第5話 新市街調査 ⑨


「……」

 周囲の視線が俺に集まる。これまで、俺のことを賢木の部下としか捉えておらず、記憶に値しないとすら考えていたであろう他の護民官達が、一斉に値踏みするような視線を向けた。

「俺のような若輩の意見など、聴く価値はないでしょう」

「いやいや、かの高名な阿方護民官の御子息ではないですか。まさか単なる同姓、だとは言わせませんよ?」

 野勢護民官が言うなり、僅かに場が騒がしくなる。阿方という名字は、正直に言えば、珍しくも無い。

 というのも、数年前まで運営されていたとある孤児院で育った人間は、阿方と名乗るのが通例だからだ。

 恐らく俺の親父も、その孤児院の出身で、阿方と名乗っていたに違いない。

 今では、その孤児院出身の子供世代が多く存在している。

 確か名前は……。

「そうか、薄々ただの『藁の家』出身の子供ではないと思っていたが、そうか、君はあの阿方護民官の息子か」

 倉持護民官が俺を興味深そうに眺める。

「俺は親父じゃありませんよ」

「しかし、息子であることは事実。阿方護民官の御子息であるというのなら、是非ご考察を伺いたいものだ」

 賢木を一瞥する。厄介な場面で厄介な情報を開示されたものだ、と言わんばかりに溜息をついているが、俺に目配せをした後は再び毅然とした態度に戻っていた。

 ——好きに意見を言え。

 恐らくはそう言いたいのだろう。

「では若輩ながら、俺の意見を。まず皆様に思い出して頂きたいのは、護民官とは何ぞやというところです」

「護民官とは……?」

 野勢護民官は何かを期待するように狐の様な糸目でこちらを見据えながら、相槌を打つ。俺の話がスムーズに進むためだけの介添で、恐らくは何も考えていないに違いない。

「護民官とは、その職務権能には、そもそも軍事的指揮権はありません。過半数以上の市議会議員に合議による司令権利と、行政軍事局による指揮権のみ。そもそもとして、市議会からの依頼による一時的な権利付与以外には対外的活動における権能は持ち合わせておりませんよね」

「法令上、そうなっているだけで、護民官には現場判断での迅速且つ柔軟な判断とそれに付随する自己の判断による超法規的権能というものがある。無論、後日改めてその判断が妥当か否かの査問会はあるがね」

 ともすれば、彼らは既に今回の件に関して、各自が依頼主である市長候補達からそれぞれ好き勝手な外交判断を委ねられていると言う証左でもある。

 当然、ここに居る護民官は、その外交的交渉を第一義として、ここに集っている筈だ。同時に、無人都市ということに肩透かしを食らったのは、新市街に対して何一つ事前の情報がなかったことに起因する。

 事前に武市一派を襲撃する計画があったとするならば、初めて訪れる土地で武市護民官を襲撃して俺達よりも先にここへ戻ることは不可能だ。

 もしこの中に犯人が居るのならば、その尻尾を掴む為のヒントは、『必要以上に新市街に精通している』人間ということになる。

 最低限、そういう知識がなければまず難しい犯行だからだ。

「俺が言いたいのは、まさにそこなんですよ。護民官法で定め得る権能と、憲章や法令規則で定める市民や護民官の立場というのは、実のところ解釈次第では如何様にも意義を変えられる。皆さんはベテランの護民官ですから、既に熟知しておりますでしょうが、そのあやふやで矛盾的な護民官の定義が、臨機応変的な職務の遂行と、半公半私という特殊な立場を保証せしめているのです。だから、今の議論はいくら論じたところで詮無いことです」

 言い終えると、野勢護民官は満足気に頷いている。もしや、助け舟だったのだろうか。

 だとすると何の為に?

 野勢護民官が俺や賢木と同調して、新市街の探索を打ち切るべきでは無いと判断するメリットは一体なんだ?

 グルグルと思考は回るが、俺はその答えに辿り着くには野勢護民官という一見無害そうに見える優男のことを知らなすぎる。

 判断材料が、思考を誘導させる為のヒントが無さすぎるのだ。


 だが、彼個人の思惑はともかく、最大公約数的なメリットだけは簡単に論じられる。

 少なくとも、俺はそれに縋るしかない。

 言葉を止めた空白の時間が、やがて熟慮の時間だと悟られる前に、俺は再び口火を切る。

「——加えて、我々には今回しかありません」

 何が、とは言わない。

 皆誰しもが、理解しているからだ。

 空鳴市単独で行える調査は、恐らく今回限りだろうという事実は実際問題として、判然と明確に存在しているのだ。

 それは、個人の思惑は別としても、市に対する最大利益を考えるのなら、その功利的思考は共通としてある筈だ。

 だが、その下地を以てしても二の足を踏んでいるのは、謎の襲撃者に対する恐怖では無い。

 無論、それもあるが、

『交渉相手のいない無人の都市に対して、他都市を出し抜く必要性』の根拠に明白さが失われている為でもある。

 もしこれが、何処ぞの都市との間に見つかった間隙ならば、速度に重要性が帯びてくる。

 だが、その無人都市の立地は、今現時点で把握されているいずれの都市とも接していないことだけは確実視されているのだ。

 だが、それでも——。

「都市連合との折衝は市議会の手腕によってその如何が決するとしても、我々は後日訪れるであろう都市連合調査団に対して、何を詳らかにし何を隠匿するべきか——、せめてその程度は報告として上げるべきかと思いますが」

 我ながらやり口が似てきたな、と思う。

 その挑発的な言い回しに、反発的な賛意が勃勃と現れ始めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る