第2話 お嬢様は警戒する

窓から優しい陽の光が入ってきた。

小鳥の声が聞こえてくる。

朝だ。

メルは、目覚めた。


メルは、リビングに行く。


父のケインは椅子に座って何やら書類を見ていた。


「おっ!メル!おはよ!」


「父様〜おはよ〜」


そこに母ローザが朝食を持ってやってきた。


「メルちゃん〜おはよう〜

お顔洗った〜?」


「母様〜おはよう〜洗ったもん!」


「ワンワンワン!」


「シャドウも〜おはよ〜!

‥………何?シャドウ?お腹を見せて〜」


シャドウが、仰向けに寝っ転がって何かを要求していたのだ。


その姿を、父ケインはチラッと見て口先だけでニヤっと笑う。


「クゥ〜ン。」


「ふふふっ。もう〜シャドウったら〜

ずっるいんだ〜そんな声を出して〜。

わかったよ〜ワシャワシャタイムね〜!

よぉ〜し、行くよ〜!

ワシャワシャワシャワシャワシャワシャ…………」


メルの両手が凄いスピードで、シャドウの体を撫で上げる。


シャドウは思った。


(おお!おお!最高だ!

お嬢様のワシャワシャは、神の手だ!

ワウ!ワウ!)


「ワシャワシャワシャ!はい!シャドウ〜

もう堪能したでしょう〜終わりだよ〜」


シャドウは、気持ちが良すぎて目を瞑っていた。

メルに終わりを告げられ、目を開けた。

すると、主であるケインと目が合ったのだ。


ケインの目は、

(お前は、何をやってんだ?)という呆れたような目をしていた。


シャドウは、シャッキっと座り直し、思ったのだ。


(主は、お嬢様のワシャワシャの素晴らしさを知らないから、そんな目をされるんだ。

お嬢様のワシャワシャは神の仕業。

一度味わうと……中毒になるのだ。

……だっだから主よ。その目はやっやめるのだ。主よ、そんな駄目な奴を見るように‥…)


メルは、朝食を食べだした。


「あっ!そうだ。メル!昨日夜遅くにな。

髭のオッチャンが来てな。

どうしてもメルの作ったポーションがいるっていうから、寝る前に作ってたポーションを渡しといた。

また、王都に来た時にお菓子を奢るって言ってたよ。」


「もぐもぐっゴクン。

はぁ〜い。

お菓子〜!父様〜クッキーって言ってたぁ〜?私は〜クッキーが良いの〜!」


「ハハハッ!メル!メルは、クッキーが好きだな〜!他にもお菓子は、あるだろうに!」


すると母のローザが言う。


「ふふふっ。メルちゃんが〜クッキーが好きなのは〜私もわかるわ〜

だって〜ミレーネのクッキーは本当に美味しいもの〜!」


「もぐもぐっゴクン。

だよね〜母様〜。クッキーを食べながらお茶を頂くと〜甘味がフワッと〜口に広がって〜

…………キャァ。早く食べたいわ〜」


メルとローザは、朝食を食べながらクッキーの話で盛り上がったのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


朝食を取って少しすると、メルはお決まりの赤いフードコートを羽織、刀を帯剣して、逆の腰に魔法袋を装着した。


そして、シャドウを連れて庭に出たのだった。


庭では、ローザが洗濯物を干していた。

その傍でケインは、刀を素振りしている。


「あっ。メルちゃん〜もう採取に行くの〜?」


「メルは、働き者だな〜!」


「ふふふっ。まあ〜採取もするけど〜どっちかと言うと〜シャドウの散歩だよ〜

前に読んだ本に〜書いてあったの〜

犬はね〜散歩をしっかりしてやらないと〜

ストレスが溜まるんだよ〜」


シャドウは、思った。


(いっ犬〜!?お嬢様!私は、誇り高き、聖獣フェンリルなのです!

それに、さっ散歩ですか〜。まっまるで犬ではありませんか!いつか、誤解を解かなければ‥……)


「ハハハッ!そうか!犬は、散歩が必要か!

ハハハッ!そりゃそりゃ!良かったな!

シャドウ!メルは、お前の為に毎日頑張ってくれてんだってよ。」


(主……完璧に楽しんでおられる。まあ……よろしいかと。)


「じゃあ〜母様〜父様〜行ってくるね〜

いっくよ!シャドウ!追いかけっこだよ〜」


「ふふふっ。シャドウ〜メルちゃんをお願いね〜。」


「ワン!ワン!」


「シャドウ!お前、早く行かないと追いつかねえぞ。

見てみろ。もう、あんな所まで行ってるぞ。」


シャドウは、メルを見る。


(ヤバい。追いかけっこって。瞬歩を連続で使っておられる。

待って、待ってください!お嬢様!)


シャドウは、必死に追いかけるのだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーー


何とかメルに追いついたシャドウであった。


メルは、鼻唄を歌いながら無邪気に黒き森を歩いていた。

そんなメルに忍びよる魔の手が………


シュルル〜


" シュッタ、ドゴ〜ン "


魔の手を伸ばしてきたのは、エルダートレントだった。


メルは、一瞬でエルダートレントの懐に入り、正拳突き一発!


エルダートレントを破壊してしまった。


「もう〜失礼しちゃうわ〜気分良くお散歩しているのに〜

トレントは、なんで空気を読まないのかしら〜

そう思わない?シャドウ〜!」


シャドウは、思った。


(お嬢様。魔物に空気を読めと?

それと、トレントではなく、最上種のエルダートレントです。決して拳一発で倒す相手ではございません……ダンジョンのボス級ですよ。)


シャドウの嘆きに近い思いをよそに、メルはエルダートレントの残骸の枝の棒を持ち、振り回しながら、笑顔でお散歩を満喫している。

なんともお嬢様らしからぬ、お姿なのだ。


その時だった。シャドウが突然メルの前に出て、警戒する。


"ガルルル…"


すると、姿を現したのは白い鎧を来た騎士が十人ほど。


その騎士達は、メルを見て驚愕する。


「おい!娘!何故!こんな所にいるのだ!

ここを何処だと思っているんだ!」


メルは、その騎士の言葉に固まってしまう。


シャドウは、警戒している。


「おい!何とか言わぬか!」


メルは、その声に体をビクッとさせる。


すると後方から女性の声がした。


「隊長!何を喚いているのだ!

うん?女の子……それに、あっ。

シャドウ!シャドウじゃない!

……と言うことは、メル、メルちゃんなの?」


メルは、体をこわばらせ目には涙を溜めていた。


「あっ、わわわわわ〜。メルちゃん!

違うの!私達、めっメルちゃんの父様と母様に用があって来たのよ。

隊長!お前が怒鳴るから、メルちゃんがビックリしてるではないか!」


メルは、声を絞りだす。


「………悪い……こと…してない。

……父様も……母様も……悪いことしてないもん。」


メルは、涙を流す。


「ちっ違うの!めっメルちゃん!お姉ちゃん達、取り締まりに来たのでは、あっ!

待って!シャドウ!貴方からも、言ってよ!

シャドウ男爵!」


メルは、来た道を瞬歩で駆けていく。

涙を流しながら。

メルは思った。


(はっ早く父様と母様に知らせて、逃げて貰わないと!捕まってしまう!)


シャドウは、メルを追う。


しかし追いつかない。

こういう時のメルは早いのだ。

瞬歩を使いながら、木の枝をまるで鉄棒に見立て、大車輪をしながら猿のように木から木へと、移動していくのだ。


「なっなんだ!シャドウが追いついてないじゃない。

凄い身体能力ね!

おい!追うぞ!

このまま帰したらローザに、ケインに怒られる!お前ら、陛下のお孫様だぞ!

急げ!」


騎士達は、走る。

そのスピードでは追いつかないのは、明白だった。



メルは、家の庭に駆け込む。

そして、ローザに抱きつく。


「あら〜メルちゃん〜早いわね〜どうしたの〜?!」


「母様!父様も!早く逃げて!

捕まってしまう!」


「おいおい!何事だ?!

シャドウは?!

おっ!シャドウ!今ごろ到着か?!」


すると、遠くから声がする。


「お〜い!待って〜待ってよ〜」


メルは、その声を聞いてもう駄目だと思い、母ローザの胸で、泣きじゃくる。


するとケインが言う。


「なんだ。レナじゃないか!

一体これは、何事なんだ!」


「ハァハァハァ‥…違う違うのよ。

メルちゃんに勘違いされて‥…

騎士隊長が、まさか黒き森に少女が居るとは思えず問いただしたのよ!

それで、メルちゃんアンタ達を捕まえにきたと勘違いして……」


「レナ〜メルちゃんは警戒心が強いの〜

騎士が十人で取り囲んだら、勘違いしても〜仕方ないわよ〜」


「……でっでも騎士を見るのも、初めてではないでしょう。

陛下と王妃、王族がお忍びで会いに来てるのだから、騎士も同伴してるでしょう!」


「ハハハッ!騎士は、いつも黒き森の入り口で待っているのさ。

いつも、俺がシャドウと入り口まで迎えに行ってるからな。だから、騎士は見ることはない!」


「そっそうなんだ。」


「レナ!お前が悪いぞ!

なんで、お前がわざわざ騎士10人引き連れてやってくるんだ!

お前一人で黒き森なんて余裕だろうに!」


「そっそれは、森の中で魔法ぶっ放す訳にいかないじゃない!

だからよ!」


「レナ〜武術も剣術も〜全然ダメだもんね〜

でも、10人はやり過ぎでしょう。」


「……10人くらいで黒き森に来ないと‥

騎士が魔物にやられるじゃない!」


「……なんとも、嘆かわしい〜

フィリア王国近衛騎士が、黒き森の魔物ごとき一人で対応できないなんて!

そんなことで、陛下を守れるのですか!

由々しき問題ですわ!

ランド元帥は何をしているのかしら!」


ローザは、そう言うと近衛騎士に厳しい目を向ける。


「……まあまあ。ローザそう言わないでやってよ。

ここは、出てくる魔物はAランク、Sランクよ。

普通無理だよ〜。ここに住んでるアンタ達が、頭おかしいんだから。

でも、ローザ、ケイン!

いくらシャドウが護衛に付いているといっても、メルちゃんを黒き森を歩かすのはどうかと思うぞ!」


「ふん。何言ってんだ。レナ!

メルなら、この黒き森の魔物程度一太刀で屠るぞ。」


「えっ!まっマジで!」


すると、ローザがメルを抱き抱えて言う。


「メルちゃん〜泣き疲れて寝てしまったわ〜

ベッドに連れていくわ〜

レナ!大事な話があってきたのでしょう!

中に入りなさい〜。」


「あっそうね。

お前達は、この庭で休憩させて頂け!

ここは、特殊な結界が張られている。

魔物も来ない。安心して休め!」


「…なんて軟弱なのかしら〜」


ローザの言葉で、騎士達は下を向いたのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


家に入りリビングに通されたレナ。

お茶を一口飲み呟く。


「ああ。なんか疲れたわ。」


レナ。この女、元勇者パーティ魔法士である。年齢は、ケイン、ローザと同じ28歳。

この世界の西大陸では、最強と呼ばれた魔法士なのだ。

伯爵の爵位を与えられ現在、宮廷魔法士長の役職についているのだ。


「で、レナ!話があるんだろう?」


「そうそう!

では、陛下からの連絡で今日は来ました。

ラムザ王子が結婚されます。

それの報告よ。」


「それなら〜レナが来なくても良いじゃない。ただの連絡なら、"影"を使わせれば良いでしょうに〜」


「いや、慶事なことなのでそれなりの役職の者が連絡に回っているの。

それに婚儀が直近なので。」


「直近って、いつよ〜。」


「明後日。」


「明後日〜!なんで〜こんな急なのよ〜」


「それは、お相手が身籠られているから。

王子のスケジュール的に空いているのが、明後日しかなかったのよ。

だから、こうして連絡に回っているのよ。」


「相手は?相手は、どこの姫なんだ?」


「相手は、他国の姫ではないわ。

ウーゴ伯爵の妹君よ。名をキシリア様。」


「う〜ん。知らん。知らんな。」


「そら、そうでしょうよ!こんなとこに、引き篭もっているんだから!」


その時、リビングのドアが開いた。

メルが起きてきたのだ。

メルは、すぐにローザの後ろに隠れる。


「メルちゃん!お姉ちゃん、母様と父様のお友達!お友達なの!

わかる?わかるよね!」


メルは、ローザの後ろから少しだけ顔を出し言う。


「このおばちゃん〜なんか怖い〜」


「おっおばちゃん!おばちゃんじゃないの!

お姉ちゃん!レナお姉ちゃん!

メルちゃん!わかった?!お姉ちゃんだから!」


「ふふふっ。レナ〜メルちゃんは〜

警戒心が強いの〜

あんまり〜ヤイヤイ言うと〜嫌われるわよ〜サイラスも〜髭のオッチャンって呼ばれてるんだから〜」


「サイラスは!風貌からして、オッチャンでいいわよ!

けど私は、私は可憐なレディなのよ!

お姉ちゃんだから!」


「そうやって、ムキになるからメルちゃんに〜警戒されるのよ〜

ねえ〜メルちゃん〜!」


「うぐぐぐぐっ。この親馬鹿ローザ!

結婚してたら、おばちゃんでも良いけど、まだ私は独身なの!だからお姉ちゃん!」


「親馬鹿〜!聞き捨てならないわ〜!

私の何処が親馬鹿なのよ〜!」


「親馬鹿じゃない!

自然に囲まれて育った方が良いと!

こんな人が恐れて立ち寄らない黒き森で育てて。警戒心が強い?!

人と関わることが少ないからそうなったんじゃないの!?

これが本当の箱入り娘ってか?!」


「箱入り娘の何が悪いのよ!

ちゃんと〜王族のマナーは私が叩き込んでいるわ〜

それに、メルちゃんは〜天才なんだから〜!

レナ!アナタ西大陸最強の魔法士とか言われてるけど〜そんなの〜もう過去の栄光だからね〜

メルちゃんが〜世間に知られたら〜

その座は〜メルちゃんの物よ〜!」


「おっ!そこまで言うの?!

じゃあ、見てやろうじゃない!

親馬鹿もここまで来たら怖いわ!

私が、魔法で負ける訳ないのだから!」


「ふふふっ。面白いじゃない〜

レナ!表へ出なさい!

メルちゃんが〜アナタをぶちのめしますわ〜」


ローザとレナの口喧嘩から、メルとレナの決闘へと話が進んでしまったのだった。

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