episode 18 勇者の対戦相手 -デリック視点-


 何でだ? あんな不細工の無能デブに何であんな信じられねぇ奇跡みてぇな女が2人もついてんだ?

 あいつら、俺の誘いを断りやがった……今までそんな女に出会った事が無かったから驚いたが、よりにもよって1番賑わってる日に大勢の前で……あんな屈辱……ムカつくぜ……。


 デブよりも劣ってると言われてるみてぇでよ。



「俺が!? あんなクソデブなんかにぃぃ!?」


「ゆ、勇者たん! し、静かにするのです!! み、みんなこっち向いてるのですぅ!」


「うっせーよバカ! 今考え事してんだから話しかけんな!」


「ゆ、ゆゆ……勇者たぁん……」



 ゴーンゴーンと言う鐘の音が耳に入る。まもなく闘技大会の試合開始か。アステル、覚悟しておけよ。

 気づいたら今の俺はアステルと戦う事だけを考えてたんだ。

 ボコボコのギッタンギッタンにしたあと、勇者である俺に跪かせてやるんだ。

 一丁前に剣なんてぶら下げやがって。スキル無しで魔力もねぇてめぇが、勇者である俺に剣で勝てる訳ねぇんだよ。


 俺のギグドラーンで……と、思った時思い出した事があったんだ。

 鞘に収まってる間は力を表に出さねぇが、引き抜くと力が解放されるっつってたな。

 あの3人、急に俺のところにやってきてギグドラーンを持って来やがったんだ。

 あの洞窟から戻って来れたのは、デブのおかげだなんて戯言だと思ってたが、地神柱の精霊が奴と一緒にいた事も考えると、どうやら嘘は言ってねぇみてぇだな……。

 修行するとか言ってあいつらどっか行きやがったが、使えるようになったらまた拾ってやるか。


 ボムパンサーとでっけぇ獣を1人で倒し、死にかけてた精霊まで助けたっつうのか……あのクソデブたった1人で?



「いや! そんなのまぐれに決まってる! どうせあの銀髪の女がとんでもねぇ魔術の使い手なんだろ! そうだ、絶対にそうだぜ! 賢者、いや下手すりゃ聖女クラスかもな」



 独り言を吐いてたら、ウルウルと瞳を潤わせるレエナと目が合ってしまう。



「何泣いてんだよ」


「うぇーんなのです! だってだって、勇者たんが急に怒って、むんむんカチカチなのですぅ!」


「ああ? 俺は別にてめぇにはキレてねぇよ」


「ほ、ほんとなのですか?」



 そうだ。こいつの精霊としての力を貰えばギグドラーンを引き抜ける力が身につくかも知れねぇ。



「本当だ。俺も少し気が立ってたんだ。悪かったな」


「そうですかぁ。それならレエナは全然大丈夫なのです!」


「なあ、魂の契約やらねぇか?」


「はえ? 急にどうしたのですかぁ?」


「倒さなきゃなんねぇ奴がいるんだよ」


「あ! もしかして」



 と、閃いたと言わんばかりにポンッと手を打ったレエナ。

 実際にそんな動作をする人間を初めて見たな。

 まあ人間じゃねぇが。



「先程、地神柱の精霊たんといたあの黒髪の? 闘技大会と言うお祭りで戦うのですか!?」


「まあな」


「ほぇー! 勇者たんもかなり挑戦的な人だったのですねぇ! そう言う事ならレエナも応援するのですぅ!」



 挑戦的な人? 俺が何で挑戦的な人なんだよ。

 なんかよく分からんが、応援してくれるっつうのはつまり、



「契約やれんのか?」


「むぅ……いえいえ、魂の契約はまだ勇者たんを見極められていないからやらないのです。だけど一時的なものなら力を捧げられるのです! 逆にこれでレエナ、見極めるなのです!」


「……何でもいい、力を貸してくれんだな?」


「はいなのです!」



 早速、その一時的な精霊のサポートを受ける儀式を行う。

 儀式と言っても、レエナの呪文詠唱を待つだけ。詠唱は1分ぐらいで終わった。

 暫く待ってると、魔力がみるみる漲って来やがった。



「はい、これでレエナの恩恵が得られたのです! 前にも言ったけどレエナは風と雷を得意とする精霊なのです!」



 試しに聖剣ギグドラーンを引き抜いてみるか。



「……よし、この前みてぇに重くなんねぇ。問題なさそうだな」



 くっくっく……いいぞ。ギグドラーンさえ使えればこっちのもんだ。死なねぇ程度に痛めつけてやるよ。


 闘技大会の会場は王都アルヴァニアのど真ん中にあるドーム状の建物だ。

 ここでは様々な催し物が半月に1回ぐれぇのペースで開かれている。

 中でも戦闘祭は試合に参加する奴らだけじゃなく、見ている観客も熱くなれるスポーツ的な盛り上がり方を見せやがる。

 他国からも戦士として観客としてやって来る程の規模だ。


 既に試合会場には観客がビッシリと埋まってんな。まだ始まってもねぇのに「うおぉぉぉ」って言う男の声援と「きゃあああ」って言う女の声援が混ざって、まるで地響きのように空間が揺れてんだよ。



「相変わらず……とんでもねぇ熱気だな」


 

 俺が戦闘祭に参加したのはキングスナイトを結成してから3ヶ月後。それから毎年、完全勝利で俺は優勝してるんだよ。


 無能スキル無しデブもそれを間近で見てきたはずだ。

 あの時も奴のサポートの恩恵が仮にあったんだとしても、それでも俺がスキル無しのてめぇに負けるはずがねぇ。

 確かに俺は以前より弱くなった。それは認めるが、今レエナの力で再び力を取り戻した。

 

 ギグドラーンも軽く振るえる以前のような力が戻ったんだ。

 奴もこの会場のどっかいやがるんだな。首を洗って待っとけクソデブ。



「大会に出場する戦士達は、武舞台までお越しいただいて速やかに抽選を行って下さーい!」



 会場内にアナウンスが響く。

 武舞台っつうのは実際に試合をする円形の闘技場の事だな。

 既に抽選はほとんどが終わってるみてぇだが、俺も抽選くじを引いて係員に渡す。



「やや! デリックさん! 今回はもうご出場されないのかと思ってましたよ〜!」


「ほらよ」


「……Aブロック11番ですね!」



 Aブロックの11番……隣の12はまだ空白だな。



《勇者たん! レエナの声聞こえるのですか?》



 ん? レエナ? 何処だ?



《あれれぇ……。聞こえないのかなぁ。レエナなのですよ! レエナの声聞こえるのですか! 勇者たぁーん! 勇者たぁーん! ……………………デリック》


「てめ、何呼び捨てで呼んでんだ? あ?」


《あひゅん!? き、聞こえてるなら返事をして欲しいのです……》


「これはなんだ? テレパシーかなんかか?」


《はいなのです! テレパシーなのですぅ! 勇者たんのご活躍を拝見させていただく為に、観客席を取ろうとしたら、全部埋まってしまっていたのです……レエナは何処で勇姿を見ていればいいのですかぁ?》


「ちっ、俺が係に言って手配してやる」



 いつの間にかいなくなったって思ったら、観客席を買いに行ってやがったのか。

 つうかどの道、空きがあっても金もってねぇじゃねぇか。



「これでご出場される戦士が全て出揃いました!」



 ざわざわと周りが話し始める。毎回の事でもう慣れたが、勇者である俺と対戦相手、どっちが強いのか、今回こそ俺が負かされてしまうんじゃないだろうか、そんな評価みてぇな事をボソボソと所々で分析してやがる。


 これは勇者として生まれてきた、また強くなってしまった俺の受けるべき定めなんだ。

 毎年聞くいつもの話の流れの中に急に〝アステル〟と言うワードが入って来やがったのを俺は見逃さなかった。



「お、おいおい勇者デリック対元剣聖アステルの試合だってよ!」


「アステルって、アステル・ランドベルクか!? あのキングスナイトにいたって言う……」


「ああ、しかもスキル無しって話だぜ……」


「何だよ、だったら勇者デリックが圧勝じゃねーか」


「……これは噂なんだが、アステルは精霊を従えてるらしいぜ。もしかしたらもしかするかも知れないぜ」


「ま、マジかよ……そんなすげー奴だったのかよアステルってのは! のわはは! 血が滾(たぎ)って来やがったぜー!!」



 まさか1回戦目で当たるとはな。

 くっくっく……いいぜ、あいつの絶望する顔を民衆に見せてやるか。


 武者震いとはこの事だな。待ってろよアステル……!

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