第5話 新市街調査 ⑩

 一度仕切り直しとして再度始まった調査は、大前提として集団で行動するという決まりになっていた。

 ベースキャンプには複数人の人員を置いて、護民官と数名の軍人が武市護民官の救出という名目のもとに、再び歩みを進める。

 先頭と殿には、武装した治安維持軍の兵士が、辺りを警戒しながら、護民官達を護衛している形だ。

「上出来だ、阿方」

 賢木は囁く様に耳元で呟くと、医療部隊だということで、武市護民官の治療の為に同行している菱川を一瞥した。

 俺も釣られて目を向けると、菱川は先程迄とは打って変わって欠伸を噛み締めるようにした後、眠た気に眼を擦っている。

「再調査……で良かったのか?賢木はこの中に武市護民官を撃った奴がいると考えているんだろう?」

「……いや、いないさ。この中にはな。さっきの議論で、菱川も気付いたろうさ。つい数分前に人を殺した人間が、議論の輪の中にいなかったことは」

「……そういう勘が働いたってことか?」

「私は昔、人を殺した経験がある。多分菱川もだな。だからこそ、分かるのさ。どんなに手馴れても、人を殺した後の言葉に出来ないあの昂りは、隠そうとしても早々隠し切れるものではない」

 賢木が人を殺したことがある?

 そんな話は初めて聴いた。

 驚くよりも、そんな感覚頼りにこの中に犯人がいないと断定してしまえる賢木に疑念を抱く。

(——或いは、既に目星が付いている?)


 やがて乾いた血溜まりが見えた。

 ギョッとした護民官達を尻目に、賢木が彼らの中心に躍り出る。

「これは我々が瀬名護民官と合流する際に見つけたものです。彼の言によれば、初めここで彼が撃たれ、その後武市護民官を追ってこの場から離れた様です」

「こりゃすごい血の量だな……。で、あっちに点々と残る血痕が、瀬名護民官の逃げた跡という訳か」

 兵頭護民官は、手に持つ電灯で地面を照らしながら眼を細める。

「で、ここから武市護民官を探すということだが……、手がかりは?」

「……そうですね、あまり皆様方を驚かせるのも心苦しいので、私の推察を先に話しましょう。武市護民官は、この付近にいる筈です」

 あまりに断定的な言葉に、周囲は俄かにざわつく。賢木は、何を推理したというのか。

 あまりの急な発言に言葉を失った俺達だったが、賢木は言葉を待たずして、大股で歩き始めると、手近な建造物の中へと入っていく。

 何人かが慌ててついていくと、中から賢木の声が響いた。

「皆様もここら辺の建物や瓦礫の下などをお探しください。絶対にここら辺に、彼はいる筈です」

 途端に、数人が賢木の言葉に従って動き始める。慌てて俺も手頃な瓦礫を退かして、武市護民官を探し始めた。

 賢木の言葉には、言外に武市護民官は既に殺されていると伝えている。

 それを他の護民官達も理解しているのか、とても人を探すような雰囲気が展開されぬまま、無言の中で数分、捜索活動が行われた。


 やがて、一人が武市護民官を見つけたと大声を上げる。

 慌ててその場に駆けつけると、案の定、武市護民官は無人となった雑居ビルのような手狭な建物の一階で死んでいた。

「……脳天を一撃……こりゃ、即死だな」

 自身の立場を忘れ、菱川は呆けた様に呟く。

「で、聴かせてもらおうか、君の推理を、賢木護民官。何故、この付近に彼の死体があると?」

「別に推理なんて大層なことはありませんよ。至って理屈は簡単です。むしろ問題は、その動機にあるのでけど」

「……すまないが、我々にはイマイチ理解が及んでないのだ。説明を願いたい」

 兵頭護民官は、胡乱なものを見る目で賢木を睨みつける。そんな彼の様子を見て、賢木は微笑を浮かべると、倉持護民官の方を向いて問い掛けた。

「倉持護民官。銃声があった時のことは覚えていますか?」

「あ、ああ。乾いた音が一発、しかも私や君の近くで聞こえてきた」

「そう。一発なんですよ。銃声は。なのに、瀬名護民官と武市護民官。少なくとも銃は二度、使用されている」

「では、どちらかが、消音器を付けていたということか?」

「何故わざわざそんなことを?一度は大きな発砲音を響かせたというのに」

「では、君はどう考えるのかね」

「これは、予想、或いは予測になるのですが……。初めの銃声は事故だったのでは無いか、と。だから、少なくとも一発、銃が使用された形跡を作る必要があった。思うに犯人は、我々が踵を返して、死体探し——失礼、武市護民官の救助に向かうとは夢にも思わなかったに違いない」

「……?」

「だから、死体の隠蔽が雑なのでしょう。というよりも、隠蔽すらなされていない」

 賢木が何を言いたいのか、分からずにいる。

 しかし、否が応でも、分かりかけてきた。

「犯人は、武市護民官を襲撃した時、思いもよらない反撃を受けた。それこそ、サイレンサーのつけていない拳銃による反撃であり、周囲の護民官達に銃声を聴かれたことに焦った犯人は慌てて謎の襲撃者を作り出し、少なくとも一発、銃が撃たれたという状況を作り出した。そして、その犯人と武市護民官の行方が分からない理由も考えだした」

「……君は、瀬名護民官の自作自演だと、そう言いたいのか?」

 兵頭護民官は、それを有り得ない事だと思いながらも、辻褄の合う論拠に声を落としていた。

「ええ、十中八九」

 さらりと、賢木は答えた。

「……なるほど。だから賢木護民官はあの場で、半ば強引に武市護民官の捜索を提言したのですね」

 野勢護民官は相変わらずニコニコとしている。気味の悪さというよりも、底意地の悪さのようなものが見え隠れしている。

「では、何故武市護民官は銃を?」

「だから、私は動機が分からないと言ったのです。彼が拳銃を所持していた理由も、瀬名護民官が武市護民官を銃撃した理由も」

 武市護民官が銃を所持していた理由に関しては、俺達ですら懐疑的ではあるものの、一応はそれらしい理由を知っている。

 だが、賢木はそれを隠し、同じ陣営に属しながら拳銃による殺人が発生したことへの不可解さを強調した。

「——少なくとも、銃声が一回しか鳴らなかったというのに、武市護民官が銃で撃たれて死んだと言うのなら、瀬名護民官は重要参考人だ。直ぐにベースキャンプに戻り、彼を拘束すべきだろう」

 動揺こそ感じられるものの、そこにどこか喜色が混じった声色なのは、当然である。

 何故なら、次期市長選の最有力であった松永派閥の担当護民官である武市が殺害され、その殺害犯としての有力候補に同じ松永派閥に属する瀬名護民官が上がっているのだ。

 これだけの不祥事、仮にこれが嫌疑で済んだとしても、選挙における悪影響は計り知れない。

 少なくとも、唯一松永の対抗馬として拮抗していた鹿目派閥——その担当護民官である倉持護民官の立場から言えば、喜びを隠せと言うのが無理な話である。

 ほぼ確実に、鹿目氏の当選が決まったようなものだからだ。それも、転げ落ちるかのように、労せず、意図せず、幸運のみによって。

 他の護民官達は、そんな倉持護民官を羨む様に、そしてどこか辟易した様に、眺めている。

「そうと決まれば、一刻も早くこの事を報告するために戻りましょうか。それにあの瀬名護民官を、下手な動きをさせる前に拘束しなくては」

 意気揚々と倉持護民官は自前の高級スーツの汚れを気にする様子もなく、来た道を引き返し始めた。


 そんな彼の姿を冷ややかに、そして何処か愉しげに眺めている者が二人——。

 俺はその二人の視線の色に気付いて、ここから先の市長選はそう単純な展開にはならないだろう、と理解した。

 賢木と野勢護民官の二人だけは、まだ何かを画策していた。

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