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「んー、いいお天気。絶好の花見日和だにゃあ」
マンションのエントランスから外に出た妻は四つん這いで後ろ左足を水平に上げ、大きく背伸びをする。
「あら、ご夫婦でおでかけ」
目を向けるとレンガ塀の上に大きな黒猫の顔が突き出していてギョッとした。
けれど声には聞き覚えがある。たぶん隣に住む大家さんの奥さんだ。
「ええ、公園までお花見に」
妻が弾むように立ち上がると黒猫はヒゲを萎れさせ、次いで招き猫よろしく手首を繰り返し折り曲げた。
「羨ましいわ、若いご夫婦は仲が良くて。ウチにゃんか毎週ゴルフ三昧で困っちゃう。そうそう、聞いて。この前にゃんてねえ」
僕たちは長引きそうな旦那の愚痴を適当にあしらって家を後にした。
住宅街を抜け、大通りに出るとありえない光景が広がっていた。
茶トラ、サビ猫、キジトラ、etc。
シルバーの渦巻き模様のあの洋猫はもしかして外国人の変異だろうか。
とにかくどこを見ても二足歩行の猫だらけ。
ちらほらと人間の姿もあるが圧倒的に猫の方が多い。
その異様さに気圧されながら、僕は付き従うように妻の軽やかな猫足のやや斜め後ろを着いていく。
そのときふと、今更ながらの疑問が頭を過ぎった。
「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど」
「にゃに?」
妻がこちらを振り向き髭をピンと立てる。
「あのさ、その、服は……」
妻を含めて道行く猫たちはみんな服を着ていない。
もちろん猫だからそれがおかしいということはないけれど、それでも本来は人間のはずだから倫理的にどうなのだろうとちょっと考えてしまった。
けれど、それは僕の杞憂だったようだ。
「あ、気づいた? このブルゾン、この前
歩きながら嬉しそうにくるりと一回転した彼女に僕は愛想笑いで首肯くしかない。
どうやら彼女をはじめ猫たちはみんなちゃんと服を着ているらしい。
見えないものを信じろと諭されているようでどうにも納得はいかないが、同時にホッとしたのも確かだった。
けれどそれならばまたひとつ別の憶測が生まれる。
ということはつまり妻には普段通りの世界が見えているということだろう。
そうなると二足歩行の猫が見えているのは僕の目の錯覚ということになる。
どういうことだろう。
僕はやはり幻覚を見ているのだろうか。
しかしそれにしてはリアル過ぎる。
試しにさっきさりげなく妻の手を取ってみたが、その手触りは完全なるモフモフだったし、肉球はおもわず何度も指押ししてしまうほどにプニプニだった。
まさかあれが幻覚のはずはない。
僕は混乱しつつも、軽やかなる妻の足取りの斜め後ろを着いて歩いた。
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