1章
1話 日常
冒頭の話から数ヶ月前、俺──
ここで育って15年。
空を見渡せば見慣れた青空がどこまでも広がり、静かに揺れる木々のざわめきが今日も村は平和だと教えてくれる。
心地の良い風が髪を
「ハァ、ハァ……誰か、誰か助けてくれー!!」
……やっときたか。
そんな自然豊かな昼下がりの森の中、いつものように木の上で昼寝をしていると、助けを求める声が俺の耳に聞こえてきた。
息も絶え絶えになりながら走るその顔は恐怖で染まっており、迫りくる何かから懸命に逃げている。
その光景を目にした俺は、木陰に姿を隠し、見守ることにした。
「ぎゃああああ」
一人、また一人と断末魔と共に森の中へと消えていく男達。
「ひ、怯むな! 応戦しろー!!」
この男達のリーダーだろうか。ひと際大きな体の男が叫ぶと部下たちは逃げる足を止め、怯えながらも森の中の得体の知れない何かに向かって武器を構える。
震える手を懸命に抑えると、ある者は呪文を唱え、又ある者は力の限り弓を引く。
「
一斉に放ったその火魔法と矢は、偶然か狙ったのか分からないが途中でうまく合わさると
「グアァッ?!」
手ごたえあり。相手の悲鳴を聞いた男達は顔を見合わせると、次々に表情を
「や、やったか?!」「すげぇ! なんだ今の! あんなの喰らったら
見事に死亡フラグを立てながら喜ぶ姿に、俺はつい笑ってしまいそうになる。
その程度の攻撃で「アイツ」が死ぬわけないんだよな……。
ズシン……ズシン……。
喜び合うのもつかの間、唐突な地響きが辺りに鳴り響く。
空気の震える音、それと地震が起きたかのように揺れる大地に足が
その正体が、森の中からゆっくりと姿を
「グォオオオオ!!」
「出たー!」「ば、化け物ー!」
現れたのは5mはあろうかという、巨大な熊の様な化け物。
人の腕の長さぐらいはあるだろう鋭い爪に鋭い牙、全身は黒く分厚い毛皮で覆われており、その額には角が生えていた。
その大木の様な腕を振るうと、男達は次々に宙を舞っていく。
「ひっ、ひぃぃぃぃ」「お、お
その光景に腰を抜かしてしまったのか、もはや逃げる事も敵わず助けを求める男達。だが、お頭と呼ばれたリーダー格の男は、それを見るや否や一目散に逃げ始めた。
部下達の悲鳴を背にすると、走りながら後悔の念に駆られた。
「クソッ! クソッ! なんでこんなことに!!────」
勇者と魔王の戦いから千年後、人類は念願の平和を手に入れていた。だがそれもつかの間の事。やはり人間は争わずにはいられないらしい。
魔王軍から奪還した土地の奪い合いで今度は人類同士の戦争が勃発。
同じ種族同士、それも勇者の様な強い個体がいない戦いは長きに渡り続き、多くの犠牲を出した。
これ以上は不毛だと休戦したのもつい最近の事で、隙あらばお互いがお互い
の国を攻撃しようと正に冷戦状態であった。
次の戦いに備えるため、又自分達の安全を守る為という政府と貴族の利害は一致し、手を組むと国の要塞化や兵の増強等にどんどん力を入れていった。
当然だが、こういった国の戦力を増やしていくにはお金がかかる。
安全な要塞内に住む条件として税金をどんどん増やした結果、市民の生活はどんどん苦しくなっていった。
払えなくなった者達はやむを得ず要塞の外に出るしかなくなり、その身を隠す様に出来るだけ安全な場所に村を作るとコソコソと暮らすようになった。
しかし要塞の外はかつての魔王軍の影響か、変異した獣が魔物へと姿を変えて生息しており、いつ襲ってくるかもしれない恐怖に日々震える毎日を過ごしていた。
そんな中、半端に武力を持った者達が生活に苦しくなると考える事は一つ。
「自分が生き残る為に弱者から奪い取る」だった。
もはや法律のない無法地帯と呼ぶにふさわしい場所。そこで行われる行為はいとも簡単に他人の命を消し去ってしまう程だった。
国から見捨てられたこの村々を、要塞に住む奴らは「スラム街」と呼んでいた
幼い頃に両親は死んでしまったらしく顔は覚えていない。
だが孤独と思った事や貧しいと思ったことは一切なく、日々村の皆と楽しく暮らしていた。それもそのはず、なぜなら俺の住む村の奴らは皆……。
「おーい! そっちいったぞ
人間とは思えないほど低く獣じみた声を聞くと、こっちに向かって走ってきたリーダー格の男は顔をギョッとさせ足をもつれさせる。
その隙を見逃すはずがなく、木の陰から姿を現すと男の横に回りその足を勢いよく蹴り上げた。
宙を一回転、二回転とクルクル回る男。狙いを定めるとその腹めがけて鍛え上げた掌底を叩きこんだ。
「ハァァッ!!」
「ぐほぁ?!」
ピンポン玉の様に、既に気を失った仲間達の所へと飛んでいくリーダー格の男。
そこへ、先ほど迄暴れまわっていた熊の様な化け物が、ズシン、ズシンと地面を震わせながらやってくる。
担いできたこの村への侵入者。いや、盗賊達を放り投げるとその身体がシュルシュルと縮んでいき人の姿へと変わっていった。
「ふぅ、これで全部かな? 大量大量!」
「ゴホッ、ゴホッ。な、なんなんだお前らは?! 一体どうなってるんだこの村は!!」
腹を抑え痛みに耐えながらも、リーダー格の男が俺たちへ向かって叫ぶ。
そこへ、後ろから来たくたびれたトンガリ帽子を被った美女が、杖の先端を光らせながら答える。
「ただの村人よ。ちょっと強いだけのね」
「ギャァアアア!!」
青白い光が杖から放たれたかと思うと、バリバリと音を立てながら男を包み、辺りに悲鳴が響き渡った。
「お、おいおい、そこまでする事ないだろうに……」
先ほどまで化け物の様な姿で暴れまわっていた癖に何を言ってるんだと思ったが、
「ほんとに……何なんだこの村は……」
口から煙を出しながら気絶する男に同情してしまう。
そう、俺の住むこの村の人達は盗賊が可哀想と思えるぐらい皆強く、たくましかった。
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