第35話


 三人の戦闘を太郎はジッと観察していた。特に今はジェイクの「合掌」について分析を始めている。両の手の平を合わせている間のみ、バリアのような障壁を発生させる。色合いは半透明の青、視認性はある。


 あの二人の会話を聞くに、障壁には耐久値のようなものがあって、破損した場合には一定時間を空けて修復する必要がある。明確に穴はあるが、敵から受ける必中の攻撃を一つ無力化できると考えれば、かなり有用性のあるスキルだ。


 今の彼らに足りないのは索敵力。普段は魔法で埋める穴が、この魔素嵐の中では埋まらないのかもしれない。確かに魔法で済ませるのが楽ではあるが、研ぎ澄ませた感覚による索敵ならば、あらゆる局面において活躍する。この索敵力の穴が、個々の戦闘力の足を引っ張っているようだった。


 そこで、太郎はリオンに横目で視線をやる。それに彼女が「は?」と返し、太郎は「索敵の擬音とかあります?」と言葉に出した。リオンは顎に人差し指を当てて迷いながらも「例えば感覚が鋭くなる、とか?」と試行錯誤する。それに太郎が首に振って否定するから、彼女は想像の中の迷宮に囚われていた。


 そんな迷走を駆け抜けて、彼女が選択したのは――「ゴソッ」だった。それに首を傾げる太郎、視線は前方に置いたままで。そうすれば、実際に「ゴソッ」という音がしたのだ。それを視線でなぞれば、あのヒョウが視界に収まる。太郎の想定していた位置と全く同じだった。


「なるほど。敵の気配を大きくしましたか」


 と感心するしかなかった。全員の視線が向かった時には、すでにヒョウの背後にあった「ゴソッ」の擬音も消えている。それにはリオンがヒョウの位置を察知している必要があるが、そこは流石の勇者といったところだろう。何もスキルを使って消えた訳ではないのだから、彼女なら感覚を研ぎ澄ませれば見つけられるのだ。


「ジョージ、魔法を撃て! ジェイク、その間に接近するぞ!」

「「了解(ッス)」」


 障壁を持つジェイクを先頭に、ジャッキーは接近を試みる。その間にも背後からの魔法の援助があって、節約の為かファイアボールがヒョウを追った。そうして二人が接近した瞬間に、ヒョウが自身の周囲に風を円状に展開。舞う落ち葉の弾丸が2人の接近を拒んだ。


「ジェイク、合掌を使って強引に突破するぞ」

「そうすると、中で使うのは難しくなるっス」

「わかってる。だが、奴もエリアを制限してる。二体一なら勝てるさ」

「信じるっスよ」


 ジェイクが合掌して、二人は風の防壁に突っ込んだ。ちょうど通過したタイミングで弾ける障壁、ジェイクにも衝撃が走ったようで合掌が剥がれた。そうして眼前に捉えたヒョウの姿は、当初の印象とはガラリと変わる。見た目の印象に引きずられた獰猛さは、視線の中にある冷静を前に崩れた。対魔物、というより、対人間であるかのような錯覚さえ起こした。


「ここが正念場だな。必ず勝とう」

「俺ならやれるッス」


 先行してジャッキーが前に出る。手首をしならせて剣を回転させながら、攻撃の起こりを最小限に抑えていた。お互いの距離が詰まるにつれて、呼吸さえ深く沈めて感覚を広げる。微細な音を拾う為の技巧である。


 ――先手はヒョウが取った。


 それは非常に小さな渦を巻いて、ジャッキーの足元に迫っていた。いつの間にか気流が発生して、文字通り足元を掬われたのだ。完全にバランスを崩して、ジャッキーは前屈みになった。その瞬間を逃さずに、大口を開けて迫るヒョウ。ジャッキーの背後には、弓を構えるジェイクの姿があった。


 ジェイクは仲間の窮地を前に、微塵もミスなく弓を放った。それは眉間に向かって一直線に走り、ヒョウへと吸い込まれていく――ように見えたが、気流に攫われて衛星にようにヒョウの周りを漂い始めてしまった。後は口を閉じるのみ、そんな距離にまでヒョウが迫った瞬間、ジャッキーの身体が巻き戻る。スキル「修正」、特定の動作を帳消しにして、巻き戻ることが可能になる。対象は自分に限るが、非常に利便性の高いスキルだ。


 姿勢を崩した事象を帳消しにして、元の状態に復帰する。そこに思い切り空を噛みしめた後のヒョウの頭部が、剥き出しのままあった。その隙に間髪いれずに剣を滑りこませるジャッキー。タイミングは完璧だったが、先程のジェイクの放った矢が、今度はジャッキー目がけて飛んできた。咄嗟に「修正」で姿勢を復帰、剣を振り下ろす前に戻ってガードする。


 予想以上に威力に、ジャッキーの身体が大きく仰け反る。しかし、その姿勢すらも「修正」して、ジャッキーは追撃を仕掛けた。何とか後退しようとするも、ネコ科動物は素早く下がれない。そのまま振り下ろしの一撃が直撃するかと思いきや、ヒョウは全身から吐き出すように風を起こした。


 ジャッキーとジェイクの二人は外へ向かって弾かれた。同時にエリアを限定していた風の防壁まで解けたおかげで、二人は地面を転がる程度で済んだ。しかし、そこでジャッキーが「ジョージ!」と号令をかけた。指示を受けて魔法陣を展開するジョージ、彼とヒョウとの起動上には未だに二人がいる。


「ジェイク! 間に合わせろ」

「3割ってところっス。祈って下さいッ!!」


 咄嗟に合掌するジェイク、二人は障壁の中に。思い切り彼らごと巻き込んで、ジョージが魔法「ファイアーストーム」を放った。ちょうど魔法が2人に被るタイミングで、さり気なくリオンが「ガチン」と発声、障壁の強度を上げておく。火炎に隠れて文字が隠れて、無事に秘密裏のサポートを成功させる。


 知能が高いからこそ、ヒョウは彼らの攻勢を予期できなかった。仲間という認識があったから分断したのに、向こうから味方を巻き込むような虚を突く攻撃。完全に回避が遅れて、火炎の渦がヒョウを通過していく。


 ようやく火が収まる――も、そこには姿勢を維持したままのヒョウの姿があった。全身が焼けて煙を立てているが、確かに意識を保持している。その瞬間に「修正」を発動するジャッキー、彼はヒョウの眼前に舞い戻った。


「魔生物指標には俺から登録書を出してやる。オマエは『アキヒョウ』、素晴らしい難敵だったぞ」


 真上から一閃、アキヒョウの頭部は二つに割れた。




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〈あとがき〉

▷家庭の事情で、一週間ほど投稿を休みます

 

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