第39話

◇――[紅道中]――◇



 リオンは紅葉に紛れるヒョウの姿を探す。その背には「シーン」の三文字。彼女の耳には一切の騒音が入っていなかった。やがて、カサリと動く落ち葉の音が強調されて耳に入る。背負う文字が「ギュン」に代わり、一瞬にしてアキヒョウとの距離を詰めてしまう。最後に聖剣を抜刀して、大上段から一閃――アキヒョウの頭部に、陽光を反射する鋼が通った。


 続けざまに駆けて来るダチョウへと「バンッ!」の三文字、頭部を盛大に仰け反らせた怪鳥へと迫り、その腹部に刃を通した。さらに両サイドから迫るダチョウへ向かって、「ギュルンッ!」の四文字、身体ごと回転させて胴に刃を通した。


 ものの一分ほどで、魔物の死体が四つも出来上がる。その事実に、ジャッキーは唖然としてしまっていた。それも当然のことで、これまで必死に戦闘をしてきたのが馬鹿らしくなるほどに、彼女は魔物を打倒してしまうのだ。


「俺達の苦労が……。太郎氏、これは幻覚なのか?」

「残念ながら現実です。ですが悲観的になることは有りませんよ」

「いや、これはなるだろ、流石にさ」

「リオンさんとジャッキーさんの差は、身体能力くらいです。スキルだけに着目すれば、若干ですがジャッキーさんの方が強力かもしれませんよ?」

「いや……それは無いだろ」

「僕は適当なことは言いません。まあ、どうとらえるかは任せますが」


 太郎が正面に指を差すと、それを振り返ってリオンが確認して進み始める。周囲には魔物の気配が渦巻いているが、リオンの戦闘力に恐れをなして姿を見せない。獣らしく弱肉強食には正直であるようだった。


 以前、この未開領を訪れた際には、この場所は次元が捩れて入れなかった。その為に太郎ですら、現状は初見である。しかし、とある根拠に基づいて、この場所に訪れていることも事実だった。太郎の古い友人である一人が、この場所にパーティーで訪れた際に、奥に居る存在について言及していたのだ。以下は、当時の会話を抜粋した内容である。


「ここは、次元がグチャグチャで進めないわ」

「進む方法はありますか?」

「そうね。例えば、この世界由来のモノを増やす、とかかしら」

「……それはクリアできそうです」

「この場所に固執するのね」

「今のガーデニアには、とにかく手札が必要ですから」

「それもボンの為なの?」

「もちろん、理由の一つではありますが」

「私の為には……何かしてくれないの?」

「ハハハ。アナタは僕が何かをする必要があるほど弱くないでしょうに」

「酷い男。あと鈍いし。たまに臭いし」

「……清潔感には気を遣うようにします」

「この先に進むのなら、気を付けることね。普通、越界召喚での歪みなんて、伸縮するゴムみたいなものなの」

「つまり、自然に修復できる範囲だと?」

「そう、でも違うでしょ。つまり、何かが修復を妨げてるってこと」

「それは……意図的にですか?」

「ううん。多分、この世界に来ちゃったのね。来る必要のない……次元を狂わすほどの何かが……二つ」

「…………二つ?」

「そう。一つじゃない。だから、気をつけなさい。あと、帰ったらデートしない?」

「肝に銘じておきます。いえ、僕は野営してから帰宅します」

「この野営バカ!! オマエなんか~~……」


 ――以上、回顧終了。


 記憶を振り返りながらも、太郎は紅葉の中にある物を探していた。無論、魔物の姿ではなく……――茸である。魔素嵐で次元が乱れているとはいえ、外観上は紛れもなく秋、となれば茸の独壇場であるはず。晩秋では個体が減ってしまう為に、太郎は祈りながら探していた。


 仲間らは危険地帯である為に太郎の行動に重きを置いて動いている。行軍速度はやや遅くなりつつあった。まさか、それが警戒ではなく、単なる採集だとは誰もが気づいていなかった。太郎が好奇心に振り回されていれば、リオンが開口する。


「新手ね。あれは……亀かしら? 誰か知っている人はいる?」

「わ、悪い、俺は知らない」


 即答したのはジャッキーだった。その隣でジョージも頷いている。一言でいえば、とても大きな亀だ。おそらく10メートルに届く体躯で、その大柄に見合った速度で向かってきている。胴体は全体的に茶色っぽい色で、甲羅には黄色の落ち葉が積もって正確な色合いが確認できない。しかし、そこからは立派な木が3本ほども伸びており、一本がカエデで二本がマツだ。然るに、梟互の視線は甲羅へと落ちる。甲羅からニョキッと伸びる顔の口元からは、1メートルはある髭が二本も伸びていた。


「何としても倒してください」

「え? どうしたのよ、今までとは反応が違うわね。……危険な個体なの?」

「甲羅は傷つけないでくださいね」

「し、質問の答えになっていないけど。というか、あれって龍種よね? 私でも手こずりそうなんだけど……」

「だからって、荒々しく戦ってはダメです」

「へぇ、どうやら修行をつけてくれようとしているみたいね。やってみるわ」


 ニンマリと笑みを作って、リオンが亀の前に躍り出る。亀もこちらを認識しているようで、リオンの方をみて視線を細めていた。リオンが聖剣を持つ手を軽く上げると亀の髭が浮き上がる。亀の臨戦態勢から生じる迫力に、太郎以外は息の呑んだ。

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