嘘つきの居場所

@rabbit090

第1話

 「痛ぇ…。」

 ぶん殴られた跡が、滲む。

 数時間前、俺を襲った人物は、死んでしまった。

 そのことを知ったのは、ついさっきのことだった。


 「これ、回収しておいて。必要なものだから、よろしくね。」

 「………。」

 頼まれてしまったからには仕方がない、俺は手の中にでかいバスケットを持って走り出した。

 息を切らせながら、いつも世界を呪っている。

 生まれた瞬間から、俺たちは人間などではなかったのだ。

 

 ここには、何者にもなることができない中途半端な人間ばかりが集められていた。そして、俺は生まれた瞬間からここで暮らしていたらしい。

 「ただいま。」

 「おかえり。」

 ロボットは儀礼的に言葉を紡ぐ。

 俺は口を尖らせ、何かに不満を持った犬のように、一つロボットの野郎を小突いた。が、

 「お前何しとんねん。」

 やべえ。

 見つかってしまった、この世界は、人間よりロボットの方が存在として価値があるのだ。

 ぶん殴られる前に、逃げなくてはと足が勝手に動き、俺はそこを飛び出した。

 はあ、まあいいか。みんな馬鹿だから、きっとそのうちすべてを忘れてしまうのだから。

 そう、そうなのだ。

 今、ここで生きている人間は、この世界で生きている人間は、記憶を保つことができない。だから、対人関係も築けないし、名前も最早意味を成さない。俺たちは、だからロボットだけが頼りなのだ。あいつらの助けをかりることでしか、生きていくことができない。

 はずなのに、俺は違った。そういう人間をたまに見かける。

 記憶が、消えてはいない。

 けれど、仮にであったとしてもそのことをお互いに共有したりはしない。それがバレてしまうと、俺たちはロボットに抹殺されてしまう。

 この世界の支配権はロボットに、そして大半の人間はそのことに気付いてすらいない。むしろロボットなど自分が操っているとでも思っているのだろうか、とにかく。嘘だらけだとは思った、誰がこういう風に、世界を変えたのかと知りたい、問い詰めたいなんて思った時期もあったが、今はもっぱら別のことにしか関心を抱いていない。


 「はあ、着いた。」

 ここには、多くの花が咲いている。

 そして、

 「水だ!」

 多くの水が湧いていて、俺たちはそれを持って帰らなくてはならないというミッションを課せられている。

 正直、水は重いし、こんなことロボットにさせればいいじゃないかと思うのだが、奴らはそんなこと、するつもりなど毛頭ないのだ。

 ロボットに意識が芽生え始めたのはいつのことだったのか、そんなことを考えても意味などないというのに、俺は必死に今日を書き綴っている。

 いつか誰かが、この世界のおかしさに気付いてくれると願って。

 バスケットに詰めてきた食糧と、そして空の容器、そこにふんだんに水をため、俺は台車を手に、ゴロゴロと動き始めた。

 もう、体は限界に近い、最初は背中に背負っていた水も、今では台車を使うことでしか運ぶことができない。

 しかも、そのことで何度も、「ふざけるな。」と罵られたし。

 俺はぐったりと疲れた体を奮い立たせ、椅子に着く。

 本のタイトルは決めていた。

 装丁にまでこだわって、書き上げるつもりだった。これが、一生の証になるような気がして、俺は、全力を注ぐだけだった。


 『嘘つきの居場所』

 

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