第38話


 戦々恐々とする二人を他所に、太郎は周囲を観察しながらも説明を再開した。この状況を招いた張本人として、彼らには説明の義務があるからだ。淡々と説明をする太郎に答えられたのは、まだ平常心を保っているリオンだけだった。


「この未開領は、魔素嵐により非常に不安定な環境下でした」

「へぇ、未開領なのに、初見じゃなかったのね」

「そうです。以前にも調査に来たことがありました。もちろん極秘で」

「もう太郎が何をしていても驚かなくなってきた」

「それは寂しいですね。……説明を続けても?」

「もちろん、どうぞ」

「調査を進める上で、我々は『越界召喚』との密接な関係性に気づきました」

「この場所と、越界召喚に関係が?」

「我々の居る大地を『世界』と仮定した場合に、越界召喚とは必ずしも良い影響を与える訳ではない、ということです。この世界で越界召喚をする度に、特定の場所にしわ寄せがきていました」

「それが、この未開領だったってことね」

「はい。我々が魔素嵐だと認識しているこれも、正確には次元の歪みです。異なる世界との境界が薄まり、この場所では向こうの世界と近似した姿の魔物が誕生する」

「でも、何処かの文献で、異世界人は魔物と自世界の動物が酷似していたと残していたはず。それは、次元の歪みとは無関係じゃないの?」

「元々、二つの世界は似ていますからね。より顕著に近似すると思って下さい」

「……へぇ、難しい話ね」


 太郎はポケットからメタルマッチを取り出して篝火を作ってしまった。それからリュックを降ろして、ポットと網で湯を沸かし始める。この緊急事態とは釣り合わない行動に、戦々恐々とする二人から視線を集めている。


「次元の歪みは奥に進むにつれ、どんどん激しさを増します。それは僕たちの進行を阻むほどだった。これ以上に調査を続けるには、歪んだ次元を固定する必要があるのではないか、僕たちはそう結論付けました」

「次元を固定する? 何か……とんでもない魔法を使うとか?」

「違います。ようは薬を塗るような行為をすればいい、そう考えたんです」

「そんな行動をしているようには見えなかったけど」

「今もしている最中です」

「……ま、まさか、この調査依頼そのものが?」

「そうです。次元を安定させるのは、この世界由来の生命だけです。つまり、この場所に人間を増やすことで、この次元の歪みを正せると思いました」

「やっていること、やりたいことは見えたけど……その先に何があるの?」

「それは、ジャッキーさんの予感が正しい。あとは次元の歪みに巣食うモノを、どうにかするだけです」

「ちょ、ちょっと待って、嫌な予感がしてきたんだけど」

「おそらく正しい予感だと思いますよ」


 太郎はリオンへと微笑むと、篝火を使って入れたミードを、ジャッキーとジェイクに振舞った。彼らは震える手で受け取ると、それを口元に運ぶ。徐々に顔に血の気が戻って、少し落ち着いたようだった。早々にジャッキー開口した。


「な、なぁ、太郎氏。アンタ何者だよ? どう考えても普通じゃない」

「野営組合員ではありますよ。但し『X』ランク冒険者でもありますが」

「……やっぱりな。只者じゃないと思っていたんだ」

「これは誰にも言わないでくださいね。国家レベルの極秘事項だと認識して下さい」

「わ、わかった。だが、同じガーデニアの冒険者なのに、どうして俺達はXランク冒険者である太郎氏の事を認識していなかったんだ?」

「ほとんど組合には顔を出しませんでした。当時のガーデニアには他にXランク冒険者も居ません。我々は難しい依頼に取り組んでいたので……」

「例えば、こういう国家レベルの依頼にってわけか」

「そうです。この未開領に訪れた経験があるのも、そう言うことです」

「ガーデニアの暗部、的なイメージでいいのかな?」

「構いません。秘密を洩らさなければ、どう認識してもらってもいいです」

「あの障壁の向こうのヤツらも何も知らないのか?」

「はい。彼らにも言わないでください」

「せ、せめてジェイクにはいいだろ?」

「無論、駄目です。秘密を知っている人数は抑えて下さい」

「……わ、わかったよ」


 見えない壁の向こうで叫ぶ、ジェイクへ視線を向けるジャッキー。彼は抱える秘密の大きさに、やや苦しそうな表情になっていた。それでも、今の自分にできることを考え、最も聞く必要があることを太郎に聞く。


「で、どうすればいい? どうすれば俺とジョージは生き残れる?」

「このまま進みます。ですが、ここから戦闘を請け負うのは……あちらの女性です」

「えッ!?」

「そ、そう言えば、リオンさんは何者なんだ?」

「言えません。非常に繊細な存在とだけ伝えておきます」

「……お、おいおい、Xランク冒険者より繊細って……マジかよ」


 明らかによからぬ勘違いをされているが、リオンはあえて指摘する気にもなれなかった。太郎に命を救われた以上、流れに身を任せるのが彼の助けになると察したからでもある。やや呆れの方が大きいが。

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