7話 裸の少女 



(な、なんだこの少女どっから現れた! しかもなんで裸?!)


 急に現れた裸の少女。しかもその胸を触っていたことに動転した俺は、未だに尻もちをついたまま立ち上がれずにいた。


 思わずまだ夢の中にいるんじゃないかと現実逃避しそうになったが、辺りにはまだ魔物がいるかもしれない。

 もしまた遭遇したら、とてもじゃないがこの少女を守りながら戦うのは無理だ。

 そう判断した俺は、起き上がると急いで少女の方に歩み寄り、どこか安全な場所はないかと周囲を見渡す。


 その途中、気が付いたのか少女の眼が薄っすらと開き、その細い上半身が起き上がった。


「お、おい! 大丈夫……か……?」


 少女の安否や状況など、他に確認しないといけない事だらけなのに、その姿を見た俺の口からは途中で言葉が出なくなり、変わりに喉からゴクリと息を飲む音が聞こえてきた。


 黒いショートヘアーの前髪から覗かせる、美しく輝く宝石の様な赤い瞳。それに加えて、月に照らされたその裸が幼いながらも神秘的に見えてしまい、気が付けば時間が経つことも忘れ少女に見惚れていた。


 しばらく定まらなかった焦点がようやく俺を捉えると、その瞳に魅了されてしまったのか、体が少女を求め勝手に動いていく。そして、その俺の手に向かって何故か近づいてくる少女の顔。

 

「いだだだだっ?!」


 気付けばおもいっきり手を嚙まれていた。

 痛みで我に返った俺はこの状況に「なんで?!」と思ったが良く考えれば当然かもしれない。見ず知らずの男にいきなり裸を見られた上に胸を揉まれたんだ、誰だって怒るだろう。


「わ、悪かった! 悪気はなかったんだ! ほら、これやるから前隠せ!」


 手に走る激痛に耐えつつ上着を差し出し謝り倒す。

 だが怒りで話が通じないのか噛んだ手をなかなか放そうとしてくれない。


(くそ! 俺が悪かったとはいえこのままだと手がどうにかなっちまいそうだ! こうなったら……)


「んんっ?! ぶはっ!!」


 子供相手に手荒いことは出来ないと、空いていたもう片方の手で少女の脇腹から背中にかけてくすぐってみることに。するとどうだろう、弱点だったのかまるで初めてくすぐられた子供の様に体をよじらせると、俺の手がやっとのことで解放された。


 見事なまでにくっきりと歯型のついたその手を、涙目になりながらふーふーと息を吹きかけ恨みがましく横をチラ見すると、四つん這いになりながらシャーッと猫の様に威嚇してくる少女の姿。

 なんとか誤解を解こうにも、敵意剝き出しのその表情から会話が難しい事がわかってしまい俺の頭を悩ませる。


(それにしても一体こいつはどこから沸いてきた……それに……人間か?)


 姿形は人そのものだが、よく見れば頭に小さい角の様な物が生えているし、お尻の付け根付近には丸いしっぽが付いている……まさかこいつ……?


「おーい! 誰かいるのかー?!」


 いきなり現れた少女に手を焼きつつも、その正体を探っていると近くから人の声。

 こんな夜の森に何故とも思ったが、目的地の要塞都市まではそう遠くはないはず、恐らく魔物との戦闘音を聞きつけた近くの旅人辺りが、様子を見に来てくれたのだろう。


 何はともあれ助かった。俺はすぐに返事を返すと助けを要請することにした。


「魔物が現れた! まだ近くにいるかもしれないし気を付けてくれ! それで裸の……うわっ?!」


「魔物が……?! 大丈夫か! すぐそっちに行く!!」


 会話している隙をつかれたのか、少女の飛びつきに反応出来ず取っ組み合いになってしまう。


「くそ! いい加減に大人しくしてくれ!!」


 再び噛みつかれたらたまったもんじゃないと暴れる少女の腋を抱えるように掴み、

両腕をそのまま上げると驚くほど軽く、親に抱えられた子供の様に持ち上げることが出来た。


(……よし、これなら大丈夫そうだ。腕を爪で引っかかれて多少痛いが噛まれるよりはマシだ。後は助けを待って……おふぅ?!)


 安心したのも束の間、下腹部に鈍痛が響く。

 何が起こったのかと見れば少女の足が俺の股間を見事に捉えていた。

 手から力が抜け、少女を地面に落とすとそのまま覆いかぶさってしまう。


「このヤロー……子供だと思って優しくしてたら調子に乗りやがって!」


 いい加減切れた俺は痛みをこらえ、少女の両腕を掴むと頭の上に持っていきそのまま片手で地面に固定する。そしてもう片方の手で、今度は全力でおもいっきりくすぐってやった。


「んーっ?! んんー!!」


 やはり弱点なのか、声は上げないが涙目になりながら歯を食いしばり必死に体をよじる少女。

 その光景にさっきまでの痛みのストレスが緩和していき、又少女の反応が何故だか面白くなってしまい、しばらく続けていると気が付いた頃にはぐったりとしていた。


 少しやりすぎたかなと思いつつも、謎の達成感に包まれ額の汗を拭うとすぐそばで足音。振り向くと腰に剣を携えた女が明かりの灯ったランタンを片手に立ち尽くしていた。

 白い制服を身に纏い、軍帽の端から覗かせる目鼻立ちの整った顔は裸の少女とは又違う、凛とした気品漂う美しさがあり思わず見惚れてしまう。


 だが何故だろう、眉間にしわを寄せたその表情からは俺に対する殺意を感じる。


「……さっき魔物がどうのこうのと叫んでいたのはお前か?」


「あ、あぁそうだ、助かった! さっき魔物が現れて戦っていて……でも気が付いたらいなくなって代わりに裸の少女が現れて…………何の真似だ?」


 話している途中、女が剣を抜き去ると、何故かその切っ先を俺に向けてきた。


 突然の女の行動に、今俺は何か失礼な事でも言ったのかと、頭の中で自分の発言を反芻はんすうするも特に思い当たる節がなく、ならば再び現れた魔物にいち早く気付き、戦闘に備えて剣を抜いたのかと周りの気配を探るも、ここには……。


 頭からサーッと血の気が引く音が聞こえ、顔を青ざめさせるとやっと自分の置かれた状況を理解する。

 ギギギと嫌がる首を無理やり動かし恐る恐る振り返ると、感情の無い瞳で俺を見下ろす女の顔がランタンの明かりによって照らされ、その表情はさっきよりそれはそれはもう恐ろしく感じた。

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