第11話 気になる事
「オオトリナル……。なんか珍しい名前だね……あ! ゴメン! 別に変な意味とかじゃなくてね? ただ、どこまでが名でどこからが性なのかなーって……」
自己紹介を交わしたあと、俺は早速名前について少女に質問されていた。どうやら俺の名前は、この国でも変わっているらしい。
失礼な事を言ってしまったと、俺に向かってばつの悪そうな顔をする少女。
俺はそんな少女の前に軽く掌を向けると、「気にしてないよ」と微笑み返す。
……うん、俺のさっきの失態に比べたらこんなの全然。というか実際に気にしてないから、申し訳なさそうな顔をするのは止めて欲しい。
気を取り直すと、俺は落ちてた木の枝で、自分の名前を出来るだけキレイに地面に書いていく。
「こっちの
そこら辺に落ちてた棒切れを拾うと、俺は出来るだけ丁寧に自分の名前を地面に書いていく。すると、少女が目を皿のようにして驚きの声上げた。
「……これ、確か古代文字だよね……? 凄いねキミ、こんな字も知ってるんだ」
俺の書いた文字を、驚きながらも興味深い目で見つめる少女。
何に対して驚いているのかよく分からないが、褒められたと思った俺は、自分の名前を書く練習しておいて本当に良かったと鼻が高くなる。
「……わかった、じゃあナル君だね。私の事はレインって気軽に呼んでね?」
よろしくね? と、急にニシシと自分のほっぺに人差し指を当てながら笑うレイン。その不意打ちの笑顔に俺はドキッとする。……一体なんだこの気持ちは。
初めて話す村の外の人間、それも恐らく年の近い異性。その
「グォー! グォー……zzz」
そんな空気を読んでか読まないでか、上の方からけたたましい音が響いてくる。……そういえばこいつがいるのを忘れていたな。
俺達の頭上で、相変わらずいびきをかきながら寝ている鬼の顔。
……あんなに騒いでいたのに一向に反応も示さないし……本当にこいつは一体何なんだろう?
「あーあー、ベッキーったらぐっすりだねぇ」
「ベッキー? もしかしてこいつベッキーっていうのか?」
「うん、そうだよ、可愛いでしょ?」
さも当然の様に可愛いと口にするレインに、さっきまでドキドキしていた気持ちも忘れ、逆ハの字になってしまう俺の眉。……今可愛いって言ったか……?
門の上に設置された、
スヤスヤと寝ているベッキーをまじまじと見つつドン引きしていると、突然何かに気付いたのかニヤニヤした顔でこちらを覗き込んでくるレイン。
「君、この街に来るの初めてでしょ?」
「…………どうしてそう思う?」
いきなりの質問に、今度は違う意味でドキッとする。なんでわかったんだ。と、平常心を保ちながら言葉を返すと、プッとレインが笑い始めた。
「だって、魔法で作られた、門番のベッキーに、そんな顔して……プクク」
「あーなるほど、魔法ね……」
一瞬心を読まれたのかとビックリしたけど、そういうことか。普段から見慣れている人はこの
……それに、魔法なら納得がいく。親父も熊みたいな怪物に変身してたし、これくらい外の世界では普通の事なんだろう。こいつが生物のはずないもんな……あぁ良かった。……それにしても笑いすぎだろう、ちょっと自分が恥ずかしくなってきたからそれ以上笑うのをやめてくれ。
「……グゥゥゥゥゥ!」
するとレインとのやりとりに安心したのか、はたまたベッキーの寝言に釣られたのか、再び俺の腹から音が聞こえてきた。……そう言えば俺、1週間何も食べてないんだったな……。
「うわぁびっくりした! ……今のってもしかして成君のお腹の音……? 凄い音だったけど……もしかしてお腹空いてるの?」
俺の腹の音に驚いたのか、すぐに心配そうな顔になるレイン。
これは
「……あぁ、実はここ一週間まともな物を食べて無くてな……悪いんだが何か食べ物を持ってないか?」
「一週間も?! それは大変だ。すぐに食べ物を……ってごめんね、今何も持ってないんだ。市場なら中に入ればすぐにあるはずだけど……そうだ! 丁度いいし案内してあげるよ!」
食べ物を持ってないと言う言葉にガックリと
市場——、親父達に聞いた事がある。そこは色々な物が並び、着る物から食べ物、果ては武器やアクセサリ等、珍しい物が幅広く兼ね揃えている夢の様な場所。
すぐに行こう! と思わず勇み足になるが、そういえばまだ根本的な問題を解決出来ていないことを思い出した。
「その提案はとても嬉しいんだが、この門……ベッキーはどうする? 部外者の俺が許可なくこの要塞の中に勝手に入っちゃまずいんじゃ?」
「大丈夫だよ、寝てるのが悪いんだし。ほら、今のうちに通っちゃおう!」
「えっ、お、おい!」
手を強引に引っ張られて、わずかに空いた門の隙間を二人で通り抜ける。
勝手に入ってお尋ね者にならないだろうな、とヒヤヒヤしながらもその途中、何やら門の横に張り付けてある表札みたいな物が俺の目に入った。
『吾輩の許可なくここを通るべからず 南門の守護神 ベッキー 』
……こいつ本当にベッキーっていうのか、ぶっちゃけ愛称か何かだと思ってたが、怖い顔の割には親しみやすい名前だな……というかこんな簡単に入っちまって良かったのか? 寝るなよベッキー……。
こうして無事? 俺は要塞都市の中に入ることに成功した。
——————
「おぉ、ここが要塞都市岡山か……想像したよりすげぇでかい! ……けどなんだろう、思ったより人が少ないんだな」
初めて入った『村』とは違う『国』の中。
親父達から散々聞いたこともあって、一体どんな光景が俺を待ち受けているのだろうとワクワクしていたが、目に入ったのは、ほとんど人が見当たらない寂しい街並みだった。
「んー、まぁここはこの国の中でも一番外側の場所だからね、いつもならもっと散歩してる人とかがいるはずなんだけど、今日は何やらイベントもやってるみたいでね。だからこんな簡単に
俺の隣で、白いワンピースをヒラヒラさせながら、後ろ手に答えてくれるレイン。何か言いかけた手を慌てて塞ぐその仕草も、女の子らしくてドキッとしてしまい、思わず自分の話した内容も、つい忘れてしまいそうになる。
「なるほどな、どおりで建物はこんなにあるのに閑散としているわけだ。」
納得しながら、それでも村よりは大都会に見える街並みに、思わず口が半開きになりながらポケーッと見渡していると、急に神妙な顔で何かを考え始めるレイン。
人差し指と親指を
「そういえば
「え、言ったけど……それがどうかしたか?」
「いやね? この国をそんな風に呼ぶなんて珍しいなーって思って」
「……?」
レインに質問に、岡山って呼ぶことの何が珍しいんだろう。だってここ岡山だろ? と今度は俺が首を傾げる。二人揃って首を傾げるという端からみたらなんとも奇妙な格好をしばらくすると、俺の脳裏にある一つの可能性が浮かんだ。
「……まさか」
嫌な予感に額から冷たい汗が頬を流れていく。
そんな俺を見て、レインも俺と同じ答えにたどり着いたのか苦笑いをしながらその可愛らしい口を開いた。
「あのね、ちょっと言いにくいんだけど……私達が今いる国、オカヤマじゃなくて『ルェンゾリ王国』って言うんだ。要塞都市とか、月の山脈とか色々例える人はいるけど……オカヤマだなんていう人、初めて聞いたよ?」
「…………
レインのその言葉に俺はガクッと膝から崩れ落ちた。
……まじかよ、ここ岡山じゃないのかよ……。まさか、森の中でさ迷って別の国に来ちまったのか? 俺の苦労は一体……。
こうして、俺は無事に岡山ではないどこかの国にたどり着いたのであった。
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