第6話 死者の哲学 ①

「実に呆気ないものだな……。自死、とは」

 兵頭護民官は、狼狽した様子の軍人の一人から報告を受けると、やはり何処かで予想していたのか冷徹に言い放つ。

 瀬名護民官は、我々が現場に引き返したと知るなり、懐に隠し持っていた銃で頭を撃ち抜いたという。

 阿方はまだまだ純粋な人間なので、やり切れない表情をして瀬名護民官の遺体を見ている。

 彼を見ていると、私はとても醜悪な人間だと思い知らされる。

 彼をここに残したのは、一種の試金石だった。

 状況からして、瀬名護民官が銃をまだ捨てていない事は予想が出来ていたし、ベースキャンプに残る本職の医療部隊の手当を受ければ、直ぐに意識を取り戻すことも分かっていた。

(……しかし躊躇無く自死を選んだ、となると)

 やはり、彼の上には何か糸を引いている者達がいる。

 私がここで恐れていたのは、彼が武市護民官を殺害した理由が私的な怨恨であった場合だ。個人同士で生まれる殺意に対しては、黙秘を貫く必要も無ければ、ましてや自死を選ぶ必要もないからだ。

 瀬名護民官が何者かから命令を受けていたとするならば、それは彼に極端な選択を容易く採らせる何かがある訳だ。

(それは宗教における狂信的な何かか、或いは自分の命以上の大切な物の運命を左右させる権力者か……)

 少なくとも、自死を選んだ以上、彼を生き存えさせていたとしても、その真相に辿り着くことは難しかっただろう。

 しかし、自ら命を絶つ、という行為自体が否応無しにこれ以上無いヒントを私に与えてくれている。


 空鳴市には——いや、この地下世界には。

 何か全てをコントロールしている者が存在しているのだ、と。

 そう確信を与える。



 我々はこの世界の成り立ちについて、何一つ疑問を抱いていない。

 技術や文化、或いは文明を引き継いでおきながら記憶と言い換えても良い歴史が丸々抜け落ちているという事実に違和感を抱かずに過ごす市民達は、私からすると宇宙人か何かのように、得体の知れない化け物のように見えていた。

 それこそ、優秀な記憶媒体は昔から存在していたのだから、この閉鎖された空間で散逸するなんてことはあり得ないのだ。

 それこそ、誰かが意図的に処分でもしない限り。

 だというのに、何故自分達がこんな地下世界に押し込められているのか、そこを疑問に思いつつも、まともな感覚で真正面から挑む人間が居ないのは不思議な話だ。

 御伽話のような二、三の可能性を失笑しながら納得とは程遠い感覚で受け止めて、それで満足してしまっている。

 初めは、大人になれば自然と理解するものだと思っていた。

 子供がどうやって出来るのかを知らない子供と答えをはぐらかすような大人の関係のように。無知故に知らぬままなのだ、と。

 だが、私は彼と出会った。出会ってしまった。


 彼の語る言葉の一つ一つには、不思議な魅力があった。彼の語る言葉は少なかったが、それでも確かに地続きの過去はあるのだ、と確信させた。

 そこからだ。

 私がこの世界の秘密を秘密のまま捨て置くことなど出来なくなってしまったのは。

 幼い頃に出会った不思議な男の語る、『委員会』という組織こそが、その秘密の全貌を知るのだと信じ、市政の中枢に入り込むべくここまでやってきたが。

(ようやく、尻尾を掴んだぞ)

 それが委員会であろうとなかろうと。表沙汰にしては行けない組織や権力者の尻尾だ。

 そこから委員会に繋がる可能性はゼロでは無い。

 それを考えると、思わず口角が上がる。

 空。そして阿方。

 少なくとも、私には今、空鳴市という都市に対して二つの切り札を持っている。

 外の世界から来た者と、そして、中からやって来た者。

 その二人が今私の手元にある。


(さぁ、勝負だ。委員会なる秘密結社よ)


 自死を選んだ瀬名護民官の遺体を見ながら。

 私は心の中で、宣戦布告を告げる。


(お前達の醜悪な顔を引っ提げて、全市民の前で見せ物にしてやる)


 それが私の。

 生きる意味であり、野望でもあるのだから。

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