第40話


 ……甲羅は傷つけないようにしろ、ね。多分、私の大雑把な戦い方にメスを入れようって意味よね。敵の急所を的確に突くように戦えば、今よりも強敵を相手どれるはずだって。確かに、ここのところスキル頼みの戦いが多かった。今一度、初心に帰るいいタイミングなのかもしれない。それにはあの亀、確かにうってつけ。


 口元から生える髭、というより触覚に近い材質のそれは、ゆるりと宙に絵を描くように動いて、やがて真上にピンと向いた。すると、甲羅の上の木々が、あたかも生命体であることを主張するように舞い始めた。すぐに、敵に植物を操るスキルがあることを悟り、リオンは口元を引き締めて聖剣を構える。


 ――脱兎が如く、彼女は駆け出した。


 背後には「ビュンッ!」の三文字、瞬時に周囲の景色を置き去りにした――はずだったが、真正面から迫る鋭い木の枝に、彼女は身体を捩らせて前進を留める。枝は彼女の横を通り過ぎた――かと思えば、そのまま気ままに方向を変えて追ってくる。すぐさま聖剣によって切り裂く――も、裂けたら二又となって更に自由度を増した。

 

 即座に後退を選択、亀から20メートルほど距離を取ったところで、何かに引かれるようにピタリと枝の追尾は終わった。かなりのリーチだが、安全地帯があるのは大きい。リオンは、そこから冷静に状況を分析していた。


 ……枝を切っても意味が無いわ。安全圏からの遠距離攻撃が最善手なんでしょうけど、そんな器用なこと私には無理。一応、手札としてはあるけど、あの巨体が相手では威力が足りない。やっぱり接近するしか……でも、枝に対処する必要がある。取り合えず、一つ一つ心当たりを試してみましょう。


 ふたたび駆け出すも、今度は擬音の力は借りず、自力の速力で挑む。枝は彼女よりも素早く引き上げて、亀から5メートルほどの位置で待機していた。十分に引き寄せることで、逃亡を阻む為の備えだろう。それでも躊躇いなく敵陣にへと乱入、やはり5メートル地点に侵入した時点で枝が動き始めた。


 一直線に向かってくる三本の枝は、関節の束縛が無く自在にリオンを追って来た。彼女はバックステップで距離を取りつつ、先程とは変わって「バンッ!」での対応を試みる。指先から生じた衝撃波が枝に直撃すると、先端から50センチほどを消失して地面を穿った。続けざまに残り二本へと衝撃波を放つ。何とか凌げるが、時間稼ぎ以上の意味がない。


 今度は剣腹によって弾くも、それも同じく方向を変えるだけ。枝の無力化は困難を至難の業になるとリオンは理解した。彼女は器用に枝を凌ぎつつも、現状の自分では手の届かない範囲を理解し始めていた。そこで、基本戦術に立ち返る。属性有利を確立する為の、新たな擬音の開発である。


「太郎! 私を良く見てて!」


 太郎は亀の方に向いていた視線を、リオンへと戻した。彼女の擬音開発に必要なプロセスは、「発案」と「承認」である。自身の背後に生じさせた擬音が、観察者と同様の意図となった時に、その効果を発動させる――以降は承認の必要が無い。今回でいえば、太郎がリオンの想定する効果と同じ効果を想像すれば、その擬音を取得できるということだ。


 しかし、擬音による属性付与は初めての試みである。リオンの脳裏に微かな緊張がチラついていた。それでも、彼女は敵からの連撃を凌ぎながら、集中力を高め続けている。心技体の準備が整ったタイミングで、「ボッ!」と発声。背後に生じる擬音、太郎の認識から効果が発動する――はずが、何も起きなかった。


 認識の齟齬が発生したことを理解し、向かってくる枝を咄嗟に顔を傾けて躱す。流石に間に合わずに、浅く頬を切り裂かれてしまった。続けて追ってくる枝を、既存の「バンッ!」で弾いて、さらに距離をとる。しかし、そこで残る二本を失念、彼女の右腿に大きな傷が出来た。


 それでも左脚のみで、ステップを踏んで距離をとる。依然として追ってくる枝、この足では、もうミスは許されないだろう。窮地に陥ったのと同時に、深い集中状態へと誘われる。その口元には、微かな笑みがあった。


「……――ボウッ!」


 向かってくる枝に着火、それは凄まじい勢いで燃え広がっていく。他の枝が着火された枝を切り落として何とか事なきを得るも、自衛に対応する為の隙をリオンが見逃すはずが無かった。さらに彼女の想像力が開花する。「キュルン」その擬音が背後に生じるのと同時に、彼女の腿の傷が塞がってしまった。そのまま右足を支点に、力強く駆け出した。敵までの距離を飴玉を飲み込むように埋めて、亀の頭部へと急接近に成功。そのまま間を空けず聖剣を振り下ろした。


 そうして、この紅葉に静寂が降りる。自在に伸びていた枝は、その場で項垂れるだけとなった。まるで抽象画のような複雑な状態で時を止めている。


「……確かに、すごく成長できた気がするわ。流石は太郎ね」

「どいてください!」

「えっ!? ちょっと何よ、余韻とかあるでしょ」


 強引にリオンは太郎に退かされて、彼は亀の甲羅に登って何かを弄る。唖然として眺めていれば、一本のキノコを持って彼は立ち上がった。


「やはりあった。……マツタケだ」


 そこで太郎の助言と思われていた全てに合点がいって、リオンは呆れて何も言えなかった。只々、不満を含んだ視線をジトッと太郎に向けるだけ。そして、その視線に気づかずマツタケを愛でる太郎。非常に奇妙な構図にジャッキーとジョージは、未開領だということを忘れかるほど呆れていた。

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