episode 6 神の力は想像を絶する力だった


 悲鳴はあれから1度も聞かなかった。僕達はあのたった1回の悲鳴を頼りに森の中を走る。



「はぁ……はぁはぁ」



 この我儘ボディを抱えながら走るのは中々辛いな。我ながらすぐに息が切れてしまうよ。剣聖のスキルがなくなった事で、僕自身のステータスも相当落ちてしまったんだな。スキルがあった時はこんな事で息切れする事はなかったし。

 ……左手に持っている神威刀も地味に重いよ。神威フォームじゃない僕なんて贅肉の塊だからね。

 神気を解放すれば楽になるのは分かってるけど、これも修行だと思えばいいんだ。



「開け! 我が魔力の扉! クイックフェザー!」



 後ろから付いてきていたミレイネスが、魔術を唱える。

 凄い。人間の魔術を覚えたんだ。花嫁の修行以外にもやってたんだね。


【クイックフェザー】は風属性魔術(ウインドスペル)で風の魔力で出来た光の翼で浮遊する事が出来る。

 色々使い道がある魔術だけど、基本的な使い方は空中から攻撃を仕掛けたい時に使うかな。


 でもまあ今は1秒でも早く駆けつける為に、そして僕の事を気遣って唱えてくれたんだ。



「アステル、東の方角に魔物の魔力を多数感じます」


「う、うん……ぼ、ぼぼ僕もか、かんかん感じた」



 空から一気に駆けつけると、そこには母親らしき女性と小さな女の子が魔物に取り囲まれていた。

 あれはオーガだな……。ゴブリンしか出ない森にどうしてオーガが?

 しかもそれが12体もいる。


 剣聖をなくして初めての戦闘だ。神の力を授かったと言ってもオーガはA級の魔物に分類されている。パーティーで挑むレベルの極めて凶悪な魔物。

 やれるのか……今の僕に。


 兎にも角にも、こんなおデブさんでは話にならん。

 神威フォーム発動だ。


 シュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥー。


 よし、引き締まった肉体へチェンジした。



「魔物は僕が全て引き受ける。2人を頼む」


「分かりました! 救出に向かいます」


「おい、こっちにも餌があるぞ。ほら、ここだここ」


「ガウ?」


「グガガァ?」



 よし、かかった。

 ドス、ドス、とゆっくりと僕の方に向かって来てる、ってマジか。

 まさか12体全部が来るとは思わなかったぞ……。

 だけどまあ、何とかなるよ。なんたって僕は神様なんだから。



「ウガガゥゥ」


「グガガ、グガガ」



 左手に持つ神威刀の柄に手をかけて構えを取る。

 ん? よく見ると1体だけツノが長いのがいるな。多分こいつが親玉かな?

 そんな事を考えてると、その長ツノオーガと目が合った。

 


「オマエ、フシギナニオイガスルナ」


「しゃ、喋った!?」



 まさか魔物が人間の言葉を話せるとは思わなかった。



「オマエヲクウト、オレノチカラ、キットバクアガリ」


「よく喋るな。何処で習ったんだ?」


「グワゼロオォォォォー!!」



 長ツノオーガを先頭にして11体もその後をドスドスと音を立てて僕へ向けて突っ込んで来る。

 これだけのオーガが走ってきたらもうね、地震だわ。

 比喩でも何でもなく本当に地面が揺れてるんだよ。



「空へ避難します。 じっとしていて下さいね」



 ミレイネスはクイックフェザーを2人に唱え、一緒に空へと避難した。

 うん、巻き添え食らわないように空が1番安全だな。

 女神様は僕の方を見てコクッと頷いた。これで周りを気にせずに刀を抜けるな。



「グオォォォォォォォォーーーン!」


「ガウゥゥゥー!!」


「ギアァァァ!」


「グォン!!」



 ん? 長ツノオーガが、サッと横に飛び退いた。先に11体を僕に突っ込ませたかったのか? あいつ何か企んでるな。

 とりあえず僕は飛びかかって来る11体の内、近くの1体をロックオン。



 スパアァァァァァァーーーーーン!



 抜刀から素早く振り抜いた。

 1体のオーガの体が真っ二つに分断され、形も残らず消滅。

 凄い斬れ味だ。あの巨体がバターみたいだったぞ。

 改めて神威刀の刃に目を落とすと、魔物の血の付着も一切ない事に気がついた。

 普通は魔物を斬ると血や肉が付着し、それで刃が段々と錆びて来るんだけど神威刀は受け取った時と全く変わらない美しい姿を見せていたんだ。


 あらあらオーガちゃん達、僕のさっきの動きが捉えられなかったんだね。

 まだ探してるよ。

 

 

「こっちだよノロマ」


「グガガ!」


「ウガアァァ!!」



 再び僕へと向かって来る10体のオーガ。

 さっきの1体を倒した時に既にお前達とのレベルの差が分かったんだ。

 剣聖の僕1人でこの数はやれたのかは疑問だったけど、今の僕なら全く問題はないな。


 ザシュ! スパァーン! ザシュ! ザシュ!


 オーガの攻撃に合わせて素早く斬り抜く。

 10体漏れなく全員形も残らず消滅してしまった。

 余りの呆気なさに、ははは……と苦笑。

 神威刀の威力、そして神気を纏った僕が合わさるととんでもない強さになっちゃうんだ。



「バガメェェ!! ユダンシダナァァァァ!!!」



 スッと紙一重でかわして見せる。


 背後からあの長ツノオーガが木を引き抜いて、それを僕に向かって投げつけて来たんだけど、気づいてないと思ったんだろうな。

 投げつけた太い大木は僕には命中せず、豪快に地面を転がった。

 さあ、お次はどんな攻撃を仕掛けて来るのかな? そう思って振り向くと両腕を上げて、今まさに僕の頭上から振り下ろす瞬間だった。



「ギェーッハァァァー!!」



 遅い。スパアァァーーン!!



「ガァィ!?」



 長ツノオーガは真っ二つにこそならなかったが、あの苦しい表情から、相当大きなダメージは入ってると見ていいだろう。

 だけど親玉だけあって体力もあるし、巨体にも関わらず俊敏な動きをするから注意しないと。



「もう人間を襲わないって約束するなら、見逃してもいいぞ」


「グガガ……オマエタチニンゲンハエサダ、サッサトエザニナレェェェェ!!!」



 情けをかけてやったのに。まったく。

 ん? あいつまさか……。



「グガアァァァーーー!!!」



 僕じゃなくミレイネス達の方に跳んで行きやがった。

 恐るべき跳躍力だぞ。いや、感心してる暇はない。もたもたしてるとミレイネス達が危ない。彼女は今人間なんだ。天聖としての力が失われた今、僕が彼女を守らなきゃ。


 刃を納め、深く構えを取った僕は神気を少しだけ解放する事にした。

 あの長ツノオーガは他のオーガとは明らかに強い。

 生半可な力でやってもミレイネス達に被害が及ぶかもしれない。確実に倒すんだ。

 2000年の修行で僕が身につけたのは、戦神(いくさがみ)である天翔様が残した神威刀の剣技。剣技には2つの流儀があった。


 前方、後方、側面、対空や対地も含む全方位から一度に攻めて来られても優位に立てられる主にカウンターに長けた受けの流儀〝神威御心流(かむいみしんりゅう)〟


 そして空間を縮めて移動できる〝縮地〟を駆使して圧倒的なスピードを持って素早く敵を殲滅する事に長けた攻めの流儀〝神威無双流(かむいむそうりゅう)〟


 この2つの流儀を状況に応じて使い分けていく、これこそが神威刀の剣技であると教わったんだ。

 


 ギュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!


 青白く煌めく光が体に纏わりつく。神気を解放すると僕を中心に衝撃波が辺りに飛び散る。

 近くの木々は倒れ、さっき親玉によって投げ飛ばされた木は衝撃波で粉々に粉砕してしまった。



「神威無双流……疾風一文字!」



 と、口にしたと同時に、僕の視界は瞬きする間もなく長ツノオーガの目前を映した。そして神気で纏った神威刀を横一閃に斬り抜く。



 シュパァァァァァァァァァァァァァン!!!!!



 僕の攻撃に気づく事なく長ツノオーガは跡形も無く消滅を確認すると、スタッと地面に着地して刀を仕舞いながら、空から降りて来るミレイネス達を待つ。


 僕は正直、オーガ達の戦いで自分に恐怖した。

 あのオーガでさえ、今の僕には最低ランクのゴブリンと同等な感覚。僕の力は余りにも強大で実はその強さに少し酔っていたところもあったんだ。

 この力、絶対に間違った事に使っちゃダメだ。

 これからは容易く神気は使わないでおこう。


 基本はおデブのアステルだ。

 厳しく自分を戒め、心に強く刻み込むのだった。


 そして神威フォームを解いて、ふとっちょに。

 今更だけど神威フォームになると何故か言葉がスラスラと喋れるようになるんだよな。不思議だ。

 

 

「け、けけ、怪我は、な、ないないかい?」


「は、はい……ありがとうございます」



 ん? 何をキョロキョロしてるんだろう、このお母さん。



「あ、あのう……さっきの方は?」


「さ、さっきのか、方……?」


「はい、助けていただいたのでお礼を言いたいのですが……」



 あーなるほどそう言う事か。神威フォームの僕が別の誰かだと思ってるって訳か。

 まぁそうだよな。瞬時に太ったり痩せたりする人間なんていないしね。

 お母さんにミレイネスが今説明してくれてるんだけど、無理やり納得したって感じの表情だった。

 首を傾げながらも僕を見て、ゆっくりと数回頷いた。


 そうなんです、あの痩せてる男も僕なんです。



「うぇーーん怖かったよぉーー!」


「よしよし、もう大丈夫」



 小さい女の子がお母さんに抱きついて、ずっと我慢してたんだろうな。尋常じゃないぐらい凄く泣いてる。

 その辺に生えてる木と同じぐらいの大きさで、僕でもその大きさにびっくりするんだから、子供からすると……相当怖かっただろうな。



 そうだ、あれを……僕はポケットからどんぐりを出して少女に手渡し、その手を持って地面に置いた。



「う、うう、うごかないで。じじ、じっとま、ま待つ」


「ぐすん……う、うん……」



 お、女の子泣き止んだな。そうそう、このまま待ってればね……。

 暫くすると何処からともなくリスが1匹やって来た。



「すごぉい……リスさんきたぁ」


「う、ううごいちゃ、だだだめだからね」


「うん…………えへへかわいい」



 女の子の手に乗ってどんぐりを咥えたリスはそのまま森の中へと走り去ってしまった。あのリス、僕の靴に置いて行ったリスだったのかな。そんなに気にして見てなかったから、確かめようもないけどね。



「リスさんばいばぁーい!」


「うふふ、すっかり泣き止みましたね」



 隣にやって来たミレイネスが少女を見て優しく微笑んだ。こんなに近くで横顔を見る事なかったけど、横顔も美しいですなぁ〜⭐︎



「そ、そそ、そうだね」


「本当にお優しい方です」



 と、言いながらも更に近づいて耳元に口を持って来ると僕の耳に手を当てて静かに「大好きです」って囁かれた。

 言葉と声と、耳にかかる吐息で意識飛びそう……。



「あのう……間違ってたら申し訳ないんですが……確か〝キングスナイト〟にいた方ですよね?」



 まあ勇者パーティーは有名だから、お母さんが僕の事知ってても驚かないんだけど、そのキングスナイトを僕、クビになったんです。

 今は冒険者ギルドにも所属していない、ただの旅人扱い。

 その事をお母さんに話したんだ。すると急に表情が暗くなっちゃったんだけど、どうしたんだろう。



「実は……」



 話を詳しく聞いてみると、お母さん、サリアさんのご主人のクレイドさんがオーガの大量発生に気づいてギルドに報告しに行ったんだって。

 A級の魔物になるから相当腕の立つ冒険者でないと太刀打ち出来ないし、しかもかなり数も多かったからな。

 色んな冒険者パーティーに声をかけたけど中々適正のランクのパーティーがいなくて、そんな時にデリック達がギルドにやって来たから、頼んでみたんだけど断られたらしい。



「200万キャルト払えば、動いてやると言われたらしいんです……」



 に、200万……キャルトって、家買える額だぞ。

 デリックは勇者と言う肩書きを利用して前々から、そう言う常識はずれな事をやってたんだよな。

 他の仲間の女子達はデリックにお熱だったし、幼馴染として僕が何度も注意したんだけど、全く聞く耳を持ってもらえなかった。


 てか、今回は個人的な依頼じゃなく魔物の大量発生の報告だからサリアさん達が報酬を払う必要は全くないんだ。



「それで、クレイドさんは今どちらに?」


「ギルドの人の話によるとこの森に向かうって言ってたらしいんです……きっともう……」



 さっきのオーガにもう既に殺されてる可能性があるな……。

 デリック、何でそんな風になってしまったんだよ。

 昔一緒に遊んでいた頃は、みんなを魔物から救うんだって言ってたじゃないか。それで勇者の才能(スキル)を授かった。

 

 君は世界の希望、勇者なんだよ。


 困った人を救わずに何が勇者だ。何が世界平和だ。

 僕が神導に選ばれた理由、それはきっと女神様の気まぐれなのかも知れない。でも僕はこの奇跡的に得た力でみんなを救いたい。

 サリアさんのような、悲しい顔をもう2度と見たくはないんだ。


 世界中の困ってる人に手を差し伸べ、みんなを助けていきたい。そう強く自分に誓うのだった。


 

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