ブサイク令嬢は、眼鏡を外せば国一番の美女でして。

みこと。

アルドンサ視点

第1話 アルドンサの異能

 私には気になる男性ひとがいる。


 筆頭公爵家の次男、ファビアン様だ。


 けれど彼は、第一王女カタリナ殿下の婚約者。


 カタリナ殿下は美的感覚に優れ、社交界に流行を発信し続ける美貌の王女様。

 ファビアン様は豊富な知識で、画期的な仕組みや道具を開発されては、社会貢献に勤しまれる素晴らしい貴公子。


 我が国を牽引されていくお立場のおふたりは、伯爵家の私から見ると、雲の上の世界にいらっしゃる。


 だから私の憧れは誰にも告げず、そっと秘めて終わるはずだった。


 なのに。


 最近流行りの小説の、悪役令息みたいに。

 このままではいずれ、ファビアン様は処刑されてしまうのではないか。


 そんな不安が突如、湧き上がるようになってしまった。


 だって私には、見えてしまうのだ。


 他の人の、死相が。




 ◇




 プ──ッ、クスクス。


「ねえご覧になって? リブレ家のアルドンサ様、またあんな丸眼鏡。お顔からはみ出してらっしゃるわよ」


「本当に。入り婿探しでガーデン・パーティーにいらしてるはずなのに、ドレスも古風ですこと。それにあの引っ詰めた髪型。お洒落の方向が外れすぎていて、理解できませんわね」


 遠巻きに、けれど私の耳に届く距離で、他家の令嬢たちが笑っている。

 声のほうを見ると、優越に浸った表情と出会った。


(──ほっ。とりあえず、彼女たちは無事ね?)


 しっかりと明確に形を保ち、色づいている令嬢たちの死期・・は遠い・・・

 周囲を一通り見回すも、この会場で直近、命の危機に瀕している人はいない様子。

 安心の、吐息が漏れた。


「まあ。溜め息なんて、相変わらず陰気な方」

「仕方ありませんわ、あのご器量ですもの。こんな晴れやかな場は、憂鬱でいらっしゃるのでしょう」


 令嬢たちが受け取り違いをして騒いでいる。


 元気そうで何よりだと思う。


(どんな相手であれ、死が迫ってるなんて辛いもの……)



 アルドンサ・リブレ。

 リブレ伯爵家の一人娘である私は、特殊な力を持っている。

 

 近々、命を失う人。


 そんな人は、生身の色味が抜けたように薄く見える。

 肉体の輪郭が景色に溶けそうなほど、ぼやけていることもある。


(こんな異能、欲しくなかった)




 事の発端は私の父、リブレ伯爵にある。

 私がまだ母のお腹にいた頃、父は死神と出会い、そして相手を助けたらしい。


 死神を助けるなんて、どんな状況だったのかよくわからないけれど、とにかく父はそのお礼として、"人にはない能力"を貰うことにした。


 ──相手の死相が、わかる視力──


 政敵の死期がわかれば、政界で有利に動くことが出来る。

 先手を打ったり、お家騒動を助長したり。有利な陣営も、間違えずに選べる。


 到底ろくでもない使い方だが、我が父、リブレ伯爵はそういう考えの持ち主だと、私は知っている。



 父は死神に願った。

 生まれて来る子に、能力チカラを授けて欲しいと。


 ところが生まれてきた子どもは、私。

 つまり女子だった。

 

 家門を発展させる、跡取り息子ではなかった。


 父はきっとガッカリしたことだろう。


 それでも得た力を使おうと、時折来客に引き合わせては、命の残量を私に確かめさせた。


 この秘密を知るのは家族だけだったが、母は"この世ならざるものが見えるなんて"と私を非難した。嫌そうに眉を顰めたのは、気味が悪いと思ったからに違いない。


 両親の態度で、使用人たちも察するところがあったのか。

 彼らからは避けられてしまった。世話も会話も最低限。

 迷信を信じない頑迷な乳母だけが、一方的に私を縛るばかり。


 私は寂しかった。


 だから、"眼鏡をかけたら死相は見えなくなる"という設定を勝手に作って、母に吹き込んだ。


 実際はレンズを通そうが、死相は見える。


 でも、見えないことにした。


 そうすることで私は、母の前で普通の女の子になれた。

 使用人たちの警戒も、僅かだが解けたようだ。

 少しずつ、構って貰えるようになった。


 以来、度のない眼鏡をかけて過ごしている。


 眼鏡があることを遠目からもわかるように、大きく目立つ、丸い眼鏡。


 顔の半分以上が眼鏡で、私自身より眼鏡が本体。

 周りから"ブサ令嬢"と呼ばれても構わない。


 それで私が平穏ならば。




(散策したし、お料理も食べた。そろそろ帰ろう)


 私は十六の適齢期。

 父からは"婿"を見つけてくるよう毎回言われているが、パーティーには顔を出したし、名目も立つと思う。


 "釣り書に寿命の明記はないから、自分で探せ"だなんて、無茶を言う。

 しかも"有能で有望で役に立つ、美形で強い婿を所望する"だなんて、高望みも良いとこだ。

 強引な父が周りにもそう触れ込んでいるせいで、私は"身の程知らず"とあざけられている。


 まあ、"不気味だ"と怯えられるより、マシでいい。



 ふいに「カタリナ王女殿下がいらしたわ!」との声が聞こえ、会場が沸き立った。


(! ファビアン様!!)


 王女殿下が会場入りされたなら、婚約者である公爵令息も共にあられるはず。


 私の活力、目の保養。

 見ているだけで幸せになれるファビアン様をひとめあがめるため、私は騒ぎに向かって歩き始めた。



 ファビアン様には、以前助けていただいたことがある。


 その日は風のある日で。

 突風に煽られて転倒しそうになった時、近くにいたファビアン様が支えてくれたのだ。


 乳母の主張で、フープスカートを着て出席した式典だった。

 ドレスを釣鐘状に丸く膨らませる骨組みクリノリンが、風をはらんで私を押し上げたのが、転びかけた原因。


「馬の毛で作られているクリノリンは軽いが危ないから、気をつけた方が良い」


 引火事故も多発していると告げられ、私は帰宅後、乳母に受け売り知識で反抗した。


 以来、時代錯誤なフープスカートはまぬがれている。

 身体から離れて広がるドレスには常々注意が必要で、大変だったから、有難さもひとしおだった。


 乳母が未だフープスカートを愛用しているのは個人の嗜好なので、止める気はないけれど。



(あら? ファビアン様は?)


 人々に囲まれる王女殿下の隣に、ファビアン様がいらっしゃらない。

 代わりにいるのは別の男性。


「やはり噂は本当ですのね。王女殿下がこの頃、男爵家のマルケス様に入れあげてらっしゃるという……」


(えっ?)


「真面目で寡黙なファビアン様より、明るく楽しいマルケス様が夫君として選ばれるのではないかともっぱらの話ですわ」


「それでファビアン様が、マルケス様に厳しく接してらっしゃる姿を目撃したという話が出ていますのね」


「そうそう。ですから、王女殿下はお怒りになって、余計ファビアン様を遠ざけていらっしゃるのだとか」


 こういう時は令嬢たちの情報に助けられる。


(そんな。ではファビアン様はどこに──)


「!!」


 少し離れた木陰に佇むファビアン様を見つけ、私は息が止まりそうになった。

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