episode 26 討伐完了、そして……。 -ミレイネス視点-

 

 とてつもない大きさを誇るヘルブリンガーがわたくし達の前に姿を現しました。神界には魔物と言う生物がいないので、これ程の巨大な生物を、肉眼で見たのは生まれて初めて。

 その巨大さは人間界で言うところの、豪華客船と同等と言っても過言ではありません。



「アステル、お1人で大丈夫なのでしょうか」


「普通の魔物と比べものにならないぐらいの巨大さだからな。強さも全くの未知だ」


「いくら神導の力を得たとは言っても、人間界で発揮できる力には制限があります。我々もサポートに入るべきでしょうか……」


「いや、アステルは1人でやりたいって言ったんだ。あたし達は信じて待つべきだ」


「……そうですね」



 アステルは神気を解放して、神威刀の柄を握ると目にも映らない高速移動で一瞬の内に全長20メートルにもなるヘルブリンガーの尾先まで移動していました。



「な、何と言う速さだ……精霊のあたしでも目で追いかけるのがやっとだぞ……完全に人間が出せるレベルの速さを超えている……!」



 わたくしが気づいた頃には既に、何撃か攻撃を繰り出しているところで、



「うふふ……アステルの戦いを目で追うのは至難の業ですね」


「何がおかしいんだ?」


「嬉しいのです。アステルの成長が」


「ふうん……」


「神威無双流・竜尾十烈斬!」



 と、アステルの掛け声が。あの技は精霊の洞窟の時に使った技。

 アステルは縮地を駆使してありとあらゆる所に高速移動して、いくつも竜尾十烈斬を放って行きます。

 

 本当に凄まじい速さ……。



「魔力を使って何とかアステルの神気を追いかけようとしているのですが、やはり人間では神気を感じ取るのは難しいです……」


「凄い奴だよあいつは……。益々惚れちまうじゃないか」


「…………」


「何泣きそうにこっち見てるんだよ、ミレイネス」


「な、何でもありません」



 そんな会話をしながら見ていたわたくし達が、次に気づいた時には竜尾十烈斬がまるで蜘蛛の巣のように張り巡らされていました。

 仕掛けられた神気のエネルギーは十字を描きながら一気にヘルブリンガーへ、衝撃波の様に飛んで向かって行きます。


 あの様な数の竜尾十烈斬を食らってはいくら巨大な怪物でも、一溜まりもないでしょう。

 


「相手を殺害する事なく神気を使って実力を出す為に、普段はシールドを使っていらっしゃったのですが、アステル、今回はシールドは使っていませんね」


「“討伐依頼”って依頼人のリューインに言われたからだろ? 殺さないと依頼達成にならないからだ」


「ええ。ですので今、ヘルブリンガーはアステルの100%の神気を使った攻撃に耐えていると言う事になります。恐ろしい耐久力……」



 この世に100%の神気に耐える生物が存在するなんて驚きです。SSランクも頷けますね。



「お、おい嘘だろ。アステルのあのとんでもない技をまともに食らっても、まだ生きてるぞ!?」



 ウルが驚くのも無理ありません。しかし着実にダメージは与えられています。あれだけの竜尾十烈斬を食らって動きが鈍くなったのは確かです。


 注意すべきなのは耐久力のみで、攻撃そのものは非常にスローペース。わたくしやウルでも簡単に避けられるぐらい動きが遅いので現状、アステルは無傷のまま猛攻が続いており、ヘルブリンガーはその動きについていけずにアステルの攻撃を受けている状態です。



「ふぅ!」



 スタッとわたくしの前に着地して戻って来たアステル。

 あの耐久力に苦戦を強いられて険しい表情を作っていらっしゃるだろうな。そう思って、わたくしは励ましの言葉を用意していたのですがアステルの表情は全く曇ってはいませんでした。

 逆にわたくしが、その顔を見て驚きの余り声もかけられなかったのです。



「体も温まって来たし相手も結構タフだから、ちょっと、レベル2の神気を解放してみるね」


「え? は、はい! 分かりました」


「一応被害が出ないように、この辺にシールドを張ったけど、念の為に2人共危ないから下がっててくれるかな?」



 わたくし達は言われるままに、少し距離を取って見守る事にしました。

 それにしてもレベル2の神気解放する、と言うのは?

 今まではまだ本領発揮していなかったと言う事でしょうか……。



「オォォォォォォバァァァァドラァァァァイブ!!!!」



 ギュイィィィィィィィィィィィィィィン!!!!!!



 神気の青いオーラがアステルの体から噴出しました。それはまるで勢いよく燃えている炎の様。

 あの変わり様……アステルの頭髪が濃密な神気に反応して、青白く輝いています。その神気なのですが、人間であるわたくしの目にも見えるのです。

 

 肉体を持ちながら、ここまで神気を高め発揮する事が出来るのはアステルの努力の賜物だと思います。

 とてつもないコントロール能力。神導の力と相性が良くなければこの様な奇跡的な力は出力出来ないでしょう。



「オーバードライブ? どんな技なんだ?」


「わたくしも初めて聞く名前の技です。前任の神導様が使われた神導の技や、神威刀の技などは全て把握しているわたくしが知らない技、アステルが編み出した技なのでしょう」



 神導に相応しい方だとは、貴方が誕生した時からずっと思っていましたが、まさかここまで素晴らしい才能を持った方だったとは……。


 左腕を水平伸ばすと、青い神気のオーラを纏った影の様なものがアステルの隣にいくつも出現して行きました。

 そして合図を出すと、その影は抜刀の構えをしながら次々とヘルブリンガーに斬撃を浴びせます。


 その一撃一撃が命中した部分が消えて無くなる程の威力を放ち、まるで虫食い穴の様に次々と穴が作られて行きます。

 そして止めの一撃に神威刀を突き立てて空から勢いよくヘルブリンガーの頭部目掛けて降下して来たアステルは、刀身を深く突き刺しました。



「ギシェァアアアアアアアアアア!?!?!!?」



 恐ろしい程の爆音が国全土に響き渡っているのではないかと思うぐらいの断末魔。

 耳を塞ぐ行為など無意味です。その影響でキーンと言う耳鳴りと立ち眩みが……これではまともに立っていられない……。



 ドスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!!!!!!



 巨体が倒れ周りの砂が散乱し、ヘルブリンガーの活動停止を確認しました。



「アステルの青い光のオーラが消えましたね」


「オーバードライブとやらを解除したのか。神気に反応して頭髪など体に変化をもたらすのは、それだけ神気の伝導率が高い証拠だ」


 

 オーバードライブ……その青い光は神々しくてとても美しい。初めてお会いした頃、まだ何も知らなかったあの時のアステルとは、見違える程神導の力を使い熟していますね。

 うふふ……本当に素晴らしい方です。



「アステル! やりましたね!」



 手を振って声をかけると、微笑んで下さいました。

 嬉しくて思わずアステルに駆け寄った時、突然呻き声にも似た雄叫びを轟かせながら、アステルの背後から飛びかかって来る巨体が……。



「アステ……」



 凄い……。


 アステルは背中を見せていたと言うのに、縮地で瞬間的にヘルブリンガーの頭上まで跳び上がったかと思えば抜刀の構えから一文字にわたくしの目前まで振り抜き、わたくしが名前を呼び終える頃には綺麗に真っ二つに割れて消えさってしまっていたのです。



「大丈夫? 怪我はないかい?」


「…………はい」



 鳥肌が立ちました。感動、愛しさ、感動、愛しさ、感動、そして愛しさと言う具合にわたくしの心は、アステルただ一色。

 この心、この気持ちは“好き”と言う概念では説明できない程に複雑でいて、けれどもシンプルでもあります。

 人間に退化したと思っていましたが、愛と言う意味では寧ろ進化しているかも知れません。

 体が、反応が、アステルを強く求めてしまっていると感じました。

 その結果、ポロッと気持ちが漏れ出てしまい、



「……欲しいです」


「ん?」


「アステルの赤ちゃんが……欲しい」


「……………………ぇ」


「は!? わたくし……い、い、今……何と言う事を……」


「おい!! 2人で何コソコソしてるんだよ!! ミレイネスは何で顔真っ赤にしてるんだ? アステル、何を話してたんだ? 教えろ!!」


「あ、いや…………な、なん、だったかなぁ……あははは。そ、そんな事より依頼達成したよ!」



 そうですね。無事に達成できて良かったです。



「ちっ……まあいいや。ヘルブリンガーって奴、確かに強敵だったと思うが、本当にSSランクの魔物だったのか?」


「それはわたくしも疑問に思いました。確かに耐久力と言うところでは規格外だと思います」


「アステルの、神気100%を何発食らっても生きてたからな」


「しかし、その他は特に突出する様なところはありませんでしたよね? 攻撃も特殊な魔術も何も使っては来ませんでしたし」


「うん、ただ大技を使う前に倒しちゃったのかも知れないけどね」


「その可能性もあるが、あんな巨体で知能がサンドフィッシュ以下なんて事はあり得ないだろ? 大技があるなら間違いなく使うはずだ。あたしはそんな技も何も持ってなかったと思う」


「それに多分だけど、ヘルブリンガーはそこまで攻撃的な魔物じゃない気がする。戦ってて感じたんだ」


「オォォイ!!! テェメェェェラァァァ!!!」



 急に背後からの怒声に3人揃って振り向くと、リザードマンが剣を振り上げながら凄い形相で迫って来ます。

 わたくしとウルは戦闘態勢に入ろうと身構えると、



「待って。僕が」


 

 そう言いながらアステルがわたくし達の前に。

 怒りを露わにして剣を我々に向けながら、今にもその刃で突き刺そうと言わんばかりに大声で叫びます。



「ナニしやがんだゴォォルルルアァァ!!! オレサマの獲物だったのによおぉぉ!!」


「俺様の獲物? さっきのヘルブリンガーの事かい?」


「アアン!? 何寝ぼけた事を言ってんだニィィンゲェェン!!! グレートシャークを今やりやがっただろうがヨォォォォ!!!」



 グレート……シャーク……?



「わたくしはミレイネスと申します。アルヴァニア王国にあるミラクルズハプンと言うギルドの冒険者なのですが、討伐依頼でこちらに参りました。先ほど討伐したのはヘルブリンガーです。何かの誤解ではないでしょうか?」


「アアン!? ネーチャン!! ヘルブリンガーがこんな所にいる訳ネェだろうがヨォォォォ!!! オレサマの獲物を返しやがれ!!! ずっと1ヶ月間、育てて丁度食べゴロになって狩ろうとしたら、テメェラがノコノコやって来て奪ったんだろうがヨォォォ!!!」



 全然話が噛み合わず、何かおかしいと思ったわたくし達は、彼と話し合う事に。

 そして判明した事実、それはこのリザードマンが仰る通り、アステルが討伐したのはどうやらグレートシャークと言うS級に分類される魔物らしく、ヘルブリンガーは遥か昔に絶滅したと言われいてる伝説上の魔物だったのです。

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