5話 兎その2



 キィン! ……ギィン!!

 月明かりに照らされた夜の森の中、一匹の獣と一人の人間が交差し、音だけが木霊こだまする。

 

 黒いオーラをまとった獣がその鋭い爪を振るうたび、風を切り裂く斬撃音と共に大木が次々と音を立てて崩れていく。

 対する人間も負けじとその身をひるがえ、咄嗟とっさに取り出した短剣でその斬撃をガードする。大ぶりの右肩から左わき腹までを薙いできた獣の攻撃を交わすと、背中の上に飛び乗り得意の殴打を叩きこんだ。


「オラァッ! 魔殺拳まさつけん!!」


「ガァアアッ?!」


 体勢が不安定だった為、力が半減して威力が伝わらなかったのか、すぐに振り払われると対面に着地し睨み合う。

 手合わせは終わり、お互いの力量を確認すると一人と一匹は膠着こうちゃく状態に入った。


 ……ちっ、一体なんなんだこいつは。いきなり襲い掛かってきたから反撃したが俺の技が効いてないのか? ……それにこの姿、親父じゃないよな?


 突如として現れた熊の様な獣をにらみながら、頭の中で思考する。

 姿形はほとんど親父が変身した姿にそっくり。だが、明らかに違う部分もある。


 それは大きさだ。


 目の前にいるコイツは俺より頭二つ分くらい高い……2メートルぐらいか、普通の人から見れば少し大きな熊といった所だ。

 だが親父の変身した姿は5メートルを優に超す大きさだった。それに、聞いただけで大抵の人が戦闘意欲をなくし逃げ出すような雄たけびもコイツからは感じなかった。


 そして何よりも決定的なのがこの黒いオーラ。

 それは魔物の証であり、この森に住む者なら誰もが知っている「魔」の影響を受けた獣の姿。

 村にいた頃は出会うことがなかったが、もしも出会ってしまったら「全力で逃げろ」と教わってきた危険な生物。まさかいきなり出くわすことになるとはな……。


 何故親父とそっくりな見た目をしているのかは謎だが、今は深く考えず正面にいる魔物に集中することにする。

 親父の様な威圧感はないにしろ俺の「魔殺拳」や、あのクレーターが出来る程の落下の衝撃を受けてすぐに立ち上がってくるタフさ。そして角から漏れる嫌な感じ。

 なるほど、村の皆に教わった通り確かにヤバそうだ。


 何をしてくるのか全く見当けんとうがつかず、また初めて出会う魔物に戸惑いその場で足踏みしていると、魔物の角が急速に光を集めている事に気付き、俺はすぐに身構えた。

 

 キィィィィン……。

 

 どんどん明るくなったそれは、やがて青白い光へと変わるとバチバチッと周囲に音を振りまき始める。


 「これは……! やばっ、くそっ! 間に合えっ!!」


 バチバチバチッ! ドォォォン!!


 間一髪。咄嗟とっさに短剣を魔物に向かって投げると、激しい光と爆発が目の前で起こった。なんとか直撃は免れたがようだが、目も開けられないような爆風が俺を襲う。


 ……ぐっ、こいつ魔法も使えるのか!!


 しかも今魔物が放ったのは「雷撃魔法ライトニング」。俺が良く知っている、レイヤさんが得意としている技の一つだ。

 いつも親父に向かってレイヤさんが使っていたのを見ていたのが幸いした。あの発動までの攻撃モーションを知らなければ対処出来なかっただろう。

 

 しかし、短剣を投げた事によって避雷針代わりになったから、なんとか防げたがあんなもの喰らったらただじゃ済まないぞ……。近づけば爪による斬撃、離れれば魔法による攻撃、加えてあの耐久力か。なるほど、村の皆がすぐに逃げろと言うわけだ。


 爆風で砂埃が舞う中、次は一体何をしてくるのかと身構えていると、急に背後から殺気を感じ振り返る。そこには大きく手を振りかぶった魔物の姿があった。


 (な、コイツいつの間に!)


 咄嗟に体をガードするも、かばった腕ごと脇腹をその丸太の様に太い腕で思い切り殴り飛ばされた。


「ぐぅぅっ?!」


 めきめきと何かが折れるような音が聞こえ、激痛と共に俺は宙に放り出される。

 その最中チラリと夜空を見上げると、丁度差し掛かった雲が満月を黒く覆い隠していた。

 

 満月のおかげでいつもより明るいとはいえ、雲に隠れてしまえば再び真っ暗な森の中。加えてコイツから出る黒いオーラが自身を闇と同化させ、その姿を簡単に暗闇の中へと紛れさせてしまう。


 (くそっ、こいつ環境を利用する知能まであるのか……!)


 空中でなんとか体勢を整え転がりながらも、受け身を取ることに成功する。

 だが、ズキンズキンと痛み以外感覚のなくなった右腕が、恐らく折れているであろうことを俺に伝えてくる。体の方も、もしかしたら肋骨辺りにヒビが入っているかもしれない。得意の「摩殺拳」もこれでは満足に放つことが出来ないだろう。


 痛みをこらえ、なんとか立ち上がると、魔物の姿が消えている事に気付き辺りの気配に神経を研ぎ澄ます。


「……やろう、又暗闇に紛れて攻撃する気か? それならそれでこっちにも考えがある。とっておきをお見舞いしてやるぜ……!」


 目をつぶり、全神経を俺に向かって攻撃してくる殺気に集中する。

 十秒……三十秒……ザザァッと風の音が一際大きく聞こえ、汗が額からポタリと落ち始めた頃、再び背中に殺気が現れた。……いまだ!!

 

 思った通り、ブォッと背後から魔物の腕が俺の体を引き裂こうと放たれる。

 痛む体や腕なんて気にしていられない、俺は思い切り上に向かって飛ぶとバク宙してその攻撃を躱した。


「グガ?!」


 攻撃を躱されたことによって、俺の眼下に前のめりになった魔物の後頭部が現れる。そこに向かって渾身の蹴りを浴びせると、続けざまにもう一撃お見舞いした。 


「ハァァッ!」


「ゴガァッ?!」


 気合一閃きあいいっせん。蹴り上げた足を落下の勢いを利用し、ガラ空の背中に全体重を乗せたかかと落としを放つ連続蹴り、名付けて「竜殺蹴ドラゴンキックり」

 『俺は竜だって倒した事あるんだぞ?』と自慢していたリードの親父。その背中に唯一傷をつけることが出来た技だが、これならどうだ?!


 ガコッという鈍い音と共に、確かな手ごたえならぬ足ごたえを感じていると、フラフラと倒れる魔物の姿が、再び雲から現れた満月によってさらされる。

 もう立たないでくれと願いながら様子をみていると、今の一撃で気を失ったのかピクリとも動かない。さっきまで放っていた禍々しい黒いオーラも消え、端から見れば少し大きな獣が横たわっているだけの様に見える。


「やった……のか……?」


 空を見上げ強張こわばっていた力を抜くと、倒したという安堵感と緊張からかドッと疲れが押し寄せてくる。それと同時に、ある疑問が頭の中に思い浮かんだ。


(危なかった……しかしこんなに狂暴なのに何故一度も遭遇そうぐうしなかったんだ? 村の中は結界が貼ってあるからいいとして、あの「森の中」で一度も出会わないのはおかしい……俺の気付かない所で追い払ってくれてたのか? ……いや、今はそんなこと気にしている場合じゃないな)


 考えていてもしょうがない、答えの出ない頭を振り払うと、落ちてある短剣を拾いすぐに倒れている魔物の方に歩み寄った。又意識が戻って暴れられたらたまったものではない、とどめを刺さなければ。

 さっきはギリギリ上手いこといったが次はこうなるとは限らない。やられていたのは俺の方かもしれないのだ。

 

「これも弱肉強食だ、すまないが俺の食料のかてになってくれ」


 魔物の首先に短剣を当てる、その時だった。自分がとても危ない状況におちいってる事に気付いたのは。


 触ってみてようやく気付いたが通常、戦闘をしながら気を失った獣はその筋肉の硬直によりしばらくは毛が逆立ったままのはず。だがこいつの毛は

 フラフラと意識を失って倒れたと思った魔物は、その爪を研ぎながら力を蓄え、必殺の一撃を与えられる距離に来るまで待ち構えていたのだ。


 瞬時にバックステップの構えをし、間合いを取ろうとするが一瞬遅かった。

 魔物の体が再び黒いオーラをまとったかと思うと、その角が先ほどとは比べようもないくらい光り輝き、周囲一帯を照らし始める。


「ちょっ! 待っ……!!」


 抵抗の言葉もむなしく次の瞬間、すさまじい轟音と共に雷でも落ちたかのような衝撃が俺と魔物を包んでいった。


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