episode 22 勇者デリックの終演
「降参しろよアステル!! 卑怯者め!!」
「そうだそうだ!! 俺達の勇者になんて事しやがるんだ!! 早く降参して2度と大会に出てくんな!!」
「デリック様……ずっと今まで耐えて来たんだね……辛かっただろうね…………アステル!! お前は地獄におちろ!!」
散々な言われようだ。真実じゃないにしても、ここまで周りから言われたら本当にこれが真実なんだって錯覚してしまうから数の暴力って恐ろしい。
《あの下衆野郎!! マジでムカつく!! ちょっと言ってぶっ飛ばして来る》
《い、いけませんよウル! その様な事をすれば益々デリックの思う壺です! ここは抑えて見守りましょう》
《ミレイネスは悔しくないのか!? あたしたちのアステルがあんな事言われてるんだぞ!?》
《わたくしだって、はらわたが煮え繰り返る思いです! それは、も〜う! 裁きたいです! 才能(スキル)を取り上げて、寿命を取り上げて、徳を取り上げて、転生の資格を取り上げて、裁いて裁いて、地獄に送りたいです! 天聖の力があれば今すぐ行使していますよ! 勿論です!》
め、女神様がいつに無くヒートアップしていらっしゃる……。
「アステル、反論はないのですか? このまま黙り続けるのは貴方にとって更に不利になってしまいますよ?」
仕方ない。僕はこれまでの事を全て話す事にした。
剣聖のスキルを奪われた事、デブで無能な役立たずとして追放された事、オーガの件でクレイドさんの依頼、無償で受けなければならなかったものを、破格な値段で提示して受けなかった事。仲間を洞窟内に置き去りにした事、瀕死の状態の偉大なる精霊を助けなかった事、全部洗いざらい話した。
「そ、……そんな事信じられるかー! 嘘言ってんじゃねー!!」
と、言う感じに僕の話は全くと言っていい程、みんなには聞き入れてもらえなかった。腐っても勇者……だな。
「ううむ! どちらが真実を話しているのでしょうか! 個人的には……やはり勇者デリックの発言が正しいと思いますが……私は勇者の涙を信じますよ! しかーーし!! 私も今ここへは仕事で来ております! 公平な立場で審議したい! アステル、証拠となるものを提示出来ますか?」
公平な立場でと言いながら、僕にだけ証拠を出せと言うレフェリー。
証拠、そりゃあオーガの件だったり、セラ、ミンシャ、リースの件だったり、それぞれが証言すればそれが証拠となるんだろうけど、今何処にいるのかも分からないし、第一そんな事でわざわざここに呼び出す事が申し訳ないと思った。
だから証拠を出せって言われても僕は黙っていたんだ。
「レフェリー、分かっただろ? こいつは……アステルは平気で嘘をつくような人間だ。デタラメばかり言ってここにいるみんなを混乱させようとしてるんだ」
「なるほど! アステル・ランドベルクは一度審議にかけられるでしょう! 今回の事はアルヴァニア国王に一言一句逃さずお伝えさせていただきます! と言う訳で、全く予期せぬ出来事でしたが、勇者デリックの勝利で進めさせていただきたいと思います!!」
また会場が一つになってデリックコール。
このままだと僕は、訳のわからない罪で牢獄行きだ。だけど、もうほとんど周りはデリックの信者と化している。この状況をどうやって覆そうか。
とりあえず、申し訳ないけどウルに出て来てもらって説明してもらうしかないよな。
地神柱の精霊から話を聞けば少なくとも、今の僕よりは信じてくれると思う。
そんな事を考えている時だった。誰かが「待ってください!」と待ったの声が会場内に投げかけられたんだ。
「どうして?」
僕は思わずポロッと零す。武舞台に向かって歩いて来ていたのは、美女3人衆セラ、ミンシャ、リースだった。
彼女達がいきなり現れた事に対する〝どうして?〟もあったが、その隣にサリアさんと女の子、あとは井戸水の一件で話を聞いたトリークやその周辺の村の人達数名。
どう見ても彼女達がこの場に連れて来たと見て取れるように映ってしまった。
まるで、今の状況を全部分かってたみたいに。
「丁度良かった、キングスナイトのセラ、ミンシャ、リースだ。勿論みんな彼女達を知ってると思う。アステルがパーティーを抜けてから、特に戦闘に関して異変が起こった事をその身で感じたはずだ。特にミンシャはあのゴブリンに苦戦するぐれぇにまで能力が低下してやがった」
「勇者のみならず、自分の仲間にまで呪いをかけていたなんて…………最低のクズだ!!」
またデリックの一言で僕に暴言を飛ばして来る観客達。
中には持っていた飲み物や、その辺に落ちてる石なんかを投げ込んで来る者もいた。
ぞわぞわと会場が熱を帯びようとした時、ミンシャが会場へ向けて話し始める。
「私達は……アステルがパーティーを抜けた後、前人未踏のダンジョン、精霊の洞窟に挑みました。そこで出現したブラックゴブリンに苦戦しました。いつもなら一撃で倒せていたはずが、結局何発か撃って倒しました。デリックが話していた事はこの事を言ってるのだと思います」
「セラ、お前もそうだよな? みんな自分の力の違和感を感じていたはずだ。アステルがパーティーを抜けた途端に力が発揮出来なくなっちまった。リース、正直に言ってやれよ。怖がる事はねぇよ。こんなに大勢が周りにいるんだからな」
「確かにあたしの力も弱くなってた」
「ああ、そうだよな。もういいぜ、この俺が終わらせてやるからな」
「ほん……っっとうに、最低だよお前」
と、デリックの方を睨みつけて刺々しく吐き飛ばす。
「り、リース、それだとまるで俺が最低だと聞こえるぞ……。そうか、あの時の事を思い出して混乱してるんだな」
「はぁ? お前に言ってんじゃん最低男! みんな!! こいつの話は全部デタラメだから!! あたし達が証言するよ!! アステルが言った話が真実!!」
「うん! デリックの事だから実力で勝てないと分かったら、卑怯な手を使って無理矢理に優位に立とうするのは、いつもの手だね。アステルと一緒にいた時にサリアさん達の話を聞いておいて良かったよ。アステル、彼女も証言してくれるよ」
「アステルの話にもあった通り、私達は精霊の洞窟で地神柱の精霊様を発見しましたが、大勢の魔物が出現し、デリックは私達を置き去りにして逃げ去りました。アステルが偶然駆けつけていただけなかったら、今この場にいなかったでしょう」
「あたし達を救ってくれたのはアステルなんだよ! 魔物に取り囲まれていたところを助けてくれた! こいつは勇者でもなんでもない、ただの変態男だよ!」
この勢いにサリアさんも続いた。
「私の夫は、先日大量発生していたランクAに分類されるオーガの討伐依頼をキングスナイトにしましたが、200万キャルトを要求されました。そんな大金払えないと答えると、金も払えないのに依頼してくるなとこう言われたのです。私はそれまで世界の希望だと思ってました。本当にショック過ぎて…………」
深い溜め息を吐いて、また話を続ける。
「しかし、アステルさん達がオーガを討伐してくれたんです。しかも魔物に襲われるかも知れないからと、普通なら護衛の依頼が発生するところを、自分達はまだ冒険者ではないからと特に何かを要求される事なく、王都までついて来て下さいました。本当に頼もしかったです。そんな方が、嘘をついて騙しているなんて思えません!」
井戸水の一件で関わった人達、代表して1人の老人が話し始める。
「ワシらも同じですじゃ。本来なら費用がかかるところをアステルさん達は全くの無償で引き受けて下さりました。夜遅くまでかかりましたが、被害があった村全てを訪れ、ちゃんと井戸が使えるか調べられておりました。その節は本当にありがとうございますじゃ。我々も、アステルさんが嘘偽りを申しておるとは思わんですじゃ」
「……ここまでの証言、確かにわ、私もアステルが嘘を言っているようには思えなくなって来ました……ええ、……デリック? こ、これはどう言う……?」
「な、なぁんだよ!! 俺が嘘ついてるとでも思ってんのかよ!!」
信者だった観客も少しずつ疑問を持ち、ざわざわとし始める。
「て、てめぇらぁ……!!! 俺は勇者だぞ!? 俺の言う事が真実に決まってるだろうが!! 勇者が嘘つくと思ってんのか!! ああ!?」
「デリック、人間って強く無くていいんだよ。人間は弱い生き物なんだよ。だから支え合って生きて行くんだ。誰かより強いって錯覚してる人間は他人を傷つけてしまうから。弱さを受け入れる事が本当の意味で強さなんだよ」
「はぁん!? てめぇどんな手を使ってこいつらを手懐けたんだ!? 俺をこんな惨めに晒しやがって!! いいか!! てめぇだけは絶対に許さんからな!! 覚えておけよ!! アステル!!!」
捨て台詞を吐き散らすと、何処かへ逃げて行った。
こんな状況でも〝逃げ〟を選んだんだな、デリック。
この一件以降〝勇者デリック〟と呼ぶ者はいなくなった。
しかしこの時の僕はまだ知らなかった。デリックが復讐の鬼となる事を。そしてそれはアルヴァニア国を巻き込んだ大きな事件になる事を。
第1章 無能デブ、神様になる 完
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます