続けられたお言葉は、私の心をのぞいたような内容だった。


「死ぬ前に人の役に立てて良かった。死期が見えるアルドンサ嬢にはお気づきかもしれませんが、僕の命は幾許いくばくも残っていないのです」


「!!」


(ご自分で知ってらっしゃる?!)


 

 私は言葉を失うほど、驚愕した。


 呆然とする私に、ファビアン様がおっしゃった。



 ご病気、なのだそうな。


 それはどうにも助からない病で、ファビアン様は身辺整理を始められた。


 王女殿下は、ファビアン様のご病状を知らない。

 しかし偶然にもカタリナ王女がマルケス様に惹かれ始めたため、後任はマルケス様にお願いしようと、ファビアン様は考えられた。


 マルケス様は男爵家の末息子。

 放置され、奔放に育っている。


 身分も教養も、周囲への配慮も知識も人脈も。何もかもが足りない。


 このままでは王女殿下とマルケス様は、早々に引き裂かれることになるだろう。


 王女殿下の想いを汲むため、何とかマルケス様を王族の配偶者に相応しく引き上げようと口を出していたら、ふたりから思い切り嫌われてしまったらしい。


 公式発表こそまだだが、ファビアン様はすでに王女殿下から、婚約を破棄されたという。


「そんな……!」


「ああ、うん、それは良いのです。元々が政略結婚。僕とカタリナ王女の性格も合ってませんでしたし、僕もこんなことになったので」


 良くない!

 先が見えない病気の時こそ、人は寄り添って欲しいものでは?


 ファビアン様はまだ十八。もっと楽しまれて良いお年頃のはずなのに、最期まで王女殿下に尽くされようとしている。


 知らないこととはいえ、カタリナ王女のファビアン様に対する仕打ちが残酷すぎて、自然と涙があふれてくる。


 同情なんて失礼。

 よく知りもしない私が、おこがましく物申すことは出来ない。だけど。

 私はファビアン様のことが好きなのだ。一方的にステルスな片思い中なのだ。


 好きな相手には、満たされて幸せになって欲しい!


「死相が見える私の能力と引き換えに、ファビアン様のお命を助けることが出来たら良いのに」


 思わず呟いた私の言葉に、知らない声が軽やかに。

「いいよ!」と、返事をした。

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