3話 旅立ち


「あれ、皆どこいったんだ……?」


 昨日、酒を飲んだ体で動き回ったせいか大分寝坊してしまった俺は、昼過ぎに目が覚めるとすぐに誰もいないことに気付いた。

 昨日のどんちゃん騒ぎはどこへやら、いつもなら飲みすぎた奴がアンデッドの様に頭が痛いとウロウロしていたり、夕方過ぎまでいびきをかいて寝ているはずなのに、あたりは静まり返っていた。


 それどころか、宴会えんかい用の机の上に大量に放置されているはずの酒瓶さかびんや、食べ終わった後の皿の残骸ざんがいすらも見当たらない。

 俺を置いて皆で仲良く河原に行き、皿洗いしながら酔い覚ましでもしてるんだろうか。


 これまでもそういう事は何回もあった。そのままピクニックと称して釣りをしたり、狩りに出かけることも。

 俺も誘ってくれればいいのにと不満をつのらせながらも、いつもとは違う違和感に不安を覚えた俺は村を回ってみる事にした。


「……まじかよ」


 村中探しても誰にも会うことが出来ず、ついに村の外れまで来たところで、俺は信じられない物を見てしまい茫然ぼうぜんとした。

 今となっては自由に行き来しているが、小さい頃にここから先へは一歩も出るなと教わった村と森との境界線。その付近に、魔物が侵入出来ない様にと結界を作り出す香炉こうろが置いてあるはずなのだが、落ちていたのは粉々に破壊されたその破片のみだった。


「おーい! 誰かいないのかー?!」


 あせる気持ちを抑えられなくなった俺は、急いで再び村に戻ると声を上げながら駆け回った。

 ほぼ全ての家の中や近くの別の河原も探し、行き違いになった可能性も考え何回も何回も同じ場所を探した。だが、誰一人として見つける事は出来ず、諦めて自分の家に戻る頃にはすっかり日が暮れてしまった。


『そんなに慌てた顔してどうした? 寂しかったのか?? まだまだ子供だなぁ』


 普段なら喧嘩にまで発展しまう親父のからかい文句。

 実はドッキリを仕掛けていて、家の扉を開けたら村の皆が待機しており、それに怒った俺が仲良く喧嘩を始める。

 そんな一縷いちるの希望にすがってみるが、自分の家に戻ると案の定誰もおらず、ただただ無機質な静寂せいじゃくが俺を待ってるだけだった。


「くそ! 皆どこに行っちまったんだ!」


 あせりと不安から食卓しょくたくの机をダン! と叩き、椅子の上に乱暴に腰掛こしかける。すると、パサッと何かが落ちる音が聞こえてきた。

 机の下をかがみこんで見てみれば、何やら一枚の折りたたまれた手紙が落ちていて、気になった俺はそれを拾い上げてみることに。

 

「なんだよこれ……」


 中を見てみると、そこには「成坊なるぼうへ」と書かれた文字が書いてあり、俺は急いで内容を読み上げることにした。


 ~~ 親愛なる息子なる坊へ ~~

 

『まずは黙って出ていくことを許してほしい。そしてあんなに小さくて泣き虫だった

お前がここまで成長してくれて俺達は本当に嬉しい。』


 それは、親が子に独り立ちさせる為のお別れの言葉だった。

 大好きな村の皆に何かが起きたわけではないという安堵感と、急に何もいわずに出て行った事に対する悲しみで色んな感情がぐるぐると渦巻うずまき混乱する。


「こんな……なんで急に……」

 

 手紙を持った手が震え、目の前が涙で滲んでぼやけてくる。叫びたくなる衝動を必死に抑えながらも、続けて俺はどんどん読み上げていくことにした。


『昨日話してくれたお前の幸せは本当に嬉しく、俺は感動して泣きそうだった。だからこそ、お前には一度外の世界を旅してほしい、世界は広く色んな事がいっぱいだ。嫌な事もあるだろうが楽しい事もそれ以上にあるはずだ。その中で何が正しいのか、何が悪いのかを見極め経験し本当の幸せを、お前だけの幸せを見つけてほしい。

 

……それでも見つからなかったらまた一緒に暮らそう。その時には自然とまた出会う事が出来るはずだ。まずはここから一番近い「要塞都市、【岡山】」に行ってみるといい。丁度学園の生徒も募集しているようだし入学してみるのも良い経験になるだろう。試験案内状としばらくの食料、あと少量だがお金もいれておく』


 最後になるが、なる坊の幸せを心から願っています。 ~~ 村一同 ~~



「バカ親父……レイヤさん……皆……」


 手紙を読み終えた俺は、大事に折り畳み直すとポケットにしまった。

 普段こんな真面目な文章にゆかりもない親父が、俺の為に一生懸命考えて書いてくれたと思うとなんだか胸が熱くなってくる。……いや、感動する所が少し違うな。ふざけた奴らだったけど皆ちゃんと俺の為を考えてくれたんだな……。


 親父や村の皆との思いでに感傷に浸っていると、手紙に書いてあった食料やお金などが入っているであろう袋を見つけ、俺は早速中身を確認することにした。

 だがここで少し違和感。……あれ、思ってたよりこの袋小さくないか?


 金はそこまで嵩張かさばらないからいいとして、しばらくの間持つ食料が入った袋なら、背中が隠れるくらいの大きさになってもいいはず。

 だが置いてあるこの袋は、俺の頭が入るか入らないかぐらいの大きさだった。


 ……そういえば炊事やってたのはほとんど俺じゃなかったっけか……あいつらまともな保存食なんて作れるのか?


 嫌な予感がしつつも中を確認してみると、予想した通り入っていたのは干し肉(俺が作ったやつ)と昨日の残りで作られたおにぎりが入っているのみだった。

 これじゃしばらくどころか三日で空になっちまう。おにぎりだって一日が限度だろう。無理に日を持たせて腹でも壊した方が大変だ。


 ……まさかレイヤさんの空飛ぶ魔法を使うことや、化け物じみた皆を基準にしてるんじゃないだろうな、くそ、俺は普通の人間だぞ!


 他にも何かないかとゴソゴソと探っていると、底の方から一枚の小汚い紙キレが出てきた。手紙に書いてあった学園への試験案内状とやらだ。俺はその何故か所々赤くなった紙を広げると、親父に向かって叫ばずにはいられなかった。


「試験案内状って盗賊から奪ったやつかよ! しかも返り血ついてんじゃねーか!!」


 今確認することが出来て本当に良かった。気付かずに試験を受けていたらすぐに不審がられ、場合によってはおたずねね者にされていたかもしれない。

 せっせと水をかけてこするとなんとか血を拭きとることができた。そのせいで何文字かにじんで読み取れなくなってしまったがまぁ大丈夫だろう。


 ……試験案内状はこれでいいとして後は……そうだ金だ!

 

 街に入ったら使うであろう物々交換に必要な通貨。村では使うことなんてなかったから特に興味はなかったが、盗賊から奪った丸く平べったいのを見て、村の皆が悪い笑みを浮かべていたのを覚えている。恐らくあれのことだろう。


 手紙には少量入れておくと書いてあったが何故だろう、袋を逆さにしても中々出て来ない。その代わりにパサッと小さく折りたたまれたメモ用紙みたいのが、豆粒ぐらいの金の玉と共に落ちてきた。……なんだこれ?


 手に持ってみると小さい割には重量感があり、とても美しい輝きを放っている。だがいつも盗賊から奪った財宝や通貨の中に、こんな物が入っているのは見たことがない。

 一体何に使うんだろうと考えていると、メモ用紙に書かれた追伸という文字が目に入った。


~~ 追伸 ~~


『俺達も拠点移動するのに金使うから後は自分でなんとかしろ。なぁにこれも修行の一環だ。代わりに、レイヤさんがとっておきを入れておくっていうから厳しくなったら換金しろ。以上』


~~~~~~~~


「あいつら~!!」


 俺の感動を返して欲しい。というか試験に落ちたら俺はどうすればいいんだよ! それに換金って、こんな形見代わりのもの出来るわけないだろう!

 他にもいつも不満に思っていることを思い出しムカムカとしてくる。

 

 だが、そんな俺のしかめっ面もいつしか笑顔へと変わっていった。まぁ、これを含めて本当に楽しい奴らだったな。


 先程の手紙と同様、丁寧に折り畳むと俺はポケットに大事にしまいこんだ。


___________



「じゃあ行ってくるよ」


 翌朝、俺は支度したくを済ませると、自分が育ってきたこの場所を見つめ直し、お別れの言葉をつぶやいた。

 初めて出る外の世界。そこにはどんな物があるのかと不安が混じりつつも期待で胸を膨らます。


「成長した俺を見て、皆ビックリさせてやるからな!」


 そう意気込むと俺は村を後にした。


____________



「行ったか……」


「えぇ……」


 その様子を、空から見守る二つの影があった。

 くたびれたトンガリ帽子を被った美女と、その隣で羽ばたく竜の姿。

 村から出ていく人間を確認すると、その後ろ姿を愛おしそうに見つめる。


「さ、これでひとまずの役目は終わりだな」


「そうね……寂しくなるわ……でもこれでやっとスタートライン」


「そうだな……これで世界が又動き出す」


「失った物を取り戻すわ。絶対に」


 そう言うと、名残惜しそうに村と人間を見つめながら二人は空へと消えていった。





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