8話 白い軍帽の女




「なるほどな、理解した。魔物が現れたと叫んだのはこの少女を襲っている所を見られないように人払いする為だったんだな」


「い、いやいやいや! 誤解だ! 本当にここで魔物と戦ってたんだ! この少女も今はこんなだけどさっきまで暴れまわってたのを必死に抑えたところなんだ!」


「ほう、だから動けない様に拘束してその幼気いたいけな体をなぶったと? この下種げすが」

「ちがーう!!」


 確かに一部当たってるけども!

 反応が面白くなってやりすぎたかもしれないけど!

 裸の少女を拘束してなぶる趣味なんて俺にはない! ……と思う!!


 俺の横でぐったりしている少女を尻目に必死に誤解を解こうとするも、状況が状況なだけに言い逃れ出来そうになく又、俺を見下ろす女の冷たい表情からもそれは不可能だと伝わってくる。


 どうしたものかと困っていると、突然ビュッと目の前から空気を切り裂く音が聞こえ、俺は咄嗟とっさに体を仰け反らせた。

 何事かと音の場所を見てみると、さっきまで俺の首があった位置に剣の通り道が出来ていた。


「お、おい、何すんだ?! 今の避けてなかったら首が飛んでたぞ!!」


「そのつもりで斬ったからな。それにしてもお前、ただの暴漢ぼうかんにしてはいい動きをするじゃないか」


 何ということでしょう。もう俺の事は完全に暴漢として認定してしまったらしい。

とは言え、いきなり俺の首を切り落とすなんてのはやりすぎじゃないだろうか。


 抗議すべく女をにらみつけ反論しようとするも、女の口が赤い三日月みかづきを上からぶら下げた様に薄ら笑いを浮かべている事に気付き、俺はすぐさま撤退を選択することにした。


(怖っ! 完全にやる気満々じゃねぇか!)


 剣を振りかざし再びこちらを切りつけようと構えをとる女に、ジリジリと後ずさり間合いをとる。

 再び訪れた静寂の中、ひと際大きい殺気が俺に向かって飛んでくるのを感じた俺は、女の背後に向かって指をさし大声で叫んだ。


「あ! おいあれ! 魔物!!」


「……ッ!?」


 古典的な手段だが状況によっては効果的。やはり魔物という単語は効果的なのか、一瞬ビクッとしたと思うと俺から注意ががれる。

 その隙を逃さず俺はバックステップすると暗闇の中に紛れ込む。逃げるが勝ちとは正にこういうこと。足の速さに自信のあった俺はそのまま悠々と森の中を駆けていく。


「どこへ行く気だ」


「……えっ!?」


 突然耳元で聞こえた声に咄嗟とっさに身をひるがえすも間に合わず、腕に痛みが走る。


 ゴロゴロと走った勢いそのままに転がるとやがて木に背を預けるようにぶつかり、腕から流れる血が斬られたという事実を俺に教えてくれる。幸い傷は浅いようだが、くそっ! あの女どうやって距離を詰めた?


 何が起こったのか分からず狼狽うろたえていると、ザッザッと草をき分け軍帽の女が息一つ乱さず目の前迄やってくる。


「暴漢らしい姑息こそくな手だったが残念だったな」


「ハァ、ハァ……今何をした? ……どうやってあの一瞬で俺まで近づいた?」


「今から首を撥ねられて死ぬお前に教えてやる義理はない。逝け」


 どうやら質問には答えてくれないらしい。なんとも不親切な女だ。


 剣を構えると、俺の首を狙ったその目がギラリと光る。

 短剣でガードしようにも、手を切られたせいか思うように力が入らない。それに、なんとか一撃しのぎ切れたとしても、続く女の斬撃を俺はさばき切れないだろう。

(くそっ、これまでか……いやまてよ、あの女確か俺の首をねると言っていたな)


 諦めかけた俺の脳裏にふときらめきが宿る。

 相手が首を狙っているとわかるならイチかバチか「あれ」が出来るかもしれない。いやでも「あれ」をするにはタイミングが重要だ……くっ、親父の真似をするのはしゃくだが、今はもうこれにけるしかない。

 覚悟を決めると俺のことを見下ろす女に向かって、最後になるかもしれない言葉をつぶやいた。


「お姉さん、軍帽と同じでパンツも白いんですね」


 ザンッ。

 その言葉を最後に、俺の首から上は無くなった。


「……フッ、やはり下種は下種か。まぁ少しは期待したんだがな、あの世で更生してくるといい」


 そうして、崩れ落ちる俺の体を満足そうに眺めると、剣を納めそのまま少女の下へ去っていた。



______________



 その数分後、首のない体が女の姿が見えなくなるのを確認すると、ニョキッと斬られたはずの首が根本から生えてくる。


「あ、あっぶねぇー」


 すぐそばに転がっている、真っ二つになった木を眺めると俺は身震いする。


 子供の頃、親父の浮気がレイヤさんにばれた時に良く使っていた首抜け身代わりの護身術。

 首を引っ込めるのが早すぎると相手にバレてしまうし、遅いと本当に首が飛んで行ってしまう。タイミングを合わせるには相手を怒らせるのが重要だぞ? と血だらけの親父に教わったがまさか役に立つ時が来るとは……。暗くて良く見えなかったのが残念だったけどな!


 しかしあの軍帽の女は何者だったんだ。

 瞬時に間合いを詰めたあの脚力に、あの鋭い剣捌き。あんなの初めて見た。というか村の外ではこれが普通なのか? だとしたら俺ってもしかして弱い……?

 

 それにあの裸の少女。魔物と戦っている途中にいきなり現れたが、もしかして……? いや考えすぎか。


 あれこれ考えても仕方がない。

 気にはなるが、まずは自分の安全が最優先だ。再び俺の所に戻ってきて生きている事がバレたら今度こそ首をねられかねない。


 俺はきびすを返すと、コソコソと森の中に紛れて行った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る