第36話
「難敵だったな。とはいえ、AとZの中間くらいってところだろう」
「そうっスね。そんな手ごたえだったっス」
「そういえば、ジャッキーさんたちはZランクでしたよね?」
「俺たちはZランクの端くれだな。まだ経験が浅いが……」
「では、たったの三人でZランクの魔物を狩猟した経験が?」
「まあ、ある。それも俺たちと同じZランクの端くれだったが」
「それでもかなり苦労したのでは? 普通より人数が少ないですから」
「必死に戦ったさ。それ以来、同ランク帯との戦闘経験は無いよ」
「自分らの領分を自覚したって形っス」
「命が一番ですからね。ですが、この依頼を受領するのは、かなりの冒険では?」
「……事情は幾つかあるが、もともと向上心が無い訳じゃないんだ。自ら変わらないといけないような環境に身を置いて、一歩踏み出したかった」
「だから先行部隊を選んだんですね?」
「そうだ。大量に戦闘が経験できて、最悪の場合には本陣に合流できるからな」
「大胆な計画ですが、だからこそ変化を得られる訳ですか」
「そう願っている。……最後まで命があれば、だがな」
アキヒョウの亡骸を見おろして、ジャッキーが迷うような素振りを見せる。彼には背負う仲間もいるから、これが英断になるか迷走しているのだろう。しかし、冒険者という職業は、文字通り「冒険」が必要な局面が必ずある。それは低難易度の依頼にも言えることで、彼らは常に最善を尽くすしかないのだ。もしかすると、この極限の状況に抱く恐怖が、アキヒョウの亡骸に何かを重ねているのかもしれない。それは未来の自分の姿なのか、それとも……仲間の姿なのだろうか。
そうしたマイナスの感情に気づいて、太郎もまた表情に迷いを混ぜる。その微細な変化にリオンは気づていた。彼には、何か後ろめたい思いがある――そんな確信を得るも、言及すべきではない気もしていた。この場に太郎が居る理由には、間違いなく自分が含まれるのだから。
「ところで、これは食えるっスか?」
「あぁ、猫は不味いんですよ、基本的にね。だから御勧めしません」
「ね、猫を食ったことがあるっスか?」
「ありますよ。もちろん、正確には猫型の魔物ですが」
「どんな味か聞いても?」
「筋が多いのに油っぽくて、尚且つ味が薄いんです。食感の悪さもさることながら、味そのものが悪いんですよ」
「そ、そうなんスね。それは避けた方が良さそうだ」
先ほどまでの意欲は死んだようで、ジェイクは諦めてアキヒョウから視線を逸らした。それからジャッキーがジョージに「燃やしておいてくれ」と指示をだして、彼は火属性魔法を行使した。死肉を残してくと、他の魔物を呼び寄せてしまう可能性があるからだ。
とはいえ、その対策は正しくもあり、時すでに遅しという状況でもある。あれだけの戦闘音を鳴らしたのだから、聡い魔物は深部への侵入者に気づいたはずだ。魔素嵐は尋常ではなく強まっている。
「魔素嵐の濃度的に、ここからでは通話魔法が繋げません。本陣と近づきますか?」
「独断専行しても、この場では仲間の足を引くだけか。本陣までの距離は?」
「おそらく3キロメートル以内かと」
「なら、ジェイクなら30分で戻れるか。悪いが、本陣から指示を貰ってきてくれないか?」
「了解っス。隊長たちは、この危険な場所に?」
「そうだな。俺達なら行きかえり30分だが、野営組合員もいる。素早く移動するのなら、単独で動いた方がいいだろう」
「わかりましたっス。では、俺は行くッス」
「いくら通って来た道だからと言って、絶対に油断するなよ?」
「この期に及んで、そんな馬鹿じゃないっスよ」
「よし、行ってこい!」
軽くジェイクに警告をしてから、ジャッキーは送り出した。彼の足は相当なもので、1分ほどで見えなくなってしまった。それから隣にいる太郎とリオンにに向かって「悪かったな。嫌味ではないんだ」と弁明をする。先ほどの移動云々の件で、野営組合員がいるから、と言ったところだろう。
そもそも嫌味だとは思っていなかったから、太郎は「構いませんよ」と返した。その間にも、視線は森に向かっている。太陽の照らす紅葉とは、かくも美しいものか、と感動しつつ。だが、不思議なもので不気味でもあるのだ。やけに赤い紅葉が、そこに殺意を内包しているような気がしてしまって。
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〈あとがき〉
▷あと一週間ほどで片付きそうです。お休みありがとうございました。
▷金曜日くらいまでは、投降頻度が落ちそうです。
▷致命的な勘違いをしていました。下記に修正点を乗せておきます。
〈修正点〉
▷ジャッキーらのランク:「X」➡「Z」
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