episode 7 恋愛レベルゼロ
「わざわざこんな所まで……なんとお礼言ったらいいのか。ですが何もお礼するものがなくて……」
「そんな、お気になさらないで下さい」
「本当にありがとうございます。ミレイネスさん、お美しい方ですね。まるで女神様みたいです。ん? ミレイネス……そのお名前……何処かで聞いたような」
「うふふ」
僕達は王都アルヴァニアに来ていた。
サリアさん達と会った洗礼の森から、大体徒歩で1時間北上すると王都がある。
森から王都まで色々と調べながら進んで来たんだけど、魔力だったり形跡だったり、ご主人のクレイドさんらしきものは結局何も見つからなかった。
だけど、見つからなかったって言うのは何も悪い事じゃない。
だから僕は、希望はあるから諦めないで下さいってサリアさんに伝えたんだ。
「アステルさん、本当にあの勇者様と同じパーティーにいた方なんですよね?」
「は、ははい。そ、そそうですけど……」
「私からすれば、貴方の方がよっぽど勇者様です。クビになったってお聞きしましたが、あの様な連中と一緒にいない方がいいです。本当にありがとうございました」
僕に深々とお辞儀をした後、少女の手を引いたサリアさんはゆっくりと歩いて行った。
「おにいちゃん、ばいばぁーい!」
「ば、ばばいばい!」
小さな腕で一生懸命手を振る少女に感化されて僕も手を振り返した。
あ、そう言やあの子の名前、聞いてなかったな……。
「デリック・ヴィルドール。アステルの幼馴染の勇者……」
サリアさん達の背中を見ながらボソッと言葉を零す。
人間に人生の助言と才能を与える女神様……か。
デリックに勇者の才能を与えたのも勿論ミレイネスだ。
いや〝才能を与える〟って言うのは正確じゃないな。
幻界で修行した時に天聖についても学んだから分かった事なんだけど、正確に言うと天聖は才能と言う卵を孵化させる役割を持つ神様なんだよ。
元々人間って才能の卵を持って生まれて来る。だからデリックも僕も生まれた時から既に、剣聖や勇者の才能は持っていたんだ。
その才能を開花させるのが女神ミレイネス様の役目。
だから彼女がデリックに勇者の力を与えたと言うのは間違い。
だけど凄く落ち込んでる。
自分のせいでサリアさん達を苦しめてしまったって。
彼女はそんな場面を神界からこれまで何度も何度も眺めていたんだ。
ミレイネスの辛そうな表情を見ると耐えられない。
何か、何か言ってあげないと……。
「で、でで、デリックが、ゆ、ゆう、勇者のそ、そそ、素質がな、なな、ないないのは、で、デリックじ、自身のも、もも、問題な、なんだ」
「アステル……」
だからミレイネスが気にする事は何もないんだよ。
ぎゅるるる〜。
あ……。
「え!? い、今の……お腹の音?」
僕の腹の虫が豪快に鳴っちまった。
いや、そろそろ鳴りそうな予感はしてたんだが、よりにもよって慰めてる時に……。
「うふ……うふふふ」
あ、笑ってくれた。
うんうん、やっぱ女神様は笑ってないとダメだよ。
「うふふ、お食事にしますか? そう言えば人間界のお料理でずっと食べてみたかったものがあるんです!」
「な、な何?」
「ブリラントシュールの霜降りステーキ!」
「!?!?!?!?」
ブリラントシュールって超高級肉ですやん……。
しかも霜降り肉。僕はミレイネスに見えないようにして左腕に嵌ってる腕輪に手を滑らせる。
すると小さな光の窓が現れて数字が表示された。そして1番見られたくないタイミングで、横から顔を出してその数字を覗き見る女神様。ちょっと全財産バレちゃうから見ないで!
って、言う勇気もない。まあこんな至近距離で女神様を眺められるのなら安いもんですわ。
いい匂いで僕のお鼻が幸せ過ぎるぅん♪
「確かその腕に嵌っているものは、キャルトバンド……と言う名前でした? 青く光る数字が書かれていますね。えっと……6……」
「あ、あ〜あぁの! し、しし、しず静かに!」
「は!? も、も申し訳御座いません!! そ、そうでしたね……お金ですものね」
ふう。分かってくれてよかった。
そうなんだよな、6万ちょっとか……。まあ一応ご馳走は出来るんだけど……。
って、今顔をチラッと一瞬だけ見たら……もうダメだ。食べさせてあげたくなっちゃう。
そうだ、気が付かなかったが異性と2人きりで食事って人生で初めてだぞ。
しかも僕の事を好きだと言ってくれてる女神様だ。
行くしかねぇだ!
「た、たた、食べにい、いいこう」
「わぁ⭐︎ 食べられるのですか♪ やったー!」
何……やったーって。何この無邪気な女の子。
大人の美しさの中に子供のような無邪気さ、このギャップにまた腰が砕かれそうな予感しかしない。
「こう言う風にして歩くと、幸せを感じられるって聞きました」
「あ、へぁ!?」
「うふふ……確かに幸せです」
いきなり僕の腕に女神様のしっとりとした真っ白い腕が絡まったんだ。そら奇声も出るって……。
腕で触れてるだけでも感覚が伝わって来る。柔らかくてほんのり冷たい。
信じられないが今、女神様と腕組んで歩いてるんだよ。
全神経が腕に集中して意識を保ってられないんだが……周りからは、美女とおデブと言う違和感しか感じない組み合わせに、すれ違う人に何回も振り向かれてる。
「ねぇ……あれってアステル……だよな」
「え、何あの美人……綺麗……」
「おい、今のアステルだろ。何であんな美人と腕組んで歩いてんだ?」
「ちょっと! あんた何処見てんのよ!」
「あれ見ろよ……や、やべぇ……すんげぇ美女だぜ」
「何よ女なんかに見惚れて! …………本当。何処の国の王女なのかしら……」
優越感、確かに感じてた感もしれないけど、そんな事よりも僕も女神様に見惚れてしまって頭がお花畑状態。
そこで記憶がプツッと途切れてしまって気がついたら公園……どうやらベンチに寝ている模様。
「アステル? 大丈夫ですか?」
「え、あ、あ……う、うん」
「はぁ……良かったです。もう、心配したんですよ」
それは申し訳ない。自分でも記憶が飛んでよく分からんのです。
そんな事よりも、だ。
この状況を判断するに、今僕はベンチに仰向けになって寝ている状態だ。ミレイネスのお顔が空を塞いでる。
そして後頭部から温もりと柔らかな感触。
こ、これ……って、ま、まままさか……ひ、ひざ、膝枕ッ!?
まだ恋人関係にもなっていないのに腕を組んだり、今度は膝枕だと……早過ぎる。
僕は飛び起きて、女神様から距離を取った。
「ど、どうされました? 居心地悪かったです?」
「いご、ごご」
「そうですか……おかしいですね。こうすれば幸せを感じられると学んだのですが……」
いや、居心地はいい。めちゃくちゃいい。
だけど何もかもが初めての僕には、刺激が強すぎて直ぐに満タンになっちまうんです……。
満タンって何だ……。おいアステル、お前心の中までもついにまともに話せなくなってしまったのか。
どうやら僕は腕を組んで歩いてる途中から、ぼーっとしていたらしく、気分が悪くなったのかと心配したミレイネスは、近くの公園のベンチで休憩する事にしたんだって。
情けないよ……。
気がついたらもう陽が落ち始めてる。
ブリラントシュールの霜降りステーキ、今からお店に行っても入れないだろうな。
「ご、ごご、ごめん。す、すす、すステーキ……」
「そうですね、また連れて行ってくれますか?」
「う、うん! こ、ここ、今度は、ち、ちち、ちゃんとするから!」
「その言い方だと、今日はちゃんとしていなかった様に聞こえますよ?」
「あ、い、い、いや……なん、なんなんと、い、い言えばいいのか……」
「うふふ。困ってるアステル可愛い❤︎」
完全に女神様の手の上で転がされてる。
だけど、今度は本当にちゃんと連れて行ってあげたいな。
僕達はこの後、宿に別々の部屋を借りて泊まった。
一緒の部屋で寝る勇気は僕にはなかった。
それに僕の事を真剣に考えてくれてる彼女に、僕も大切に考えたいと思ったから。
神様になっても恋愛のレベルはゼロ。
全知全能なんて嘘だな……戦闘のレベルだけじゃなく、恋愛のレベルも上げていかないと。
そう思いながら僕は部屋の明かりを落として眠りについたのだった。
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