episode 21 降参 -デリック視点-
ただの鞘の突きで身体中が粉砕骨折したみてぇに痛ぇ。
どんな技を使いやがったんだ……。
「お……おぉっと……ゆ、勇者デリックに致命的な一撃が入ったぁぁ!!! デリックが闘技王の座についてからこんな事あったでしょうかぁぁぁ!!! ついに!! ついに王の座から引き摺り下ろされてしまうのかぁぁぁ!!!!」
《だ、大丈夫なのですかぁ? 勇者たん……。勇者たん? 勇者たん!? 勇者たぁん!? 勇者たぁぁん!?!?》
「ゆ、勇者たん言うなー!!」
くそぉ……叫んじまって肋に響いて痛ぇじゃねぇか。なんだって俺んとこの精霊はこんなに騒がしい奴なんだ。レエナめ、力に制限かけやがったな。
「俺はもっと力を寄越せっつったよな! 何で制限かけてんだよクソ幼女!!」
《はわ? あ、いえいえ! 魂の契約時と同等の精霊力をご奉仕したのです! だけど……勇者たんの今のレベルでは……レエナの精霊力をコントロール出来ないのですぅ……。勇者たん自身のレベルが圧倒的に低すぎるのですぅ……》
「お、俺のレベルが低いだぁ!? そんな事がある訳ねぇだろうが!! 俺は勇者だぞ!? てめぇの力がへなちょこなんじゃねぇのか!? 三流精霊め!!」
《な、なんて事を言うのですかぁ!! だってだって……勇者たん、そもそもの基礎魔力がゴミなのです!》
「ご、ご、ごみぃひぃぃ〜!?」
《ただ、今回は相手が悪かったのです。まさか神導様がご降臨なされていたとは思わなかったのです》
しんどうさま? 何を言ってんだこのクソ精霊。
魔力が底を尽きかけてる。ギグドラーンを持つ魔力すら俺には残されてねぇ。このままだと試合続行出来なくなる。俺は……負けるのか?
あんなクソデブ無能野郎に……。
何かあるはずだ。戦いで勝てなくてもこの試合に勝てばいいんだ。何か手があるはずだ。何か……。
◆
-アステル視点-
僕は子供の頃から上手く話せなかったから、ずっと言いたかった事を彼に伝えた。
それは厳しい言葉だったかも知れない。
セラやミンシャ、リースにも言った通り、僕自身もデリックと向き合わなきゃならないんだ。
「ぐぅぞぉぉ……!!」
まだ立てないデリックに憐れみの視線を送る。
デリック……何処で道を間違えてしまったんだよ。
彼からすれば僕は無能な役立たず。勇者に覚醒した自分が、無能に負けるはずがないんだと。だから今起こってる事実を受け入れられないんだよね。
その受け入れられない事が彼の弱さだった。
僕は……元の君に戻って欲しかったんだ。子供の頃一緒に勇者ごっこして遊んだ日々。どちらかが勇者になったら、世界に必ず平和を取り戻すんだと誓い合った。
念願だった勇者に目覚めたのに君は修行を怠り、地道に修行を重ねて来た僕との力の差はどんどん開く一方。
僕が差し伸べた手は、彼を更に堕落させて行った。それは僕の過ち。
君は強がって見せるけど心が抉れて深く傷ついている事は分かってる。
あの日、追放された日、本当の事は言いたくはなかった。僕さえ黙っておけば勇者デリックでいられたんだ。
だけど、それは解決にはなってなかった。臭い物に蓋をするじゃ意味がないんだ。
追放された日も、そして今日も僕は真剣な思いをデリックに伝えた。
もしかしたら……もしかしたら君の目が覚めるかも知れない。間違いに気づくかも知れないと思ったんだ。
「て、てて……んめぇぇ〜!! よくもぉ……ごぉんなぁ恥を…………かかせやがっだなぁぁ!!」
ギグドラーンを捨て、素手で殴りかかって来たデリックのスピードが明らかに低下してる。もうまともに戦える状態じゃない。ギグドラーンを持つ魔力さえ今のデリックにはないんだな。
彼の攻撃とも言えないパンチを避ける事もせず殴られ続けた。勿論、こんなパンチなんのダメージもないよ。
「へ、へへ……おいどうした。流石のてめぇも電池切れか?」
「デリック……もうこれ以上は見ていられないよ。次の一撃で終わらせよう」
「くくく……くくくく……あっはっはっは!!」
急に笑い始めるデリック。不気味さを醸し出して、話しかける事も躊躇ってしまうぐらいに奇妙だった。
暫くすると〝降参〟と一言僕に告げる。そうか、僕にやられるぐらいなら降参した方が潔いと思ったんだね。
そう思ったんだけど……。
「おいクソデブ。てめぇなんか勘違いしてねぇか? 降参すんのはてめぇの方だよバーカ」
「僕が? 悪いけど僕は降参する気はないよ」
「するんだよてめぇは。俺がこれからある事を暴露するとな!」
「暴露?」
ある事を暴露する? 何を言ってるんだデリックは。
「おいレフェリー! 一旦試合を止めてくれ!」
デリックの一言でざわつく観客達。暴露って僕の何を暴露するんだろうか。
降参しなきゃならないぐらいの暴露……? 全く心当たりがないんだけど。
とりあえず僕は、このまま彼の話を聞く事しか出来なかった。
「ここにいるほとんどの人間が知ってるだろう。俺とアステルは同じパーティーにいた。アステルはキングスナイトで剣聖として俺達を助けてくれていた」
デリックの表情は重く悲しく、そして何かを言いにくそうな雰囲気をこの場に漂わせた。
僕だけじゃなく、ここにいるみんな同じ気持ちになったと思うんだ。
「こいつは俺の幼馴染だ。ずっとガキん頃から一緒に勇者を目指して育って来た。どっちかが、いつか勇者になった時には、絶対に平和な世にしようって誓った事もあったんだ……」
そうか、覚えていてくれたんだね。
デリックの目に薄らと涙を見た時、僕も感情が溢れて来た。
「…………だが」
と、涙ながらに急に僕を睨みつける。
「アステルは……こいつは……、俺が勇者になった事を妬み、俺が勇者として活躍出来ねぇように、幼馴染を利用して俺に助言しやがったんだ。修行なんてする必要ない、勇者なんだから周りの人間を利用しろ、俺に非道な道を歩ませるよう仕向けたんだ」
「…………何を言ってるんだ……デリック」
「正直俺は怖かった。まさかあの優しかったアステルが、こんなクズだったなんて……だから、俺はこいつに追放を言い渡したんだ。幼馴染としてずっと一緒にやって来たが、苦渋の決断だったが……これ以上もう耐えられなかった。周りの人間が傷つくのが耐えられなかったんだ」
デリックの話はまだ続く。事実無根なのに僕は何の言葉も出て来なかった。
全くのデタラメ過ぎる内容にまさに開いた口が塞がらない状態。
僕に負けるのが嫌で苦し紛れにこんな事を話してるのは分かるけど……少しでも君が間違いに気づくだろうって思った僕を憎みたい。
デリックは僕の想像の何倍も卑怯で最低な人間だったんだ。
「追放された腹いせなんだろうな。俺も最近気付いたんだが、俺はアステルに呪いをかけられてしまったんだ。ここにいるみんなも気付いたはずだ。勇者である俺が全く手も足も出ず、ボコボコにやられた事を。俺はこいつにかけられた呪いのせいで力が発揮出来ないようにされちまったんだ」
「デリック、そうまでしても負ける事が嫌なんだね」
「アステル! 頼むからもう辞めてくれよ……こんなんで俺に勝って何になるんだ! こんなの正々堂々を誓う闘技大会であってはならねぇ事だ……降参してくれ」
落胆した顔を僕に向け、そう言い放つデリック。
するとその話を信じた観客達が「クズ野郎」とか「降参しろよ」とか色んな暴言が会場に飛び交って、その声がどんどん膨れ上がって行く。
「え、ええっと……アステル、これに対し、何か言いたい事はありませんか? もし事実なら貴方は犯罪者として裁かれるでしょう!」
レフェリーが僕に向けて強く言葉をぶつけて来る。
彼を含めここにいる全員がデリックの味方になっていたんだ。
みんなの目に映っているのは悲しみ涙する不幸なデリックだろう。その裏側にニヤついた笑みで笑う顔がはっきりと僕には見える。
どんなに嫌な人間でも、必死に話せば分かってもらえるかも知れない。僕は今日までそう思って生きて来た。
だけどデリックは、そんな甘い考えで向き合ってはいけない人間なんだと思ったよ。
そこまで真実を曲げてまで、みんなを騙し僕を悪人へと陥れるなら、僕も……甘さを消すよ。
そう思いながら、最低最悪な悪魔を睨んでいた。
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