episode 19 神様VS勇者


 対戦表にはAブロックの11番にデリック・ヴィルドール、12番にアステル・ランドベルクと書かれていた。

 1回戦目からデリックと戦うんだな。

 僕は戦士の控室の隅っこで座り、神威刀を肩にかけて待機していた。

 控室は同じ会場内にあって、試合をする武舞台とは少し離れているんだけど、1つの生き物のように唸る歓声で耳が麻痺してきてる……。

 僕はいつもデリックの試合を武舞台の近くで見てきた。

 〝勇者デリック〟は戦闘祭でその名を知らない者がいないぐらい毎年優勝してる最強の戦士として余りにも有名なんだけど、本物の実力で彼が勝ち登って行った訳じゃない。

 僕は負ける勇者を見られたくはなかった。だって勇者はみんなの希望だから。幻滅して欲しくなかったから、試合のときも剣聖の支援魔術〝十聖闘気陣〟を使ってしまっていた。

 

 それが僕の1つの過ち。今のデリックを作ってしまったのは僕なんだから。



《アステル、見守っていますよ》



 女神様からのテレパシーだ。



「う、うん。あ、ああ、ありありがとぅ……」



 とぅって……。最後でなんで噛むかねぇ……。

 観客の声がいつまでも鳴り止まない。これは勇者デリックへ向けた期待の歓声。



「デーリック!」「デーリック!」「デーリック!」「デーリック!」「デーリック!」「デーリック!」「デーリック!」「デーリック!」

 

 

 恒例のデリックコールだ。こんなにみんなが勇者の事を期待してるんだよ。



「さあぁぁぁぁ!! やって参りました戦闘祭っ!! 今年の対戦カードは熱い戦いが見られる事間違い無し!! 高いお金払った価値が大いにあるでしょう!! しかーーーも!! 1回戦からそれが見られるんですよぉぉ!!! みなさぁぁぁぁーーん!! 分かってますねぇぇ!?!? そう!! 我らが世界の希望!!! 勇者デルルルリィッッッキュゥゥゥゥ!!!!!!!!」


『うぉぉぉぉぉぉーーー!!!』



 熱くなり過ぎて司会の人デリッキュになってるよ……。

 武舞台を踏んだデリックが周りの観客に手を振りながら、大きな薔薇の花束から1本ずつ抜いて投げて行く。男性、女性問わず、その薔薇をキャッチしようと夢中になる観客達。毎年の恒例行事だな。



「そしてそしてぇぇぇ!!! 今回対戦するのはぁぁぁ!!! 元キングスナイトのメンバァァァ!!!!! アステル・ランドベルクだぁぁぁ!!!!」



 今になって気づいた事がある……。

 僕は、目立つ事が限りなく苦手みたいだ。武舞台に立って初めて気がついたよ。足が震える。周りの目が僕とデリックに注目してるって思うだけで……まぁ、ほぼほぼデリックなんだろうけど。



「おいクソデブ、見ろよ周りを。お前は失態を晒す事になんだぞ。くっくっく。まさかてめぇも1回戦目から俺に当たるなんざ夢にも思わなかっただろうな!」


「…………」


「ったく、てめぇみてぇな会話もまともに出来ねぇクソデブの能無しが、何であんな美女それも2人をものに出来たのかマジで分かんねぇ! 剣の腕前なら勝てるってか? ああ?」


「…………」


「何とか言えよクソが!!」



 言いたい事は山の様にある。あり過ぎて整理がつかなかった。それと、こんな最低最悪な人間でもまだ世間では世界の希望なんだって思った時、彼らを幻滅させてしまう事がこれから起こる事に僕は正直戸惑っていた。


 僕さえ負けてしまえば、デリックは恥をかく事なく勇者でいられるんだから。みんなの希望、勇者を壊してしまう。

 いいのか……本当にそれで。



「試合は3分! 武器の使用は認められていますが、相手を殺してはいけませぇぇん!! 魔力が尽きたとこちら側が判断した時点で勝敗をつけさせていただきまーす!!」


「へっ3分持ってくれよ? スキル無しさんよ」


「第1回戦!! はじめぇぇ!!!」


《アステル……貴方に責任はありません。貴方は優しいからご自分のせいだと思い悩んでいらっしゃるのでしょう。ここからでも分かりますよ。わたくしも悩んだ事がありました。しかし、仰ったじゃありませんか》


「ほらどうしたクソデブ! かかって来いよ! 本当にてめぇにそんな力があんのならな!」



 勇者の素質がないのは、デリック自身の問題……か。

 ふふ……凄いよ女神様。もう僕の心は読む事は出来ないのに、僕の表情だけで考えてる事が分かっちゃうなんてさ。

 でも、これで吹っ切れた! やっぱり間違いは正さなきゃならないんだ。ここで僕が負けてしまったら、デリックの為にならない。



「ぐわっはっはっは! なんだよ、やっぱりハッタリじゃねぇかよ!」



 デリックは背中のギグドラーンを引き抜いた。

 ん? 引き抜けたんだ。だけどあの魔力……。



《空神柱の力を感じる。精霊の支援を受けてるようだな》



 今度はウルからのテレパシー。2人とも僕の心読んでる? ってぐらいタイミングバッチリなんだけど。

 そうか、精霊の力を貰ったんだ。



「その腰に下げてる細い剣はなんだぁ? 飾りもんかおい。さっさと抜いてかかって来いよデブ!」


「…………ぬ、ぬ抜くまでもな、な、ない」


「あ? 抜くまでもねぇだぁ? 随分余裕だな。そうか、そんなに早く決着つけてぇなら…………こっちから行ってやんぜぇ!!!」



 デリックは、ギグドラーンを構えて真正面から突っ込んで来る。

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