第2話

 「パパ。」

 「し、そんなこと言うな。バレたら困るから、黙っていてくれ。」

 俺は冷たい声を出し、息子をいさめる。

 それなのに、「ごめん、ごめん。」と、息子は俯きながら俺の機嫌を取ってくるのだ。

 でも俺は反応を示さない、というかそれが悪いことだとすら思っていない。

 このロボットだらけの地獄に、息子を送り出してしまった。それについては後悔がある、がでも必死に守らなくてはいけない。

 みな、記憶を持っていないのだ、だから恋愛をすることもないし、新しく生まれてくる人間はたいてい、ロボットの意思に従っている。需要と供給のような感覚で、誰かが死んだ、そして新しい人間が必要になる、ならば誰かにそういう、プロセスを仕込んでやろうという手はずだった。

 正直、そら恐ろしい気持ちは隠せなかった。

 しかし、俺と同じで、記憶を持っている人間はきっと、このことを呆然としたようなまなざしで眺めているのだろう。

 誰も納得などできない、こんな状況を、でも俺は、この世界でほかに記憶を持っているという人間に出会ったことがない。

 いる、ということは知っている。

 噂っていうか、みんな、記憶はもちろん操作されていて、覚えていないはずなのにふっと、そんな話が持ち上がるのだ。

 だから信じている。

 そして、また『嘘つきの居場所』に真実を綴ることをやめるつもりはない。


 ボロくなった戸を、もう開けることもないのだなという感慨とともに、ゆっくりと閉じた。

 準備は万全だ、僕はもう外へ出ることができる。

 お父さんがぼくを匿ってくれていたこの場所は、本当にロボットたちの目にはかすりもしない。

 なぜか、奴らの認識能力に何か欠陥でもあるのだろうか、つまり、僕は愛し合った二人のもとに生まれた人間なのだと、何度も繰り返していた。

 お父さんは、死んでしまったお母さんの遺影に、いつも手を合わせていた。

 見たこともない彼女は、僕を生むと同時に無くなってしまったらしい。隠れて出産すると、そういう事があるのだと、悲しそうな顔をして父は言った。

 病院にかかりたくても、できない。

 しかし容態の悪くなった母は父に言ったそうだ。

 「黙ってて、私は誰にも見つかりたくないの。」

 童顔で、身長も低く穏やかな顔をしているというのに、彼女は低くそう呟いた。

 おかげ、と言って良いのかは分からないが、僕はロボットとほぼ関わることがなく成人するまでに至った。

 そして、今日旅立つ。

 したいことが見つかったのだ。

 僕は、父がずっと書いていたようなロボットに関する真実を、なんていう大それた話には関与しないつもりだ。

 だってどうすることもできない、というかあまりにもロボットが強大過ぎる存在で、なにかしよう、という発想すら湧かない。

 が、僕は決めていた。

 僕は、この世界にまだ存在するという、人間だけが暮らす場所へと足を進めることにした。

 それは、父から聞いた幻の場所、だが確実にある。この場所にいる人は誰も知らないらしいけど、記憶を持っている父は、はっきりと全てを知っていた。

 全てって、それが真実かどうか、確かめる手段なんて無いけど、でも。

 「行くか、荷物大丈夫。」

 僕は聞き手のいない言葉を呟いて、そこをあとにした。

 

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