零
文重
零
眼下にはどこまでも続く大海原が広がっていました。これこそが操縦士になると決意した頃、信三が夢に描いた光景でした。版画の一文字ぼかしそのままに水平線に引かれた朱。そこから今まさに昇らんとする朝日に向かって、信三は操縦桿を倒しました。
こんな見事な花畑の上を飛ぶのがわかっていたら幸子も同乗させたかったと義男は思いました。「日本男児たるものが何たる軟弱さか!」と叱責する上官の顔が一瞬浮かびましたが、それはすぐに消えて花のように明るい幸子の笑顔に変わるのでした。
不思議なこともあるものです。敬一は雲海の上を飛んでいるはずなのに、その雲の一つ一つが見知った顔に見えるのですから。あのくるくるとした巻き毛のような雲は電髪をかけたお母さん、隣の少し縦長の雲は、敬一に背比べをせがむ弟の康平にそっくりです。その隣の小さな丸い雲は妹の美代子に違いありません。
「ただいま帰りました」
敬一は母に向かって深く一礼しました。
零 文重 @fumie0107
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