第6話 死者の哲学 ④


 予報では無く、予定である。

 天候管理局が伝える天候予定表は、年間計画が年始の一月前に公表されるのでカレンダーや手帳などにもハッキリとその日の天候が書かれている。

 その予定によると今日は小雨のち曇天、とのことだ。

 気温は少し肌寒い。衣料品メーカーとの癒着で雨宮家がわざと肌寒い日を多くしているのでは無いかと言う都市伝説が実しやかに流れているが、ここのところはそんな噂が真実かと思ってしまうくらいに、気温の低い日が続いている。

 武市護民官の葬儀から二日が経った。その間にあったことといえば、新市街調査で発生した事件の聴取が行われた事くらいだろうか。

 もっとも、世間はもっと大きく揺らいでいた。まず、武市護民官、瀬名護民官の依頼主であった谷原議員は今回の市長選挙からの辞退を表明した。

 次いであったのは、都市同盟の正式な合同調査の日時が発表されたことである。基本的に都市間の人的移動を好まない空鳴市において、四都市合計800名から連なる調査隊を迎え入れると言うことはちょっとしたイベントになる。

 東金市の全てを詳らかにするには、それでも人数が少ないのだが、その合同調査は空鳴市への牽制の意味もあってか、半月後に行われるという急性さをもっていた。

 それが、新市街調査から四日経って起こった主な出来事であった。



 空はいつ買ったのか、初めて見る厚手のパーカーに身を包み、朝食を食べている。

 基本的には事務所なので、給湯室はあるが台所では無いため、空は基本的に出来合いの物を食べることが多い。

 サンドイッチを頬張っている。多分、数ブロック先にあるパン屋のものだ。

「武市の娘が?」

 そんな空の横でコーヒーを飲みながら、武市棗が訪うことを賢木に告げると、意外そうな顔で聞き返した。

「どうにも父親の事件に引っ掛かりを覚えてる様だ。発見時の様子を詳しく聞きたいんだと」

「ふぅむ……武市の娘ねぇ……」

 思案顔で賢木は半ば独り言の様に繰り返すと、書棚から一冊のファイルを俺に渡す。

「これは?」

「雨宮一家関連の紙面の切り抜きだ。十五年前の天候管理局主催の賀詞交換会の記事を見てみろ」

 スクラップされた新聞をめくりながら、賢木の言う記事を見つけ出す。

 扱いは小さく、内容も賀詞交換会に多くの著名人が参加した、程度の情報しか無い。

 これが何なのか、と。それを問おうとした時、幾人もの政界人が立食している粗い写真の中に、一人の男を見つけた。

 だがそいつは、俺が知るその姿よりかなり若々しい。

「これは……」

「気付いたか?私も新市街調査の一件があるまで見落としていたんだが、雨宮一族に混じって、瀬名護民官が写っている」

「十五年前……?確か瀬名護民官はまだ三十代半ばだから……」

「そうだ、この時点ではただの一介の学生だ。ただの学生が、何故天候管理局の賀詞交換会なぞに出席している?」

「瀬名護民官の親は確か……」

「食品卸会社の取締役役員だな。それなりの地位はあるが、わざわざその子供を賀詞交換会に連れて行くというのも、少し不自然な話だ」

「……どういう訳だ?」

 相変わらず回りくどい賢木の言葉だ。

 俺は空が端末を操作しながらケタケタ笑っている姿を横目にため息を吐いた。

「雨宮家に何かしら関わりがあった、と私は考えている」

「それは、今回の件も含めてか?」

「武市が私を始末するという話、紡が殺害された件、そして瀬名護民官による武市の殺害。私は全て裏に雨宮が何かしら関わっていると考えている」

 それは。

 それは、あまりに無理やり過ぎる。

 俺は繋がりの薄過ぎる三つの事件に対する賢木の予測に対して、どうにも納得はいかなかった。

「あんたの、希望じゃないのか?」

「ふふふ。そうだ。私の希望だよ。雨宮を引き摺り出せるのなら、これ以上無いからな。だが、瀬名護民官の一件は確実に裏に何かしらの組織が居る。私としては、この空鳴市に雨宮家以外の一派がいるということの方が怖いんだよ」

「……取り敢えず、足柄紡の事件は任せてくれ」

「何か進展が?」

「そういう訳じゃ無いが……、近いうちに何かしらの報告はする」

「ふむ……分かった。期待しているぞ、阿方」

 俺は朝飯代わりのトーストを食べながら、今日の分の受領壁のリストを作成する仕事に戻る。

 一つ一つ支給品の欄に数値と日付を記入していくと、事務所の呼び鈴が鳴る。

 恐らく、事前に約束していた武市棗だろう。

 俺はリストの入力を一旦止めて彼女を招き入れる為に立ち上がる。

 受領壁の支給品リストの数値が、僅かに変動していることは気づくよしも無かった。



「へぇ、私と同い年くらいかな?」

 正確な年齢も分からない空が、棗を見てそんなことを言い始めた。

 彼女がこの街の外から来たことは隠さなくてはならないので、何も言えずにいた。

「え、私と同い年の子が事務所にいるんですね」

「ああ。この子は空。ウチの事務職として雇ってる」

「……高校生で護民官事務所の事務員って、相当優秀なんですね」

「えへへ、まぁそんなところ」

 と、適当に相槌を打つ空に呆れながら、応接間に通す。

 賢木は既に座っていて、棗をジィっと見据えると、薄っすら笑う。

「御父上のこと、非常に残念でしたね。私も阿方も現場に居たのですが、あんな事態を防げず申し訳なく思ってます」

「あ……いえ、そんなこと!あの、それより阿方先生から聞いてると思いますが」

「ええ、今回の事件の解明、ですよね。私としても、あれは詳らかにすべき、と考えております。どうぞ、掛けてください」

 賢木は外面のまま言う。

 人に対して値踏みしたり何かを見極めようとしている時は、賢木はいつもこんな感じだ。

(と、いうことは)

 賢木は棗に対して、何かを測ろうとしている?

 そんなことを考えながら俺も腰を下ろす。

「まず一つ聞きたいのですが、瀬名護民官とお会いしたことは?」

「父の仕事仲間ということで、二、三度……。父を殺された私が言うのもなんですが、会った印象としては、父を崇拝していて、とても殺すなんて思えないのです」

「ふむ……。君の御父上が生前抱えていた仕事は分かるかな?」

「ええと、谷原議員の選挙対策護民官で、ええと、その」

「ああ、私を始末するという話は、既に知っているから大丈夫だ。その他には?」

「あまり詳しく無いのですが、松永派閥の筆頭護民官として派閥強化の為の調整なんかに奔走していたみたいです」

「……派閥の強化?松永派閥に何か問題が?」

「そこまで詳しく無いのですが……。白河議員と夜中まで何かを話し合っている姿はよく見てました」

 白河議員か。

 武市護民官が一気にスターダムへとのし上がるきっかけになった議員。

 どちらかというと、ビジネスパートナーというより戦友という印象の近い二人だが……。

(彼ら二人が、何かを講じていた……?)

「成る程。そういえば、白河議員は葬式に出てなかったですね。何かそのあたりは?」

「いえ、白河議員は忙しい方ですから。あ、でも父が死んだと報じられて直ぐに私の家に来て下さいました。母と私を慰めてくださって、ええと、それから父の書斎に仕事上必要な資料を幾つか持って帰りました」

「……仕事上必要な資料?」

「ええ……なんてことない資料だったと。私も一緒にその資料探しに協力したのですが……ええと、食糧公社の生産白書とか、余剰生産対策報告書とか、そんな感じのものでした」

「阿方」

 賢木は聞き終えるなり、直ぐに俺の名を呼んだ。

 俺も賢木の言葉の意味は理解していた。

「ああ。直ぐに出向く」

「えっ……、今の話に何か?」

「棗さん。食糧公社の生産白書も、余剰生産対策報告書も、全て市議会のデータベースにあるからそんな急いで持ち帰る必要は無いんだ」

「では……何故」

「白河議員が持ち帰った資料。それが多分、殺された原因だ」

「……俺は取り敢えず資料庫に行く。あそこなら、公式のデータなら手に入る」

「私は松永派閥が食糧公社関連で請け負った仕事をさらってみる」

 賢木は、口角を上げる。

 食糧公社。

 足柄紡と今回の事件。

 なにも関係がなさそうに見えたが、漸く二つの事象を繋ぐ糸が見えた。


 食糧公社が、その糸を紡いでいる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る