第2話 見てしまった惨事

 気持ちが沈む。

 明日からどう、生きたら良いのかわからない。


(まさかファビアン様に"死の影"が見えただなんて……)


 王女殿下のお心変わりをはかなんで、早まられてしまうのだろうか。

 それともちまた溢れる"悪役令息"小説のように、王女殿下に断罪されてしまう?

 ファビアン様は全く"悪役"じゃないけど、構図が物語のそれだ。


 あれから調べてみた。


 王女殿下の新しい恋人は、ガンディア男爵の末息子・マルケス様。

 あけすけで人懐こいマルケス様は、公爵家で厳しく育ったファビアン様とは対照的で、とてもストレートな方らしい。


 身分差をわきまえず、王女殿下の美しさを称え、求愛を繰り返した結果、王女殿下が彼をお傍に置き始めた。


 婚約者がいる相手を口説くなんて、常識がないにも程があるのに。


 ファビアン様は双方に対し、公式の場では適度な距離を保たれるように諭されていたが、王女殿下はそんなファビアン様をうとましがられ、エスコート役をマルケス様にお与えになられるようになった。


 あっという間に人々の口の端にのぼる話となったが、世間に遅れている私は知らなかった。


(こんな時ばかりは、友達のいない自分を恨むわ)


 かといって、"ファビアン様を応援したいから、良い方法はないか?"だなんて相談は、たとえ友達がいても無理だろう。


(どうしよう。王女殿下からマルケス様を引き離すため、私がマルケス様を誘惑してみる?)


 却下だ。

 王女殿下からの抹殺対象が私になるだけ。

 それより何より、私の見た目と手管てくだでマルケス様を誘惑できるとは思えない。


 そんなことが可能なら、我が家の婿はとっくに決まっているはずだもの。


(思い切ってファビアン様に、真実を打ち明けてみる?)


 "このままいくと、お命を落とすことになります──"。


 ……無いわ。

 狂人扱いされ、どこかの病院に放り込まれてしまうかもしれない。



 悶々としたまま、屋敷にいても気詰まりで、気分転換に街に出た。


 いつだって人通りの多い王都の通りは、たくさんの建物に囲まれてにぎやかだ。


 大きな劇場は人気の演目が上演中とあって、ひときわ人が集まっている。


(いつか私も、好きな方と観劇したりするのかしら)


 そう思いながら何気なく劇場の方を見て、私は目を見開いた。


「あっ、あっ、あっあ……!」


(劇場に入っていく人たち、皆、身体の色が、薄く白くなっている!!)


 それはつまり、死が迫っている──!!



 衝撃で、上手く息が出来ない。

 緊張と興奮で早鐘を打つ心臓が、内から私を押し潰してくる。


 真っ青になって震えながら、崩れ落ちそうになった時、声をかけられた。


「ご令嬢、どうかされましたか? ご気分でも悪いのですか?」


 振り返ると、


「ファビアン様!」


「僕をご存知で……。ひょっとしてその眼鏡は、いつかのフープスカートのご令嬢……?」


 ファビアン様が私を認識してくださっていた?!


 眼鏡で覚えて貰えていた!

 眼鏡で良かった!!


 ではなくて。


 どうしよう。どうしたら。


 ファビアン様の死期は近いまま。

 私の目には彼の全身も薄れて映る。


 美しい金の髪が白金に、藍の瞳が青色に。そして肌は、紙のように真っ白に。

(退色が進んでいる……! 残る時間が少ないのだわ)



 "劇場で何かが起こり、大勢の方が亡くなるかも知れません"。


 伝えてそれが、ファビアン様の死因になってしまったら?


(そもそもこんな話、信じて貰えないわ)


 そんな私の横目には、嬉しそうに母親と手をつないだ子どもが、劇場に向かっていく。


(ふたりとも、色がない!!)



「ご令嬢? 大丈夫ですか?」


「大変……! 大変なんです、ファビアン様!! 助けてください!!」



 私は無我夢中で、すがっていた。

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